二十、裏切り

 

 私は、人間というものを甘く見ていたらしい。

 弱いと思っていた勇者たちは、力を隠していた。


「聖女ちゃんさ。俺らのことバカにしてるよなぁ」

 弱いのに強いフリをしているからだけど、バカにしているわけではないと言いたかったけど、そんなものは言い訳にしか聞こえないのだろう。

 彼らは突然牙を剥いて、私とシェナを殺そうとしている……。



   **



 鉱山から二時間ほど王都に戻ったところで、勇者たちの態度が変わった。

 というか、行きとは違って黙りこくっていたのに、急に低い声で、「止めろ」と言い出した。


 運転手さんは、その妙な圧を感じたのか、素直に停車させ……自動のドアを開いた。

 勇者は、今度は私たちに降りろと言って、ギラついた目で私を睨みつけている。

 何をするつもりなのかと聞いても、アゴで指示されるだけで。


 私は……あまりの態度の変わりように戸惑い、そして少し怖くもあった。

 男の人に、こんな風に凄まれたことは無かったから。

 力は、私の方が上のはずなのに。


「何をするつもり? 散歩がてら歩いて帰るには、まだ遠いわよね」

 勇者たちとは反対のドアから車を降りて、少し距離を取りながら、いつでも剣を抜けるように心の中で警戒した。

 シェナは私の少し斜め前に立って、彼ら両方をすでに警戒して睨んでいる。



「わりーけど、ここで死んでもらわないとだ。聖女ちゃんよ」

 言っている意味が分からない。

「どういうこと?」

 数メートルだけの空間を挟んで勇者、そしてそのさらに後ろに、黒い人が立っている。

 魔法を使う人間が睨みながら距離を取っているのは、狙っていると告げられているみたいで嫌な感じだ。


「るせぇな。弱いフリしてたんだよ。それをムカつくくらいバカにしやがって。だからここで、死んでもらおっかなーって」

「ほんとにそんなことで?」

「お前らは強さを見抜けない。俺達はお前らがどの程度かを見た。それで今決めた」


「殺すつもりなの? 人を殺すのよ? ほんとに言ってるの?」

「ま、死ぬ前に遊んでやってもいいけどな。聖女ちゃんみたいな上玉、滅多にいねぇし?」

「ダイキ。喋り過ぎだ」

 ダイキというのは、勇者の名前だろうか。

 今すでに決別した人の名前なんて、知りたくもなかった。


「つか、俺がダイキって名前だって、微塵も覚えてねーだろ。まじで気に入らねぇ」

 そういえば、自己紹介はしたかもしれない。それはごめんなさいだけど。

「争うのは好きじゃないの。やめて。って言ったら?」

「ボケ。お前らはもう奪われる側で、俺達は奪う側だっつってんだよ。俺らより強い気でいたんだろ? 楽しい思い出を胸に、さようなら。ってな」



 私はなんとも言えない気持ちになって、涙がこぼれた。

 助けてあげたのに。

 一応は一緒に魔物を討伐したのに。

 ――全部がフリで、ここでだまし討ちをするために?

 ほんとに、意味が分からない。理解できない。


「お姉様を泣かせたな。雑魚のくせに……今の姿で帰れると思うな」

 シェナは、私の悲しい気持ちを察して、怒ってくれている。

 私も怒りたい。

 でも……それよりも悲しい。

 辛い。

 くやしい。

 どうして、裏切ったりするの?


