二十一、くだらない理由

  


 勇者たち二人を治癒して、違和感が残っていないか、起きて確認してもらおうとした時だった。

 突然その場が、影に覆われた。


 快晴だったのに? と、見上げると空に、巨大な黒いモヤと電流が走り――。

「サラ。我の加護に傷を付けられたではないか。これが原因か?」

 上から聞こえたので今の瞬間まで空に居たと思ったのに、その黒い巨竜はもう、鋭い爪で勇者たちを下敷きにしていた。モヤと電流の出ない転移も使えるらしい。


「竜王さん!」

 まさか、心配して?

「うっ、ウソだろ? 黒竜……しかも、なんだこの大きさは! くそっ、うごけねぇ!」

「足掻くな、ゴミども。加減を間違えて潰してしまうぞ」

 足掻こうとする勇者に、さらに体重を乗せて黙らせたらしい。地面にめり込む爪に首を圧されていて、勇者は静かになった。



「来てくださったんですか? すみません、わざわざ。ちょっと油断してしまって……」

「我が加護に傷を付けられて、呑気に寝ていられるものか」

 本来の姿を見るのは、魔王さまと戦っていた時以来だけど、見上げる私に首を下げて、少しでも視線を交わそうとしてくれているのは初めてだった。


「えへへ……」

「笑い事ではない。貴様、分かっておろうな?」

「は、はい! それはもちろん……気をつけます……」

 笑ったのは、さりげない気遣いが嬉しかったからだけど、言うと頭を上げてしまいそうだからやめた。


「ふん。呑気なお前だ、どうせつまらぬことでも考えておったのだろう。で、このゴミどもは何だ?」

「その、裏切られて切られたので、理由を問いただそうかと」

「……はは~ん。これらは転生者か、おおよそ事態は分かったぞ」

「分かるんですか?」


「ああ。どうせ、勇者だ何だとおだてられて、権力者に弱みでも握られながら操られておるのだ。能の無い力馬鹿によくいる。つまらん、サラに傷を付けた罰だ。踏み殺しておこう」

「――っだだだだめ! だめです! まってください」

 軽い口調と、さらにめり込んだ爪を見て、本当に何も感じずに潰すつもりだったのがうかがい知れる。


「はぁぁ……。サラ……お人好しが過ぎるな。加護を貫くほどの攻撃だ。本気で殺そうとしておったのは間違いないのだぞ」

「そうかもですけど……」

 殺さない理由も特にないのだけど、なんとなく、転生者なら分かり合えることもあるのではと。

 あとは、ほんの少しの情け?


「まぁ、貴様の自由にすれば良いが……おいゴミども。サラに何かしようとした瞬間、我が貴様らを殺す。これは脅しではない。分かるか?」

 そう言った竜王さんの声には、何の感情もなかった。

 それは、本当に何でもないことなのだと、あえて言葉にするのさえ面倒な、事務的な言葉だった。


「わ、わかったから、離してくれ……」

 苦しそうな物言いは演技ではなく、息さえ出来ないほどに圧されているかららしい。

「あと、もう一つ聞いておきたいことがある。貴様ら、竜を討ったことはあるか」

 その声には、怒りが漏れていた。

 蓄積された、抑えきれない静かな怒りが。


「な、ない」

「俺達は……まだ、数年で。竜を見るのは、これが、はじめてだ」

 勇者の短い答えと、黒い人の説明を、一応は信じてみたらしい。

「我が目には、嘘を見抜く力がある」

 そして、そのまま圧していた爪を離した。

 その場に体を起こした二人はやっと、深く息を吸い込めたようだった。


「先程の言葉、忘れるなよ」

 竜王さんはそう言うと、また黒いモヤと電流の中に消えた。

 行ってしまった……。

 そういえば、訓練のお礼をちゃんと言えていなかったのを、また忘れていた。


「おい。いや……聖女ちゃんよ。悪かったな。命を狙ったりして」

 立ち上がった勇者と、そして黒い人が揃って、私とシェナに頭を下げた。

「うん。もうしないでね。理由は帰りながら聞かせて」

 ――車は、逃げずに少し離れた所で、留まってくれていた。



  **



 私を狙った理由。

 聞かなければ良かった――ような気がする。

 あの時あそこで、怒りに任せて命を奪っておくのが正解だったかもしれない。

 そう思うくらいに、くだらない理由だった。


「いや~。国中の娼館を出禁にするって、第一王子に脅されてさ」

「……は?」

「俺は、スイーツ系の店を出禁にすると言われた」

「はぁ?」


 勇者は最低な理由だったし、黒い人は一生スイーツを食べるなと思った。

 広い後部シートは横並びに十分、四人が座っていられるけど、盾になるように座っているシェナを抱き寄せた。

 スペースを少しでも確保して、シェナにも指一本触れさせないために。


「そんな理由で、よくも命を狙ったわね! しかも、体も……いやらしいことしてやろうとか言ってたでしょ!」

「そりゃ、お前みたいな美人はなかなかいないからな。殺すには惜しいが、生かしておくわけにもいかないと思ったから、一回くらいは……って、思うだろ?」

 一応、黒い人が勇者の間に居てくれてよかった。


「ほんとに、今この場で殺してあげましょうか」

「お姉様。ご命令くだされば、今すぐそうしますが」

 もしもすぐ隣だったら、迷わずそうしていたかもしれない。

 そのくらい、身の毛がよだつ発言だった。


「冗談だよ、冗談! まじでどこのお嬢様だよ。こんなの酒場じゃ普通だぜ」

「……きもちわる」

「んだと?」

 こんな男に、情けをかける必要はあったのかなって、本気で迷ってしまう。


「……はぁ。それよりも、首謀者は第一王子で間違いないのね?」

「本当だ。このまま帰れねぇなぁ、とは思いつつ、行く当てもねぇ。王都は居心地がいいからな」

「……だが、こうなったら他の国に行くしかないだろう。ダイキ」

 正直、二人の処遇はどうでもいい。

 どうでもよくなったから、どこにでも行けばいいと思う。

 けど、ここで恩を売っておけば、私のやりたいことの手伝いをさせられるかもしれない。



「ねぇ。私が第一王子をなんとかしてあげようか」

「はぁ? んなこと出来んのかよ」

 助けてあげたのに口が悪いままね……でも――。


 シェナを抱きしめたまま、私は二人を値踏みした。

 この二人の連携は悪くなかった。

 戦闘も、会話から察する普段の間柄も。

 何より、私の苦手な下品な酒場に、何も言わなくても好んで行ってくれそうだ。



「出来るから、私の言うことを聞きなさい」

「聖女ちゃんが、ねぇ……。まぁ、信じるとして。何をさせるつもりだ」

 私は、貴族達の治癒に訪問していて、色々と思ったことがある。

 権力を持つに相応しくない者がいると。


 温厚そうに見える人でも、シェナの鼻によると、血の匂いが充満していたとかもある。

 従者……特にメイドたちの態度が、おかしいと感じた時も。

 街の声を拾えば、もっと色々と出てくるかもしれない。

 ――それらを、少し教育し直さなければと思っていた。


 誰にも出来ないことなら、私が。

 聖女とは別の姿で、少し変装をして。

 権力者の方が終われば、街に蔓延る犯罪者たちも。

 弱い者を嬲るような、特に酷いことだけでも無くしたいし、それは今の力があれば可能だと……ずっと思っていた。

 それを、この機に実行に移そうと。



「簡単なことよ。悪いことをしている人を、洗い出して欲しいの。うわさだけじゃなくて、ちゃんと裏付けを取ってくること。始末は私がつけるから、あなたたちは情報収集。してもらうわよ?」

「なんか……聖女ちゃん、ちょっと悪い顔してるぜ?」

「あら、失礼ね。……で、やるの? やらないの?」


 答えを聞くまでもなく、二人はすでに頷いていた。

「やるさ。王都の娼館にゃ、可愛い子が多いんだよ」

「ああ。この国のスイーツは日本で食べていたものに似て、レベルが高いんだ」

 動機はともかく……。


「じゃ、決まりね。でも、次に裏切ったら……分かってるわよね」

 私もシェナも、あなたたちじゃ勝てないんだから。

 それに、竜王さんは街ごと破壊しかねないわよ?

 人間のことなんて、微塵も気にかけていないから。


「分かってるって。もう聖女ちゃんにもこいつにも、なんもしねーって」

「約束しよう」

 勇者は軽いままだけど、黒い人はまだ……マシなほうかしら?

「よかった。それじゃあ、朗報を待っててね。大丈夫。第一王子の件は……今夜中に終わるから」


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