十一、世界一の国

 馬車では、隣にシェナ、向かいに殿下という配置になった。


 いざ真ん前に座られると、コミュ症が発動して何も話せない。

 というか、殿下は私を直視しすぎじゃないでしょうか?

 なのに何も話さない。質問もない。ただ、私を見ているだけ。

 ……何なの?


 そんな居辛い空間から逃れたくて、視線だけは外に向けた。

 窓から見える街並みは、およそヨーロッパ建築らしい雰囲気で、観光にでも来たような気分を味わえた。

 ――異世界って、やっぱり中世くらいの感じなんだ。


 そういえば魔王さまとは王城の、城壁の中しか記憶にない。

 巨大な魔獣雀に乗って移動した時は、雀を愛でることでいっぱいで、景色を見るのを忘れていたから……。

(えっ――?)

 あやうく、声が漏れそうだった。


 街の中にも城壁があるなぁと思っていたそれを潜ると、次の景色は近代建築ばかりになったから。

 さほど高いビルではないけど、それでもコンクリートとガラスで四角くそびえ立つ建物達は……オフィス街そのものだ。



「ここから車に乗り換えよう。この馬車はお忍び用だから揺れるんだ」

 殿下がそう言い終わる頃には、馬車が止まって外から扉が開かれた。

「さ。お手を」

 慣れたエスコートに身を任せて、置かれた小さな階段をそろりと降りると……リムジンが待っていた。

(驚いたけど……一度声を我慢したものだから、もうずっと我慢するしかなくなっちゃったわね)


「これは初めてかい? それとも、乗ったことくらいはある?」

 この質問は、車に対してなのか、『リムジン』に対してなのか。

「……初めてです。そもそも、こんな街並みが……」

 この世界に来てからは、全部初めてだから嘘ではない。

 けども、そもそも考えてみたら、素性を隠して生活する感じだったのに、どうして私は王子なんかについて来てしまったの?


 ちょっとイイ生活が送れるのかも~、なんて甘いこと考えて、根掘り葉掘り聞かれたらどうするのよ。私はバカだ……超のつくバカだ……。

 ちらりとシェナを見て、心でごめんねと謝った。

 そのシェナは、低めのビルとはいえ高い建物を見上げて、不思議そうな顔をしている。


「そちらの侍女は、こんな街を見るのが本当に初めてのようだね」

 あぁ~。もうこれ、何か気付かれてるよね?

 どうしようどうしよう。

 そうだ、この人のレベルを見てみよう。低ければ問題ないはず。

 と思って殿下の頭上を見ると――Lv.77の文字がうっすらと。


(ダメだぁぁ! 強そうじゃん! ていうか、そもそも私のレベルが見えないのよ!)

 比較できるのは、魔王さまと比べて強いか弱いかだけだった。

(意味なーい!)

 無言で乗り込んで、無言のまま窓の外を見ているけど……沈黙はそのまま、そうですと言っているのと同じ。

 馬車の時と同じ配置に座っているのは、リムジンならでは。

 そして同じように、めちゃくちゃ見られてる。



「ハハハ。いじわるだと思わないでくれよ? 少しからかってみたくなっただけだ。気を引きたくてね。でもこれは失敗だったかな。お詫びに色々と白状しよう」


 そこまで言われて、さすがに殿下と視線を交わした。

 でも、私はまだ何も話さない。

 最後の抵抗というやつだ……けど、裏目に出ませんように。


「この世界はね、数年に一度、多い時は毎年だ。転生者が現れる。この国だけでだ。他の国も探らせているが、我が国が最も多い。他国はこの数分の一程度。それでね、王族や一部の貴族達は、転生者を一目で見分ける術を持っている」

「え、そうなんです――ヵ」

(そうなんですか、じゃなーーーい!)

 もう! すぐに声に出しちゃって私のばか!

 カマかけだったらどうするのよおおおおおおお!


「ハッハッハ! 君は素直過ぎるね。カマをかけただけだったら、どうするつもりだったんだ? ま、話は本当だし、だから私は君を連れて来たんだけどね」

「……悪いお人ですね」

 王侯貴族ともなると、権謀術数に長けているに違いないのに。


 私はどこか、匿ってもらえるのだという緩い考えで乗ってしまった。

 シェナはというと、いつか噛みつきそうな感情のない真顔で、殿下をじっと見ている。

(お願い、暴れないでよぉぉ?)



「いいや。本当に悪いようにはしない。……つもりだ。聖女の再来ともなれば、国で保護しなくては他国の間者に暗殺されてしまうからね」

「い……いやです、そんなの。ていうか、そんなに大ごとなんですか?」

「大事だとも。少し触れるだけであらゆる傷を癒し、猛毒さえも消してしまう。それは臣民の希望と団結を生むし……戦場では奇跡の具現が後ろに居るとなれば、士気も大きく跳ね上がる。それが敵側に居たら、君ならどうする? 真っ先に消しておきたくなるだろう?」

 消しておきたくなるって……普通はそういう考えにはならないと思うけど。


「戦争ばかりなんですね。どの世界も」

「ああ。人に向上心がある限り、嫉妬も怨嗟も消えはしない。発展の原動力は、戦争の引き金となる。仕方のないことさ」

 これは……達観しているのか、イヤなものを見過ぎた結果か……普通に笑顔でさらっと言える言葉じゃない。


「そんな顔しないでくれ。忠告ではあるが、脅しではない。自由に街で暮らしたいなら、極力は協力する。でも、王宮に入ってくれた方が……我々としても護りやすいのは確かだ」

「……します」

 私は、俯いてしまった。

 そんな国の一大事に、組み込まれるつもりなんて……なかったのに。

 魔王さまに、軽い感じで行ってこいと言われて、それならきっと大したことなんてなくて、ちょっとだけスリリングな感じを味わったらすぐに帰ろうって。

 そのくらいの気持ちだったのに。



「すまない、聞き取れなかった」

「……おねがい、します」

 よく分からない世界で、文明もごちゃ混ぜで、銃とかもあるとしたら……国レベルで雇った暗殺者から、私とシェナだけで生き延びられるとは思えない。

 ……いや、再生があるし、竜王の加護もあるからもしかしたら……大丈夫なのかな?

 自分の力量が分からないから、逃げた方がいいのか、逃げなくてもいいのか。何も分からない。


「……そんなに深刻になる必要はない。我が国は世界でもトップの方だ。経済力も軍事力もね。だから安心してくれ」

 ……お爺さんに教わった常識だと、魔族はいつでも世界を牛耳れるし、何なら魔王さま一人で征服出来るくらいだ、ってことだったのに。

 魔族の常識がズレた可哀想な感じなのか、こっちの王子の話が盛ってるのか、どっちが本当か分からない……。



 何を信じていいのか分からなくて、私はまた、窓の外を眺めた。

 そこには、空を飛ぶ車や船が、一定の規則性を持って飛び交っているのが見えた。

 何なら人も何人か飛んでいる。


「……うそぉ?」

 やっていることは魔族と同じでも、こっちはどちらかというと、地べたをはいつくばっているものだと……。しかも、近代建築よりも建物の構造が……進んでいるような気がする。


「ああ、商業区に入ったか。中央区はまた静かなものだけどね。君の時代でも、人はまだ空を飛んでいないのか? ここでは、科学と魔法を融合させた学者が居てね。これこそ我が国が、世界でトップたる所以だよ」



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後書き

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