【022】ってこれではダメだ!



 結局、【真世界】にきて一年の間、砂月はほとんどソロボスをして過ごし、月に一度静森と会い、たまに優雅と酒を飲むだけの日々を過ごしてしまった。そして考えた。


「いやいや、これじゃあ【チュートリアル世界】とも【半チュートリアル世界】とも全然変化がない! もっと他の人と関わらないと! ギルドでも入ろうかな? 枠もあと二つ空いてるし」


 そう考えながら、この日の朝砂月は、レグルス村へと向かった。そして木のベンチに座りながら、募集一覧を眺めることにした。すると一年前とは違い、ギルメン募集が極端に減っていたし、レグルス村には人気がなかった。皆、シナリオがもう少し進んだ場所のポラリスタウンへと移動している様子だ。


 なお服装は様々な人が増えてきたので、生産品を着ている砂月も目立たなくなってきた。本日の砂月の服装は、臙脂色を基調とした和風の洋服である。


「あ、あの!」


 その時だった。

 不意に声をかけられて顔を上げると、目の前にピンクのツインテールの先を巻いている女性が立っていた。


「はい? 俺ですか?」

「は、はい! その服生産品の【臙脂の鉄装束】ですよね?」

「そうですけど」

「もしかして生産、してたりします……?」

「してますけど」

「! 神! 神様! 私、【チョコ】っていいます。【プリン評議会】というギルドのギルマスをしてます! 折り入ってお願いがあります! 私、拳闘家なんですけど、実は生産素材が、武器の強化に必要で……素材を集めるので作って頂けませんか……?」


 チョコの声に、砂月は二度頷いた。


「全然いいけど。何の強化?」

「【デッドエッジⅢ】を【デッドエッジⅣ】にしたくて」

「なるほど。とすると、【竜牙の鋼】が欲しいってこと?」

「そう! もしかしてレベル不足……?」

「あ、いや、作れるというか、倉庫に余ってるから、とってくるよ」

「! 神様!」


 こうして砂月は素材を倉庫から取り出した。それをトレードしようとすると、チョコが言った。


「おいくらですか?」

「相場わかんないんだけど、普通いくら?」

「この前売りを見かけたときは、250万ダリだったんだけど……高くて買えなくて……190万しか頑張って払えない……だから素材をと思って」

「そういうことなら無料でいいよ。あげる」

「! それはダメ。お返しする。なにか欲しいものある?」

「愛かな?」

「ごめん私出会い厨じゃないから」

「冗談だよ。俺恋人いるし」

「あ、うん。そうだよね。イケメンだもんね」

「初めて言われたよ。俺のフレとか見たら、イケメンの概念変わると思うよ」


 そんなやりとりをしながら、砂月は彼女に素材を提供した。


「名前はなんて言うの?」

「俺は――んー、バジル?」

「なんで疑問形?」

「なんとなく。まぁよくある名前だよ」

「そう。私も名前かぶりしてる人いるから気持ちは分かるよ。せめてお礼に、いっぱいごちそうさせて! 私のギルドホーム来ない?」

「ギルドホームってギルメンじゃなくても入れるの?」

「うん。この世界だと、街に設置して、酒場形態とかにもできるんだよ。その状態でギルマスかサブマスが許可すれば、遊び来られるんだ」

「へぇ。行ってみたい」

「知らなかったって事は、ギルド入ってないとか?」

「一応入ってはいるんだけど、一カ所だからよく分かってないんだよね」

「なるほどね。私のギルドホームは、ポラリスタウンにあるから、とりあえず移動しようか。私移動アイテムみたいな高価なレア系持ってないから、徒歩だけど」

「散歩もいいよね」


 こうして二人で、レグルス村を出て、まったりと歩き始めた。草原の風が心地いい。


「それにしても、もうすぐギルドランキングが発表だね」

「なにそれ?」

「えっ? 知らないの?」

「うん」

「――まさかさ、この前発表になったJOBランキングは知ってるよね?」

「なにそれ」

「はい?」

「うん?」

「もしかしてポラリスタウン民じゃない? いや、そんなばかな。だとしてもポラリスタウン以外の街掲示板にも出てるはず!」

「確かに俺は他の場所にいることは多いから、詳しく」


 歩きながら砂月が尋ねると、チョコが驚いた顔をした。


「もしかしてガチ勢?」

「違うよ」

「まぁ生産してる時点でガチ勢だけど」

「だから違うって」

「ガチ勢だって三分の二は、ポラリスタウン民だよ?」

「知らぬ。その辺詳しく。俺ぼっちだから情報ない」


 砂月が笑いながら言うと、訝るような顔をしつつチョコが頷いた。


「まずJOBランキングっていうのは、全職業の個人のランキングが出たんだよ、三週間前に。その時、一ヶ月後にギルドランキングも発表ってなってて、それが今日なの」

「へぇ」

「一位の人は、名前もギルド名も非公開だったんだけどね」

「ふぅん」

「公開してる一位だと、魔術師なら【トーマ】さんと、弓術士なら【優雅】さん。魔術師は他に二人非公開がいたけど」


 もしかしたら魔術師の非公開は、静森かもしれないと砂月は考える。


「ほら、【トーマ】さんっていうのは、ほとんど誰も姿を見たことがない、幻の――ものすっごく怖いって噂のギルマスでしょ? ガチ勢ここに極まるみたいな規則厳しいギルドの、【胡蝶の夢】のギルマス。ちなみにあそこのサブマスの【凜】さんは、魔術師二位だった。だったけど、同列一位が全員カンストで、凜さんがLv.213。わかる?」

「わからないけど? なにが?」

「カンストがどれだけ凄いかってこと!」

「お、おう」

「銃弓士の二位が、【永手】さんで、この人がLv.209だよ。【優雅】さんは、【LargeSTAR】のギルマスで、【永手】さんがサブマスさん!」

「ふ、ふぅん」

「それでね、【胡蝶の夢】と【LargeSTAR】だけは、ギルメンにLv.200台が結構いるし、マスターもカンストしてるし、どちらがトップギルドになるのかなって、今ポラリスタウンはめっちゃギスってる」

「大変なんだね。チョコさんの【プリン評議会】は、どんな感じなの?」

「うち? うちは、普通だよ。和気藹々としてるけど、世界平和とかを願うって言うよりかは、みんなで生きるのに必死かな。ギルドレベルは、今Lv.12になったとこ。これでも私的には頑張ってるんだ」

「そうなんだ」

「うん。私が今個人ではLv.52で一番高いけど、みんなも頑張ってて、Lv.10超えが増えてきたとこ。ガチ勢と比べたら低いけど、平均で見ると、これでも強い方のギルドだよ」

「俺ぼっちだから基準がさっぱりだよ」

「砂月さんはレベルいくつ?」

「秘密」

「なんで?」

「なんとなく!」


 砂月が濁して笑う頃、二人はポラリスタウンに到着した。



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