【026】複雑なギルド模様と結婚拒否



「――ってことがあったんだよ」


 翌週木曜日。

 砂月は本日も、【福成亭】にいた。対面する席に座る静森は、顎に手を添え神妙な顔で聴いている。


「とにかくポラリスタウンの空気はギスギスだったんだよ。【LargeSTAR】と【胡蝶の夢】のせいで」

「……そうか」


 静森は頷くと、視線を下げた。


「繰り返します。【LargeSTAR】と【胡蝶の夢】のせいで!」


 砂月が述べると、静森が苦笑した。


「確かに、少なくとも俺が関知する限り、それらのギルドのメンバーは、どちらがトップギルドかで揉めていたが、【おどりゃんせ♪】が一位だった上に、双方二位だったことが理由で荒れていると耳にしていたが――そうか、ポラリス大震災か」

「……どう思う?」

「俺も優雅と同じ意見だ。お前を敵に回して、その【オズ】と一味はよく生きていたな」

「俺だって手加減くらいするよ!」

「冗談だ。お前が無事でほっとしている」


 静森の優しげな声音に、少しだけ砂月の気分が浮上した。


「静森くんは俺の心配をしてくれるって信じてた」

「しないはずがないだろう」

「愛を感じました」

「――砂月と早く一緒に暮らしたいものだな」


 お猪口を片手に、静森が苦笑する。その眼差しを見て、砂月は自分のお猪口を持ちながら尋ねた。


「今も忙しいの?」

「ああ。少しな」

「俺にできることはある?」

「……」

「ないんだね、分かりました」

「……お前はそばにいてくれたらそれでいいんだ」

「でも静森くんが俺のそばにいてくれないね?」

「今、【胡蝶の夢】と【LargeSTAR】の同盟の話が出ているのは知っているか?」

「え? 全然知らないけど?」


 二人がそんなやりとりをしていた時だった。襖の向こうから声がかかった。


『【トーマ】様、火急の用件です』

「入れ」


 答えたのは静森だ。砂月もこの世界に来てから初めて知ったのだが、静森が普段用いている名前は、【トーマ】である。即ち、【胡蝶の夢】のギルドマスターと同じだ。


「失礼致します」


 入ってきたのは、生産品の黒いスーツ姿の青年だった。

 静森が和服で周囲を固めるのが黒スーツの人々であるから、砂月から見ると極道という言葉がよぎりがちになる。


「ギルメンの一人が。【曇竜】の近くに入り口を見つけました。内部に新実装された竜がいるようです」


 その知らせに、無表情に変わっていた静森が砂月を見る。すると砂月は思い出したように頷いた。


「ああ、あそこには風属性の竜がいるよ。俺一撃だった」

「そうか――だ、そうだ。仔細は訊いておく。下がれ」

「失礼致しました」


 青年が下がっていく。

 それを見守り、砂月は複雑な心境になった。


「静森くんがどこを目指してるのか、たまに俺は分からなくなるよ」

「俺が目指すものはただ一つだ。お前と幸せに、平和に暮らせる世界をつかむこと。ただそれだけだ。だから――そろそろ一緒に家を建てること、真剣に考えてくれないか?」


 砂月は渋い顔で日本酒を飲みこむ。


「俺、静森くんのことは好きだけど、【胡蝶の夢】みたいなガチガチの縛りがきついトップギルドで神のごとく崇拝されてるギルマスと暮らすのは正直きついから無理」


 本音からの断り文句であった。すると、ピクリと静森が動きを止めた。


「……俺と結婚してくれるんじゃなかったのか?」


 結婚制度。

 実はこれは、先月から出来た制度の一つである。性別を問わず、結婚が可能になった。NPCだったとあるキャラクターに祈りを捧げると、転移者は婚姻していると子供が持てるというお知らせが街掲示板に掲載された結果だ。


「結婚制度がない頃に、一緒にいたいとは言ったけどさ。俺はあの頃は、静森くんが【トーマ】だって知らなかったもん。そもそも【トーマ】って名前を知らなかったけど」

「俺はお前が好きだ。そしてお前も俺を好いてくれているのだろう? それだけではダメなのか?」

「ダメだよ。俺、『姐さん』みたいに呼ばれそうなギルドとか正直息苦しくて無理だし」

「……」

「今の静森くんとは結婚できない」

「ならば、どうすればいい?」


 流れるように話題に出たが、静森は苦しそうな顔をしている。砂月にもそれは分かったが、知らんぷりで、日本酒を飲みながら続けた。


「静森くんが、もう少し余裕ができたら」

「それは、どういうことだ?」

「たとえばそうだなぁ、【胡蝶の夢】みたいな大ギルドのギルマスの伴侶とか俺は無理だから、静森くんが引退したら」


 砂月の声に、静森がとっくりを置くと立ち上がった。そして砂月の元まで歩み寄る。


「つまり、俺の外側が嫌いだという話だな?」

「うん」

「俺のことは嫌いじゃないと思っていいんだな?」

「う、うん。えっ……静森くん、か、顔怖い。もしかして怒った……?」


 砂月が見上げたとき、静森が砂月を屈んで抱きしめた。久しぶりの温もりである。


「怒っているわけじゃない。ただ好きな相手に拒絶されたら、誰だって辛いだろう」

「う……」

「砂月。俺は世界で一番お前が大切だ。だが、今【胡蝶の夢】を……いいや、そうだな……お前より大切な者など、世界にはないな」

「静森くん?」

「砂月、もう少しだけ、待っていてくれないか?」

「ごめん、待つとか待たないとかじゃなく、静森くんは、静森くんの好きにしていいんだよ? そ、その俺、ちょっとすねてただけで……」

「すねて?」

「だって……静森くん、忙しいんだろ? それさ、俺より大事な存在がいっぱい増えたって事でさぁ」

「違う、俺としては、全てはこれから砂月と――……いいや、言い訳にしか聞こえないか。砂月にはそう見えたんだな。悪かった。謝る」

「……と、っとっ、と、とと、とっ! とにかく! とにかーく! 俺と結婚したいなら、大ギルドのギルマスみたいに忙しいのは止めて、前みたいに一緒にいてくれ! 以上!」

「尽力する」

「うん、うん。そ、その、は、離し――」

「俺に抱きしめられるのは嫌なのか?」

「違うよバカー! もっと欲しくなる……ん」


 素直に砂月が告げると、その唇を静森が奪った。それから二人の瞳が正面からぶつかる。


「明日は、久しぶりに休めるんだ」

「静森くん……」

「砂月が欲しい」

「……俺と会う次の日はいつも基本的に休みにしたらどうかな!?」

「それはお許しが出たと思っていいのか?」

「静森くんが忙しすぎただけじゃないかー!」


 砂月が赤面しながら叫ぶと、静森が隣の座敷の襖を見た。


「正直いつも、隣には布団を用意させていた。ただ、時間がなかったのもあるが、お前と話していると、そばにいるだけで嬉しくて、楽しくて、時が経つのが早すぎて、誘えなかった。だが今宵は、お前を離したくない」


 こうして二人は、隣室の布団へと移動することになった。

 この夜二人は、久しぶりに体を重ねた。

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