第2話 父と名乗る者

「僕の父さん……?」


 マックは困惑していた。

 母が健在の頃、父親のことを聞いたことがある。その時、母は確かに「魔物との戦闘で亡くなった」と言っていたのに。


 それはリンダが愛する息子に吐いた、唯一の嘘だった。


「今更親父ヅラすんじゃねえよ!」

「おっと」


 大工の親方が殴り掛かるが、簡単に受け止められてしまう。

 装備といい、身のこなしといい、戦いに慣れている人物であるのは確かだ。でも、マックはこの男がどうも実の父だとは思えなかった。


「貴方が父なら、どうして母さんの死に目に……いや、元気だった頃に来てくれなかったんですか」

「それはリンダに止められていたからだよ。アイツが生きている間は会えなかったからな。でも死んだ。だから迎えに来たのさ」


 傲慢な態度と薄ら笑いを浮かべる男に、その場にいた者全員が怒りを露わにしている。もちろんマックも。


「マック、下がっていなさい。

我々が話を――」


「いえ、村長。これは親子の問題です」


 いつもの幼い雰囲気とは打って変わって、毅然とした態度で話すマックに、村長も他の者たちも口を出すことはしなかった。


「ったく、ますますあのクソ女に似てきやがって」


 舌を鳴らし、あからさまに苛立っている男にすらマックは動じなかった。不思議と恐怖心は無く、怒りの中にも冷静さは保たれている。そんな自分が、ちょっぴり母に似ているような気がして嬉しかった。


「生意気な態度ばっかとってると、痛い目に合わせてやるぜ?」

「大人とは思えない態度ですね」

「んだとテメェ!」


 男の拳が当たる寸前、時がゆっくりと流れ、どこからか声が聞こえた。


 一歩下がって腕を掴め――と。


 マックがその通りに男の腕を掴むと時間の流れが戻り、その勢いのまま男は宙を舞って倒れこんだ。


「痛てて……このクソガキがあ!」

「そこまでだ」


 男の首に剣を向けたのは、村に雇われた傭兵。半生以上をこの村で過ごしているので、事実上の衛士とも言えるか。

 彼女は揉め事や魔物の襲来から村を守り、騎士として皆から信頼されている。


「おや、イザベルじゃないか。まだ生きてたのか」

「再会を喜べる雰囲気ではないな、ハリヴ・スピング。即刻立ち去れ」

「っは! 今は従ってやろう。だが、良いのかな? 貴族である俺様にそんな口を聞いて」


 男は鼻で笑うと家を出て行った。

 マックは村長に対してハリヴのことを詳しく聞いた。


 ハリヴ・スピングは元冒険者であり、森で彷徨い死にかけたところを当時のリンダに救われた。しばらく村で静養している間、リンダに恋をして、彼女もまたそれを受け入れた。そして、二人の間に赤子が誕生した時、よりにもよってハリヴは別の女性と肉体関係を持った。

 それを知ったリンダは激怒し、当然婚約も破棄。ハリヴとその女性は村から追放され、リンダは女手ひとつでマックを育て上げたと。


「知っているのはここまでだ。その後、リンダ宛に何通か手紙が届いていたが、その内容までは知らん。だが、リンダの怒りが収まっていなかったのは確かだ」

「なんで今更、あんなクズ男が……」

「アイツ、自分を貴族だとか言ってなかったか?」


 引退した冒険者にしては煌びやか過ぎる装備。そして、村の入り口にこれ見よがしと置かれた馬車。皆、猜疑心さいぎしんを感じながらも、彼の言動が事実であるという証拠から目を背けることはできない。

 

「貴族がなんだ。バカバカしい」


 沈黙を破ったのは、村の女騎士イザベル・シュテファ。

 彼女は勇猛果敢で恐れ知らずだが「バカバカしい」と言ったのには理由があるようで。


「貴族がこの村を潰そうとしたって、軍を率いて森を抜けるのに相当の犠牲と金がかかる。いくらマックを手に入れたいからと、そこまではしないだろうよ」


 村長をはじめ、集まっている村の皆が「確かに」と頷く。この件に関しては「徹底的に応戦する」ということで満場一致となった。

 その日以降、ハリヴは我がもの顔で村に滞在し続け、料理や酒、しまいには女を用意しろと騒ぎ立てていたが、村の住人たちは徹底して無視を決め込み続けた。

 

 いずれ嫌気がさして帰るだろう。そんな甘い考えは、ある日の白昼に掻き消される。思い通りにならない村人たちの態度に堪忍袋の尾が切れたハリヴは村人のひとりを殴り殺そうとしたのだ。

 通りかかったイザベルに取り押さえられ、命までは取られなかったものの、その村人は全治半年の重傷を負った。



◇◇◇◇◇

 

 困ったものだな、人間ってのは。

 この村を守ってきたのはリンダがいたからだ。だが、その意味も無くなったし、加護もそろそろ終わりかの。


「お待ちください神よ」


 お?

 勇者ではないか。珍しいのお。


「は。この村には私の息子がいるのです」


 それはつまり――。


「私とリンダの子。マクスウェル・ブライウッド、その子です」


 しかし、この状況ではどうにもできまい?


「では、我が子に加護をお与えください」


 ほぉ、村にではなくマクスウェル本人に、か。

 

「はい」


 何故そこまで……。

 実の息子ではなかったはずじゃろう。


「実の息子でないことは分かっています。しかし、私はリンダも、あの子のことも愛しているのです」


 気持ちは分かるがなぁ……もし、そんなことをしたら神の掟に反してしまう。


「ですがそれは『世界神の掟』であります。つまり、この世界の神ではないあなたには適応されませんよね?」


 それ、グレーもグレーじゃよ? 

 なんでそんなこと知ってるんじゃ?


神の入れ知恵です」


 はあ。

 分かった。

 できることはしよう。




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