「ねぇ、どうしてよ」

「理由なんか、いくらでもあんだろうが。テメェがなびかねぇからとか、な」

「……最低」

「クズが。お姉様に対するこれまでの所業、その罪。全てその体に刻み込んでやる」


「うるせぇ。お前も一緒に死んでもらうぜ。その大事なお姉様と一緒に――」

 それを言い終える前に、シェナがナイフを抜き放った。

 討伐で見た勇者の反応速度なら、避けられるはずのない速度で。

「――避けられねぇとでも思ったか? 銃でも当たらねぇのに」

 本当に、そこまでして私たちを騙すんだ。

 討伐でいい所を見せた方が、わずかでも好感度は上がっただろうに。



「お姉様。手加減無用だと思いますが」

「……うん」

「はい。ボロ雑巾くらいにはしますね――」

 と、勇者の後方で黒い人が、魔法を撃つための魔力を溜めているのが分かった。

 すかさずシェナは、先にそっちを狙って突進を仕掛ける。

 後方火力や治癒士から狙うのは、攻撃が届き得るなら定石だ。


「んじゃ、テメェの相手は俺だな」

 軽薄な男なのに、今はその雰囲気を微塵も感じない。

 真剣な顔も出来るのね。そう思った瞬間だった。

 ――油断した。

 何かの組み術だろうか、私は地面に思いきり背中から倒された。

 そしてすぐさま、みぞおちをどすんと踏まれて剣の切っ先が眼前に迫る――。

 やばっ。保護膜を――。

「痛ッッ」

 ――その剣先は、竜王の加護と竜魔法の保護膜さえ突き抜け、私の額を数ミリ突き刺した。

(これを貫通出来るの?)


「くそっっ! 硬ってぇなボケ!」

 本当に、強かったんだ。

「お姉様あああああああ!」

 金切り声で叫ぶシェナ。

 あの子が本気を出したら、白天の王の姿に獣化してしまう。


「だっ、だめよ! 大丈夫だから! 油断しただけ!」

 獣の姿を見せてしまっては、彼らを絶対に殺さなくてはならなくなる。

 私も、うじうじとしているだけではいけない。と、思っている間にもう、シェナは黒い方を片付けてきてしまった。



「……その足をどけろ。汚くしか生きられないゴミが」

 勇者の隣に立ち、最大の警告を発している。

「ちっ! カズヤは何してんだ!」

「あれはもう、ただのゴミ。次はお前がそうなる」

 黒い人は……横たわった胸が少しだけど上下している。辛うじて生きている。


「シェナ。私は大丈夫だから」

 聞く耳をもってくれているかどうか――。

 今のシェナの攻撃を、当てさせるわけにはいかない。

 みぞおちを踏みつけたままの勇者の足を、私は魔力を込めた黒刃の剣で薙いだ。

「足のひとつくらい、我慢してもらうわよ」

 切断されて、バランスを崩して倒れかける勇者に、さらに剣を払って腕を刎ねた。

 勇者は受け身さえ取れずに、私の隣に倒れ込む。


「くっっそがあああああ!」

 痛みのせいか、それとも、勝てると思っていた悔しさからなのか。

 彼は目を見開いて叫んだ。


「ゴミは黙っていろ」

 トドメは、シェナがその口に石を投げつけた。

 歯を砕き、アゴ骨を潰した勢いで顎関節も完全に外れ、さらに喉までめり込んだ。

 顔の造形を無理矢理変えられた状態というのは、とても見ていられない。

 彼はうめく事さえ出来なくなって、息も詰まっているらしい。

 残った手足をばたつかせることもなく、自ら首を掻きむしるようにしてめり込んだ石を取ろうとしている。

 ……あと数分もしないうちに、窒息して死んでしまう。

 そんなことを冷静に考えつつ、私はシェナに手を引かれながら立ち上がった。



「お姉様……油断し過ぎです。お怪我をされて、綺麗なお顔に傷が残ったらどうするんですか」

 と言ってもすでに、再生の力で元通りに治っているはず。

「ごめん。まさか、貫通してくると思わなかった」

「それは、そうですが……」

 私の額に手を伸ばしながら、シェナは心配そうに、突き刺された額を凝視している。

 コンマ一ミリの傷さえ見逃すまいと。


「それより、この二人のこと……治しちゃうわね」

「……優し過ぎます。お姉様は」

 シェナは私から目を逸らして、その後に続く言葉を飲み込んだらしい。

 そんなことでは、また狙われます。

 もしくは、すぐに襲ってくるかもしれません。だろうか。

 ――分かってる。


 もう油断しないし、警戒しながら治すから。

 だって、ちゃんとした理由を聞いておかないと、ずっと辛いままだもの。

 まさか、私の態度だけで襲ったとは……さすがに信じたくないから。




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