十二、剣技


 王宮に案内すると言われて、リムジンに乗ったまま長いトンネルに入った。

 直通で便利なのだと。


 でも、まるで目隠しをされたようで落ち着かなかった。

 青いガイドビームが、比較的広い壁と床を照らしているのが見えるだけ。

 この光が科学なのか魔法なのか、そういう説明もないまま、王宮がいかに住みやすいかを殿下は話し続けている。

 お互いに簡単な自己紹介を済ませた後からは、延々と。



「何か、苦手な食べ物はあるか?」

「……いいえ、とくには」

 随分と長く感じる。

 会話にも飽きてしまって、私は素っ気ない返事しかしていない。


 それに対して殿下は、怒るでもなく不機嫌になるでもなく、普通に話を続けられるのが空恐ろしく感じるくらいに、平然としている。

「そういえば、最近は軍に新しい試みがあってね。悩みの種なんだが……もしかすると、サラに迷惑をかけるかもしれない。というか、兄絡みなんだ。きっと不愉快な思いをさせてしまう。それだけは、先に謝らせてほしい」


「…………お世話になるのです。お気になさらずに」

 何を後出しに言われるのかと思っていたから、まだマシな部類の話かもしれないと、正直なところ安堵した。

 素性を探られるのが一番面倒で、保証書に書かれていること以外はどう答えれば正解なのか、全く読めないから。

 ……それなのに、自分からこんな所に乗り込むなんて……本当に私はバカなんだと思う。

 後悔先に立たずって、バカのためにある言葉なのね。



 **



 トンネルから出ると、すぐに王宮の入り口らしかった。

 殿下の流れるようなエスコートでリムジンを降りると、荘厳な中世さながらのお城がそびえていた。

 海外旅行なんてしたことがないから、ヨーロッパのお城を間近で見るとこんなだろうかと、口が開いていることも気付かずに見上げてしまっていた。


「サラお嬢様、こちらです」

 少し茶化すように、殿下は立ち尽くしていた私を促した。

 ……殿下は、私よりも口を開かないシェナには、目配せしかしなくなっている。

 それだってシェナには意味が無くて、不安な状況だというのにそれが妙におかしかった。



  **



 王宮に入る手前に訓練場の一つがあって、ちょうど剣と銃を用いた実践訓練を行っていた。

 銃はマシンガンで、両手で扱っている……のは、私もテレビなんかで見たことはあるけど、彼らの銃からは玉ではなく、光るものが発射されている。


「すまないね。本来なら、ここは正当な騎士団しか使用できない場なのだが。……あれはね、魔力弾だ。実弾に魔力が込められていて、今は訓練用だから当たっても怪我はしない。実弾が切れても、魔力だけを撃つ事も出来る。が、そこまで魔力の多い者は少なくてね。実弾頼りだ」


 殿下はどこか、つまらなそうな口ぶりだった。

 もしかすると、これが悩みの種なのかなと思った。

 それは、この兵士達がどうにも、この殿下とはそぐわない印象だから。

 彼らは兵士というよりは、寄せ集めの傭兵もどきのように見える。

 統制されているのは、軍用の服や装備だけで。


 そんなことを思っていると銃の撃ち合いが終わり、今度は腰の剣を抜いて斬り合いが始まった。

 白兵戦といっても、お互いに銃を持っているなら、実際に斬り合うことはほとんどなさそうだけど。訓練だからだろう、一斉に剣を抜いて斬り合いらしき戦いが始まった。

 なのに……なんだか、もったりとした動きだし、そもそも遅いような。



「あれって、訓練だから手加減しているんですね。随分と動きが遅いですし」

 歩きながら話していたものだから、その言葉を発した間が悪くて……指揮官らしき人の側で普通に言ってしまった。

 聞こえてなければいいのになぁ、なんて。でも、そこまで都合よくいかなかった。


「今、誰が何と言ったか」

 その声は落ち着いた声色なのに、明らかに怒気を放っている。

「軍曹。訓練ご苦労。すまないな、彼女は私の客人だ。容赦してほしい」

 殿下は、ほら来たとばかりに私の前に立ってくれた。


「いえ、これを見てその感想であるならば、奴らへの良い手本を見せて頂けるものだと。ぜひご指導願いたい」

「す、すみません。その、本当に、失礼を……」

 平謝りで切り抜けよう。竜王さんみたいなことをここでもされたら、私は魔王さまのところに逃げ帰りたくなっちゃうから。


「軍曹。目くじらを立てるほどのことか」

「当然です。こんなお嬢さんにのろまだと言われる程ですから、その素早い動きだけでも見せていただかなくては。訓練向上のためです。それは国のためということです。殿下」

 うわぁ……ダメっぽい。これ、ダメかもしれない流れだ。

「……私の顔に免じることも出来ないと?」

「出来ません。軍事は国の要です。いかに殿下であろうと、というよりも、ならばこそではありませんか」



「……仕方がない。すまないが……サラ。彼の気の済むように付き合ってやってくれ。文句は後で存分に聞く」

 折れるのが早い……良いように考えるなら、長引かせようと無駄だからしょうがなく、ということかもしれないけれど。

「……はい。元はと言えば、私が悪いんですし。わかりました……」

 あぁもう、そもそもが、ここに来てから最悪。というか、突然飛ばした魔王さまに、今夜いっぱい文句言ってやる……。

 まぁ……私もウカツだったけどさぁ……。


「おや、お嬢さん。金細工の付いた剣とは立派なものをお持ちではないか。それで構わないから、手本を見せてくれ。振れるものなら、ですが」

「はぁ……」

 ものすごい上から見下ろして、ニヤニヤとして嫌な感じ。

 背が私より高いから見下ろすのはまだ……まだ許すとしても。

 あからさまに煽ってくるのは、どうなのと思う。血の気の多い軍人なんて、危なっかしいんじゃないのかな。


「いつでもどうぞ。お嬢さん」

 明らかに、見下した意味であえて、お嬢さんと言っているのが分かる。

「……それじゃ、教わったのをやってみます」

 納得いかない気分ではあるけど、殿下で収められないのだからやるしかない。



 ――私の剣技は、魔王さま仕込み。

 才能がなくて……途中で破門されちゃったけど。

 でもさすがに、この人達よりは絶対に早く振れるもの。剣筋だって、才能の無い私の方が綺麗よ。

 ちなみに、存在感を消してるシェナは、私がチラリと見たら微笑んでくれた。

 でもそれ……何の微笑みなのよぉ。


 とにかく、剣を抜いてからすぐに二回。切っ先で孤を描いた。

 抜き掛けに油断するバカ(私)が居るから、すぐに斬れと言われたのを思い出しながら。

 続けて、最低でも一度に二つ。普通なら三つ。

 剣の重みに全体重を乗せるように、瞬間的に振り抜く。

 ただ歩くように歩を進め、もしくは左右前後に揺らめくように。

 剣筋が途切れないように。

 息が切れないように。

 ただ相手を斬り続け、隙無く。


 ガードをあえて誘うように、そして開いたところに、最も鋭い一撃を。

 ……要求されてること、難しいよねぇ?

