第4話

「グオオオオオッ!」


 ティガーが吠え、上空に十個ほどの魔法陣が展開される。その内容を解析する暇もなく、次々と烈風の砲弾が放たれた。


「今度はそう来るか。なら……『元素の弾丸よ、撃ち抜け』エレメンタル・バレット!」


 まだ潜伏させているレインを巻き込まないよう、出来るだけその場で対処することに決めた。すべての属性のエネルギーを宿したボール大の魔弾を生成し、烈風弾を撃墜する。

 魔弾と激突して軌道を反らした風弾が木々に命中し、あたかもそこには何も存在していなかったかのように抉り取った。


「……うお、やっべ……」


まったく、背筋が冷える威力だ。ローブしか纏っていない軽装の俺がまともに食らえば即死してもおかしくはない。


「ガアアアッ!」


魔術攻撃のみに留まらず、奴自身もその爪牙を振るって襲いかかってくる。恐ろしいのはその速さ……残像が見えるほどの速さで振るわれる斬撃の嵐を必死で掻い潜る。


「……ちっ!」


さすがに対処しきれず、奴の爪がところどころ俺の黒いローブを掠め、それだけで生地を裂き俺に傷をつける。だが、ダメージを受けただけでは終われない……俺は流れた血を触媒とし、更に自分の身体能力にブーストをかける。

奴の力が解放されていくにつれて、俺のボルテージも上がっていく。


「はは! いいぞ、そうじゃなくちゃなあっ!」


 意識せず口角が上がる。

固有術式を習得してから久しく味わったことの無い高揚。一つ間違えれば命を落とすギリギリの戦いの最中、魔術師としての血が疼くのを感じる。

 敵が本気を出してきたのだ、俺もそろそろ次なるカードを切るときだろう。


「グララアッ!」


 再びの飛び掛かり攻撃をステップでかわし、反撃の斬撃を繰り出す。しかし、奴もまた巨体に似合わぬ俊敏さでそれを回避。

 お互いに攻撃を見切り合っている。しばらくは膠着状態が続くと、もしも成りかけに理性があるのなら考えているだろう。


「出ろ!」

「はい!」


 その間隙を突く。

 俺が指示した瞬間茂みから飛び出したレインの、冷気を纏ったサーベルがティガーに一撃を与えた。

 先ほど魔力防御を破ったことで守りが薄くなっていたのだろう。俺よりは攻撃力で劣る斬撃だったが、手傷を与えることには成功したようだ。


『元素の霊砲よ、撃ち抜け』エレメンタル・カノン!」


 追い討ちとして各属性を宿した魔力光線を放ったが、やはり動きが速くそう簡単には当たらない。都合八本のビームは尽く回避された。


「氷が得意なんだったよな? なら相性はいいぞ。奴の俊敏な動きを止めるにはピッタリだ……俺が前衛で戦う、機を見て魔術での阻害を頼む」


先ほど俺が与えた斬撃の傷はまだ完治していないが、レインがつけた傷はすぐに回復してしまった。

相性は良いと言ったものの、見たところ氷への耐性がかなり高い。せいぜい一瞬の足止め程度にしか期待はできないだろう。

だが、俺は同時に奴の弱点も見つけていた。強敵だが、付け入る隙は存分にある。


「……了解です!」


 一瞬の間の後、レインは頷いた。

何やら思うところはありそうだった……おそらく、自分のほうが重装備なのに俺を前で戦わせることに抵抗があるのだろう。だが、残念なことにあのレベルの攻撃力の前ではライトアーマーなど気休めにもならない。どうせ一撃食らえばおしまいなのだから、より軽装でスピードに優る俺が前に出るほうが合理的だ。


「来るぞ!」

 

 再びの魔法陣展開、今度は三つ。

 発射された烈風の槍は、すべて俺を照準していた。


「それぐらいなら避け……って、マジか!」


 すべて回避し切ったと思いきや、風槍は俺を追尾して追ってきていた。

 一瞬背後を振り返ったその刹那、地面に巨大な影が落ちる。そちらを向くまでもなく、成りかけが躍りかかってきていることは解った。


「舐めんな!」


 槍の方に剣を振り抜き、魔力を込めた斬撃を飛ばして破壊。飛び掛かってきた成りかけの方に、一瞬でイメージを投影して鋼鉄の壁を創り出す。

 一秒も経たないうちに壁に亀裂が入り、粉々に砕け散る。だが、長く持たないことはもちろん計算済み……壁を壊すのにかかった時間で、俺は離脱を済ませている。


「思ったより器用な奴だな。避けるより相殺で対処する方が良さそうだ」


回避が間に合ったのは、奴に未だ食い込んでいる呪いが僅かとはいえスピードを低下させているからだ。もし奴が万全の状態であったなら、為す術なく殺されていただろう。


「すみません。速すぎて援護が間に合いませんでした」


 少し離れた位置に立つレインに、俺は檄を飛ばした。


「落ち込んでる暇はないぞ。次の攻撃が来る」


 成りかけの眼が妖しく光る。魔力の反応は……レインの真上!

