【024】ポラリス大震災≪SIDE:チョコ≫



 実際には砂月であるが、チョコの認識として、【バジル】と出会ってから、数日が経過した。ギルドランキングの発表もあり、相変わらずポラリスタウンの空気はギスギスしている。


 この【真世界】が開始して一年以上が経過した現在、バジルはさっぱり分かっていないが、世の中は実を言えば、荒み気味だ。


「はぁ……」


 メールを見たチョコは、遠い目をした。

 今、【LEGEND】というギルドのサブマスから手紙が届いたところである。

 ギルドランキングにおいて【プリン評議会】は、ランキング72位だった。全部で300以上のギルドがある中では、上位の方である。目立って凄いわけではないが、プリン評議会はそれなりに存在感のあるギルドだ。


 【LEGEND】の要求は、自分達の傘下に入れというものだ。

 ポラリスタウンがギスギスしている一番の理由は、大手ギルドの【胡蝶の夢】と【LargeSTAR】が揉めているからである。【胡蝶の夢】は、転移後のこの世界にも規律や法を整備し、ある種の会社のような形態で、皆で討伐に当たるのを推奨しているがちギルドだ。一方の【LargeSTAR】は、助け合いを謳ってはいるが、末端に行くほど粗野で、暴力で物事を解決しようとする。力ある者が全てだという風潮だ。


 チョコとしては、あんまりきつきつの縛りは嫌だし、かといって弱者に冷たい人々も好きにはなれない。彼女は、砂月のような、自分一人だけがまったりエンジョイ勢だと誤解している廃人ではなく、真のライトユーザーであった。


「【LEGEND】を断るには、【胡蝶の夢】がわに立つしかないけど、あっちも嫌だし……」


 ギルマス家業も大変である。


「悩んでもしょーがないかぁ。それより、今夜の買い出しに行かないとね」


 気分を切り替えたチョコは、ギルホームへと向かった。すると加入したばかりのバジルが本日もおしゃれな生産品を着て、両手でマグカップを持っていた。


「バジルン、買い物行くけど行く?」

「ん。行こっかなぁ」


 笑顔でバジルが立ち上がる。こうして二人で、ギルドホームを出た。人混みの中、雑貨店を目指して歩いて行く。道いく人々は、チラチラと二人に視線を向ける。それはチョコがそこそこ有名なギルドのギルマスだからではない。バジルの顔が整っている上に、服が洒落ているからだ。本人は目立っていないつもりらしいが、チョコは時々ツッコミを入れたくなる。


「よぉ」


 二人が囲まれたのはその時だった。はっとしてチョコが息をのむ。

 バジルは首を傾げている。

 二人を取り囲んだ実に三十人程度の人々に、チョコは見覚えがあった。


「な、何の用!?」


 全員、【LEGEND】のギルメンである。その先頭に、メールをよこした【オズ】が立っていた。筋骨隆々としたおっさんである。


「傘下に下る準備はできただろうな? 迎えに来てやった!」

「断ってるじゃないですかー!」


 チョコが叫ぶと、横でバジルが腕を組んだ。


「チョコさん、この人達誰?」

「【LargeSTAR】の同盟先の傘下の【LEGEND】の人!」

「つまり……遠い知り合い?」

「いやいや、そこの兄ちゃん。俺達は、【LargeSTAR】の【優雅】さんにも一目置かれている実力派揃いの精鋭だ。その仲間に加えてやるって言ってんだよ!」


 優雅の名前を聞いたバジル――こと砂月は、宇宙猫的な顔になった。いわゆる真顔に近いが、驚きも見える。


「俺達にたてついたら、【LargeSTAR】が容赦しないんだ」

「へ、へぇ? そ、そうなんだ? ふ、ふぅん? そ、そっかぁ」


 バジルが曖昧に頷いている横で、チョコは頭を抱えた。


「バジルンは先に逃げて。ギルマスとして私がどうにかするから」

「簡単な話だ。チョコが俺の女になって、ギルドが傘下になる。それだけでいい」

「なんか条件増えてません?」

「バジルン、煽っちゃダメ!」

「なんだ兄ちゃん、俺の恋敵になる気か?」

「あー……いや、俺恋人いるんで」

「俺も今からチョコと恋人になる予定だ」

「ならないからー!」


 街の人々は、彼らがそんなやりとりをしている間に、盛大に距離をとった。

 気づくと集団に囲まれた状態で、孤立無援のチョコとバジルは、二人だけになっていた。


「――チョコさん、念のため聞くけど、あちらの方のことは好きじゃないの?」

「私の好みはどっちかって言うと優しげな人なの! イメージインテリヤクザ! ああいうマッチョは無理!」

「この俺を振るだと!? 容赦しない! やっちまえお前らー!」


 チョコの本音に、男がキレた。

 バジルはスナチベ顔になると、珍しく杖を出現させて握った。


「チョコさん。俺、外見が全てじゃないと思うけど、とりあえず加勢するね!」

「う、うん? 逃げて! 私のことはいいから逃げて!」

「いやもう遅いだろー! っ、仕方ないなぁ」


 そこでバジルは、【土震大魔法】を放った。範囲魔術が轟音を立て、その場を揺らした瞬間、範囲で的と認識されていた約三十名の人々の全てが地面に沈没し、周囲には砂埃が舞った。横にいたチョコは唖然とし、遠巻きに見ていた人もポカンとした。


「ふぅ。早く食材を買って帰ろう?」

「あ、ありがとうバジルン。で、でも……【LEGEND】にたてついたなんてばれたら、どんな報復が……あったとしてもまたドカーンって倒してくれると信じてる。うん、信じる。ありがとうバジルン!」


 チョコが満面の笑顔になった。

 以後――この事件は、ポラリス大震災として、ある意味歴史に名を刻むこととなった。


 幸か不幸か、バジルはそれを知らない。

 トマトを購入してギルドホームに戻ると、ギルメン達は二人の無事を喜んだ。



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