 ちなみに、ガードを誘ったりこじ開けたりするのは、まだ初歩なんだって。

 そして、この一連の流れは、たぶん十秒くらいかかったと思う。

 これを本来なら、二、三秒以内に全部出来ないといけない。

 魔王さまがお手本を見せてくれるんだから、可能は可能らしい。


「はぁ。ヤなこと思い出しちゃった」

 実戦形式の訓練で、大好きな魔王さまに手足を斬り落とされたこと。

 きっと一生忘れない。



「……な、なるほど。随分と素早い動き、見事だった。言うだけはある」

 そういえば、この軍曹さんが納得するまで、終わらない感じだったんだ。

「だが、対錬ではどうかな。くるくると舞うばかりでは、相手は倒せんからな」

「ハイ……ソウデスヨネ」

 どうしても、剣で対錬と聞くと、感情が消えてしまう。

 この人達が、魔王さまみたいな芸当は……出来ないだろうけど。

 それでもやっぱり、刷り込まれた恐怖は、そう抜けてくれるわけがない。


「ライゼ! 出ろ!」

 ハッ。という威勢のいい返事と共に、ちょっといじわるそうな人が前に出てきた。

「こやつと一戦、稽古をつけてやってほしい。良いだろう? お嬢さん」

 さっき、倒せないだろうって言ってたくせに稽古をつけてくれだって。


「ハイ、ドウゾ」

 斬られないためには、斬るしかない。

 いや、訓練だから違う?

 でも、相手も真剣を抜いてる……よね。

「あの、これって、寸止めみたいな感じですか――」

「始めえッ!」

「え、ちょっ」

 なんて戸惑っている間に、いじわるそうな人はニヤつきながら、思いきり突進してきた。


 ――あぁ、もう間合いに入った。

 間合いに入ったものは、戦場では全て斬れ。と、教わった。

 それは初歩の話で、慣れたらそれが何かを見極めてから斬れと。

 そんなことを思い出しながら、剣先を揺らすような感じで足元からの力を伝えて突いた。

 真っ直ぐ、振りかぶった相手の肩を狙って。

 振り下ろす前なら肩を突け、振り下ろしかけているなら軸をずらして、腕を斬れ。

 そんなの、戦いの一瞬で選べるわけがない――そう思っていたけど。

 なんか……本当に遅い人だなぁ。というのが、率直な感想だった。



「あ。分かった。いじわるな振りして、私を庇ってくれてたんだ?」

 いじわるな顔つきをしてるから、すぐに分からなかった。

「う、うああああああ! 肩が! 肩があああああ!」

 ――おぅ。

 大袈裟に後ろに跳ねたなぁと思っていたら。

 なんか、めっちゃ血が出てる……。


「きっ、貴様! 加減を知らんのか! この――!」

 軍曹は激昂している?

 その言葉を発するよりも先に、剣を抜いて私に斬りかかってきた。

 ――っていう、フリなのかな?

 やっぱり遅いし、斜め十字に無駄に振り回しながら向かってくるから、さっきの人と同じくらい隙が大きい。


「えぃ」

 振り下ろし動作を見切ってから体をずらして、下から合わせて上へと剣を跳ね上げる。

 腕だけじゃなくて、やっぱり足元からの力を伝えて、一瞬で全体重と剣の重みが最大になる位置で軍曹の腕に当てた。


 黒刃の剣の軌跡が、綺麗な半円を描く。

 ――やっぱり、この剣はとっても綺麗。

 斬る動作の時の、この煌きが何とも言えない。

 まるで自ら光っているみたいに、切っ先が中空に映す極細の光のライン。


「う?」

 私の側まで走り寄ったものの、振り下ろすものが無くなって驚いてる……みたいな。

 途中から放り投げられた軍曹の剣と、さっきまで繋がっていたはずの腕は……。

 ぼとりと先に腕が落ちて、剣は後ろに居た、殿下の足元に刺さった。

「う、腕が……私の腕が……」


 あらら。避けるか受けるか、すると思ったのに。

 ていうか、普段ならこの後胴を薙ぐとか、首を狙った斬り返しをするのに止めてあげたから……なんか体が気持ち悪い。

 血振りっぽく、三回くらいふりまわしとこぅ。



 ……それと、これって、治癒魔法の流れよね……。

「そ……そなたは治癒魔法だけではなく、剣の達人でもあるのだな。恐れ入った。恐れ入ったが……すまん。そやつらを治してやってはもらえないだろうか」

 なんか、殿下からの呼ばれ方が、名前からそなたに格上げされつつ距離が遠くなった。

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