 危険だが、奴の攻撃目標が初めて俺から外れた。それに、緻密な魔力のコントロールを行っている影響で成りかけは今動いていない……受け身になり続けている現状、攻める決断をするなら今しかない。

 レインを助けるべきか、彼女を信頼して突撃するべきか。瞬時の熟考の末、俺は前者を選択した。


「……間に合え!」


 断頭台のようにレインの頭上に構えられた風刃に目掛け、魔力の弾丸を放つ。風刃が落下しレインの首を飛ばそうとした寸前、魔弾が命中しその威力を散らした。


「凍らせろ!」


 叫ぶと同時に、俺は本来の幻影魔術を発動してレインの周辺に煙幕を展開する。これで、奴からレインのアクションを知ることはできない……!


「ゴアアアアッ!」


 魔法陣が展開され、そこから煙幕に向け竜巻が放たれるが……すでに、そこに彼女はいない。


『凩』コガラシ!」


 竜巻が着弾する寸前、勢いよく飛び出していたレインの手から強烈な冷気が放たれる。

 大技を放った直後でガードの緩かった成りかけの足元が凍り付いた。


「グルルルッ!」


 小賢しいとばかりに魔力を放ったティガーによって、氷の戒めが破壊される。

 一瞬で凍結による拘束は解かれたが、それだけの隙があれば十分だった。

 奴が氷の戒めを解くまでの間に、俺はすでに最後の攻撃の準備を完了させていたのだから。


『影縫』カゲヌイ!」


 ティガーの周りから漆黒の闇で作られた怪物の腕が何本も飛び出し、再び奴を拘束する。便利なもので、あの術式は拘束している間それと同時に闇を浸透させ呪いを与える効力もある。

 これが最大のチャンス……ここで勝負を決める。


「ゴアアアアッ!」


 完全に退路を断ったティガーに向かって飛び掛かった俺を、驚異的な体力を発揮したティガーが爪で薙ぎ払う。


「アレンさん!」

「ばーか、ちゃんと視てろよ」


 レインが悲鳴を上げるが心配は要らない。アレはただの幻……本体である俺は、すでに奴の懐に潜り込んでいる!


「これが苦手なんだろ!? 存分に食らいやがれ! 『漆黒の魔剣よ、喰らい尽くせ』ダークネス・カースドフレイム!」


 呪いの炎を宿した剣が、魔物の咆哮が如き唸りを上げる。

 繰り出した必殺の突きが、ティガーの体を深く抉り……


「グオオオオオ、オオオォォォ……」


 その威力に耐えかねた誇り高き獣は、ようやくその生命活動を終えた。地響きを立て、力を失った巨体が地面に倒れ伏す。


「ふいー……」


額の汗を拭う。

再生がかなり遅いことから、闇や炎への耐性が低いのだろうと踏んでいた。その予想は当たっていたが……もし外れていたら、反撃を貰って今頃死んでいただろう。


「やりましたね、アレンさん! まさか本当に倒してしまうなんて……信じられないです」

「いやいや、ナイス援護」


歩いてきたレインと拳を打ち合わせると、ようやく成りかけを討伐したという実感が湧いてきた。


「二人でも案外なんとかなるもんだな。実は討伐基準ってけっこう曖昧なんじゃないか?」


 そう言うと、レインは呆れたような顔をしてため息をついた。


「そんなわけないでしょう。もしアレンさんが私と同じぐらいの実力しかなかったら、とっくの昔に全滅してましたよ。ところで、つかぬ事をお聞きしますが……」

「うん、どうした?」

「アレンさんの位階ランクっていくつなんですか?」


 ギク。

 隠しても仕方ないので、正直に答える。


「王都に来てから更新してないから、普通に低位のままだけど。……なあ、そんな顔するのやめてくれない? しょうがないだろ、位階の更新なんてしようもんなら目立つ目立つ」


 信じられない、とでも言いたげな顔をされたので首を振る。

 俺にはまだ力を明かすことができない理由がある……たとえ理不尽に晒されようが、今は耐えるしかない。


「まあ、アレンさんがそれでいいのなら私からは何も言えませんけど……本当にお強いですね。成りかけをほとんど一人で倒してしまうなんて……叔父様と匹敵するか、あるいはそれ以上かもしれません」

「いやいや、それはさすがに過大評価だよ。あの「剣聖」だぜ? 俺なんかまだまだひよっこだ」


 さすがに彼と比較されてしまっては困る。トップ中のトップ、最強の魔術師の一人……彼の本気を間近に見たことはないが、さぞ途轍もない実力の持ち主なのだろう。


「んなことより、さっさと素材を回収して帰ろう。さすがに疲れたよ」

「そうですね。成りかけの素材なんてとても貴重ですし……品質が落ちないうちに剥いでしまいましょう!」

「何か使い道があるといいな」


 死闘の後に戦利品を獲得するのは、魔術師にとって最高の瞬間の一つだ。

 俺たちは解体ナイフを手に、巨大な獣の屍へと向かった。

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