第3話 寵愛の証

 昔々、あるところに勇者がいた。


 彼は神に導かれ、魔王をはじめとする人類にとって悪と看做みなされた者たちを退けるべくこの世界に生まれ落ちたのだ。

 

 勇者は生まれながら神の加護を持ち、人間に比べて剣術、魔法において成長スピードが桁違いに早く、強力な戦闘力を持つことができる。


 そう、あくまでも『持つことができる』というだけ。


「どんなに大きな真珠でも、磨かなければその美しい光は出ないでしょう」


 これは、ある神様が勇者に与えた神託の一節。

 それから勇者は鍛錬を怠ることなく、魔王を倒し、人間に戻った。英雄となった彼は普通の人間のように人を愛し、その愛を育んだ。



「ええ、あなたに呼ばれるまではね」


 そんなこと言わないでくれぇ。

 魔王の奴、復活してもビビっちゃって全然出てこないんじゃもん。

 暇すぎて話し相手が欲しかったんじゃ……。

 スマン、この通り! 


「過ぎたことはもう良いです。加護を与えないのなら私が生き返ってでも我が子を助けます」


 そう焦るな。 

 先程、冥界から連絡があった。

 もうすぐ彼女がここへ来ると、な。


「まさか……」


 そう、お前の最愛の人じゃ。


◇◇◇◇◇



 数時間前、ちょうどハリヴがイザベルに取り押さえられている頃。マックは森の深く、ひらけた草原にある母の墓前にたたずんでいた。


「母さん。僕、これからどうしたらいいのかな」


 生暖かい風が頬を撫でた時、近くに魔法陣が描かれた。そこから現れたのは、村にある食堂の娘、幼馴染のサティ・ルノバだった。


 この世界では、一〇歳の誕生日を迎えた者に神からの祝福が与えられる。それは特異魔法と呼ばれ、自身の身を守るために、また、将来の仕事に活かすために用いられることが多い。

 マックより先に誕生日を迎えていたサティも、特異魔法『転移』を授かっていた。これは万人にひとりという非常に珍しい特異魔法であるが、強力であるが故に一日に一度しか使えないという制約もある。


 その一度きりの特異魔法を使ってまでマックの元に現れた理由は、彼女は例の事件を目撃しており、このことを「マックに伝えなければ」と思い立ったよう。


 サティは跳ねる胸を抑えつつ、村でハリヴが暴れていることをマックに伝えた。


「そんな!?」

「今すぐ村に戻ろう!」


 えも言われぬ喪失感が全身を襲う。

 自分の父と名乗る男が、母の愛した人が大好きな村を滅茶苦茶にしようとしていることが憎らしかった。


 だから走り出すしかなかった。

 がむしゃらに、まるで悪夢を掻き分けるように。


「ちょっと待って、マック」

「あっ、ごめん……!」


 サティは肩で息をしながらマックの手を掴んだ。

 無我夢中で走ってきたせいで、サティの存在を忘れてしまうところだった。


「何か変じゃない?」


 彼女は生唾を呑み込むと、辺りを警戒する。

 マックも周囲から人ならざるの視線を感じた。それも、一体や二体ではない。


 草木が揺れ、それが現れた時、マックは心を取り戻した。


「スライム!?」

「ウェル……? ウェルだよね!」


 それはマックが助けたスライムだった。

 スライムは全て同じ形、同じ色。でも、彼には分かった。違いが分かったわけではない。直感というべきだろう。


「……君の家族?」


 スライムはゆらゆらと首を横に振る。「じゃあ、仲間?」今度は首を縦に振る。


「そっか。僕を慰めに来てくれたんだね」


「ちょっと、マック。ちゃんと説明してよ」


 彼女は不機嫌に頬を膨らませた。

 やがてカクカクシカジカと説明を終えると、サティは呆れたように大きくため息を吐いた。


「これ魔物よ?」

「そんなまさか」


 苦笑いを浮かべるマックにまたしても大きなため息を吐くサティだった。


◇◇◇◇◇


「久しぶりね。リュウ」

「リンダ!」


 熱く抱擁を交わす村の女神と勇者、じゃの。


「茶化さないでください」


 こりゃ失敬。


「神様、お久しぶりです」


 うむ。

 短い時間だったが、ご苦労じゃった。


「神よ。リンダも戻ってきたのです。我々の願いを聞いてください」

「ええ、私たちの可愛い子にどうか御加護を」


 それは無理じゃ。


「なぜです!!?」

「リュウ……」

「どうしても与えてくださらないと言うのなら、私は今一度人の世に戻ります」


 落ち着きなさい。

 ワシはこの世界の神ではないのだ。無理に手を出せば追走されかねんからのぉ。

 

「でしたら!」


 安心せい。

 あの子には、既にこの世界の神から祝福と加護が与えられておるようじゃぞ。

 ほれ、見てみい。


「これは……特異魔法『テイマー』ですか」

「しかし、これだけでは――」


 みなまで言うな。

 確かにテイマーの力はが知れておる。だが、祝福と加護が同時に与えられ、お前たちの子は特異魔法を得たのだ。


「超特異魔法、とは?」


 人の世では『称号』とも呼ばれる特別な力じゃ。簡単に言えば、神の寵愛ちょうあいといったところじゃの。

 ほれ、この眼鏡を通してもう一度我が子を見てみよ。


「これが称号……」


 そうじゃ。

 マクスウェル・ブライドウッドは、称号『生物係いきものがかり』を得たのだ。


◇◇◇◇◇


「村まであとどのくらい?」

「あとちょっとのハズなんだけど」


 マックは頻繁にこの森を出入りしている。しかしサティは違う。魔物が出てくるかもしれない森に入るなど、尊重の孫娘である彼女には考えられないことだ。


 彼女の体力も考え、木陰で休憩を取っていると、木の上から一匹のスライムが現れた。それは今まで出会ったどのプニプニよりも大きく、頭に王冠のようなものをのせている。


「プニプニの王様、かな?」


 王様はコクリと頷く。

 

「もしかして、僕に力を貸してくれるの?」


 王様は、再度コクリ。

 マックは「ありがとう、ありがとう」と王様が伸ばした体液、もとい手を強く握った。



 

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