第4話 リブ
循環している全身の魔力を両足に集中する。
腰を
踏み込みは重ければ重いほどいい。固い地面が深く窪み、驚異的な速度で瞬時に間合いを縮める。
地を這うようにして風を切り敵の懐に潜り込む。腰を軸にして上半身をひねり右腕を弓のように引く。
弛緩と緊張──。
「4匹目!」
息を小さく吐くと一直線に拳を打ち出す。敵の顔面に触れる刹那、魔力を足先から拳へと移す。さらに拳を傷めないよう表皮を土魔法で覆う。
──グベッ──
襲撃してきた敵──《ゴブリン》は渾身の一撃で大きく吹き飛ぶ。背丈は自分より頭一個分大きく、茶褐色の体に邪悪な顔をしている。錆びた鎧の切れ端や毛皮を纏い、手斧や短剣を所持している。
「やったー!。流石は私の子分ね。これぐらいはやってもらわないと困っちゃうわ」
エレンの肩に乗ったリブはおおはしゃぎする。
「おいおい……その齢で魔力操作が上手すぎるぜ。誰に教えてもらったんだ?」
エレンも驚いたように声をあげる。
「見よう見まねです。みんなが訓練しているのを見学させてもらってますから」
「……その
「ザックは天才なのよ!。私を守る騎士なんだから当然よ」
「……奴隷にかしづく騎士か……おかしい気がしないでもないけど、
俺はリブの言動に疑問符を投げかけるが否定はしない。ご機嫌を取っていれば、引き続き
本格的に
月夜であっても暗がりはあるし、夜目の効く魔物相手ではこちらがかなり不利だ。
俺とエレンがリブを迎えに行く際、数十の
「どうやら間に合ったようだね」
俺はほんのすこしだけ不安だったが、それは杞憂だったようだ。こちらが着く前に、あちらから見知った女の子が走ってきた。
「…………あれならゴブリンぐらい余裕じゃないか?。それに知ってるだろ?。リブの親父さんはこの村きっての
エレンが複雑そうな表情で手を振り返す。
「僕と同じ6歳ですよ。か弱い女の子です………………多分……恐らく……」
激しく同意だ。軽く二三匹は撲殺できそうだ。
程なくしてリブと俺たちは合流した。
「はぁはぁ、どうして迎えに来てくれたの?。集会所でなにかあったの?」
「お前さんの友達から聞いたんだよ。我慢できねえって──」
息を切らせるリブにエレンは馬鹿正直に答えようとする。
「我慢できなくて──心配で迎えに来たんだ。集会所にリブがいなかったからね」
さり気なく横から口を挟む。自宅に戻った理由が理由なら、隠していた方が良い。
リブの反応を見れば自ずと正解だとわかる。
「ふんっ、ザックにしては感心ね。殊勝な心掛けはいつも私の為に取っておきなさい」
相変わらずの傲岸不遜の態度。これが無ければ可愛らしい女の子なのに。
「努力するよ。来る途中危ない目に逢わなかったかい?」
「ゴブリンのこと?。家を出る時に一匹いたから頭を潰してやったわ」
「……もう村の中まで侵入して来たのか。危ないからすぐに逃げようね。囲まれると大人でも大変だから」
「な、言ったとおりだろ。リブの家族は異常なんだよ。力だけなら国境警備隊の隊長より強いからな。俺も一度手合わせしたことがあるが、二度とやりたくねえよ」
エレンは俺の耳元で囁く。この屈強な男にここまで言わせるリブの両親は確かに傑物だ。戦いの際はつねに先陣を切って勇猛果敢に立ち回り、さらに集落の長まで任されている。
故に一人娘のリブは特別であり無碍に扱えない存在だ。下手なことをすれば集落から追放されるかもしれない。
「それじゃあみんなの所に戻りましょう」
「そうだな。オリアナさんも心配してるだろうし、早く戻ろうぜ」
エレンもリブに同調して集会所に行こうとする。
「……僕はこのまま魔物を退治してくるよ」
俺は二人に逆らうようにして言った。
「え、どうして?」
「…………それが本当の目的か?。だと思ったぜ」
流石のエレンも分かっていたのか肩を竦める。
「母さんを助ける為にどうしても魔物を倒さないといけない。聖水さえあればきっと良くなるはずなんだ」
「……へえ、そんな話初めて聞いたわ。でも聖水って村の雑貨屋さんで売っている物でしょ?。お金もたくさん必要だし、私たち子供は大人と一緒じゃないと村に入れないはずよ」
「その点は大丈夫。お金はだいぶ溜まってきてるし、伝手もある」
「金か………………お前、普段から
苦虫を潰したような顔でエレンは、
「村の掟を破ったらどうなるか知っているだろ!。魔物を刺激しないよう厳しく言われているはずだ!。良くて磔刑、最悪オリアナさんまで殺されちまうぞ!」
激高する。あまりの気迫にリブが俺の背後に隠れる。子供からしたら鬼に会ったような気分だ。
エレンの言葉は正しい。俺たち奴隷には様々な制約と掟がある。特に厳しいのはアベドンの村に危害が及ぶ場合だ。
「待っていても母さんは助かりません。悪魔の爪痕に
「……何人も死んでいったのを見てきたぜ」
「僕だって危険な真似はしたくありません。
「まあ……それはそうだな」
興奮が収まってきたエレンは頷く。
「エレンさんはリブを連れて先に戻っていてください。母さんにはお腹が痛くなってトイレに閉じこもっていると伝えてください」
適当に誤魔化せば時間が稼げる。他の大人たちに狩られる前に稼いでおきたい。
「リブ、ここでの話は内緒だよ。さあ、エレンさんと一緒に──」
「わ、私も手伝うわ!。従者を守るのも主の務めだもの」
リブは棍棒を振りまわす。涙目で虚勢を張る姿はちょっと愛らしい。
「だめだよ。リブを危険な目に
「私に指図するなんて百年早いわ。ゴブリンぐらいなら私でも戦えるわ」
「そういう問題ではないよ。リダまで罪を着せられるかもしれない」
「それぐらいパパがなんとかしてくれるわ。私が良いと言ったらいいの!」
頑として引かないリブ。こうなると手に負えない。自分の意見は曲げずに周囲の人間が折れるまで終わりはない。
この傲慢さというか、誰にも屈しない胆力は他の子供たちにとって、とても魅力的に映る。面倒見が良いこともあって、
「…………半刻だ。それ以上は待てないぜ」
二人のやり取りを見かねてか、エレンが渋々了承する。
リブに屈する人がまた増えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます