大陸暦1962年――人形の少女4
お店から外に出ると、扉のすぐ横でユイが壁に軽く背を預けて立っていた。
彼女が外で待っていることは知っていた。リリルたちがまだ気配があると教えてくれたからだ。
ユイは私に気がつくと、壁から背を離してこちらに向き直った。
「……なにをしているの」
私の問いに、ユイは一拍の間をあけて答えた。
「お帰りになるのを待っていました」
「私が帰るのは消灯に間に合うぐらいの時間帯よ。それまでここで待っているつもりだったの?」
それにユイは少し視線を下げると、何秒か後にこちらを見て。
「わかりません」と言った。
まただ。
また、人ごとのような変な返答をする。
「ここは
「でしたらなおさら、で――貴女は危ないのでは」
人形のような彼女でも、外で殿下と言わないぐらいの配慮はできるらしい。
「私は遅くなったらいつも送ってもらってるの」
「そうですか」
それはマクレアに聞いていなかったのか。
……全く、そういうことは教えといてあげなさいよ。
いやいやそれ以前にだ。まず外出許可を出すのがおかしいでしょう。
こんな世間知らずそうな――いや世間知らずかどうかは知らないけれど、ともかくそんな子を一人で外に出すなんて、ちょっといくらなんでも無責任すぎるんじゃない? なに考えてるのよあの院長は。ユイがそんじょそこらの子より顔が整っているってことわかっていないの? 目が悪いの? それとも美的感覚が皆無なの? これでもしこの子になにかあったらどうするつもりなのよ――。
なぜかマクレアへの文句が次々と頭に浮かび上がっている中、ふとユイが目を伏せていることに気がついた。
私と向き合っているとき、彼女が視線を下げることはあっても目を伏せることは少ない。いや、初めてではないだろうか。
なにか考えている?
それとも想定外のことに困っている?
表情がないので本当にわからない。
でも、その場を動かないところからするに、私を置いて帰るという選択肢は無いらしい。
先ほど彼女はわからないと言っていたけれど、そこだけは明確な意思を感じられる気がする。
もしかしたらそれに彼女は気づいていないのかもしれない。
そう考えて、内心で苦笑した。
自分のことなのに? そんなことある?
自分の気持ちがわからないだなんて、そんなことが――。
ありえないと思いながらユイを見ていたけれど、やがて私は大きく息を吐いた。
ユイが伏せていた目を上げてこちらを見る。
一度、目が合ってからすぐに彼女の横を抜けて歩き出した。
「帰られるのですか?」
ユイが慌てて――足音から推測するに――後ろに付いてくる。
「でないと出てこないわよ」
「でもまだ帰られる時間ではないのでは」
「うるさいわね」
三十分も滞在できなかった八つ当たりで私はそう返した。
だけどすぐに強く言いすぎたかもと思い、歩きながら振り返る。するとこちらを見るユイと目が合った。
心配している様子もなく。
私の態度に腹を立てているでもなく。
臆しているわけでもなく。
気を遣ってるでもなく。
なにも浮かんでいない無機質な、それでいて澄んだ瞳で私を見ている。
私はため息をついて、前を向く。
……変な子。
後ろから聞こえる足音を聞きながら、私は思った。
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