【021】新しい日々

「砂月は、これからはどうするんだ?」

「俺? まずは新ボスとかが気になってるけどね?」

「これからは〝死〟があるという。頼むから危ないことだけはしてくれるなよ」

「うんうん、それは大丈夫」

「しかし、世界は救わないんじゃなかったのか?」

「うん? 救わないよ? なんで?」

「新ボスを倒すというのは、そういうことではないのか?」

「全然。装備とかなにをドロップするのかが気になってるだけ」


 そんなやりとりをしながら、二人で夕食を食べた。それからちらりと砂月は静森の顔を窺う。静森からしたら、きっと最後に体を重ねた翌日が今なのだろうが、自分からするともう長らく禁欲生活だった。しかし考えてみると、砂月側から行為を誘ったことは一度も無い。誘い方が分からない。


「それでは、俺はそろそろ帰る。またな」

「あ、うん!」


 食後の静森の言葉に、砂月は引き留めることができなかった。

 もどかしい気もしたが、今後は二人きりというわけではないし、いつでも会えるのだしと、内心で自分を落ち着ける。そして帰って行く静森を見送った。


 それに、実際新ボスが気になってもいた。

 その日は入浴して休むことに決め、翌日砂月は早速新ボス見物に出かけることにした。


 今までのシナリオの先に、新しいボスがいるようだ。ただシナリオの存在形態は変わっているのか、クエスト受注ボタンなどはない。だが、シナリオをクリアしなくても、ボスと戦闘可能なのは変化が無いようだった。


 舞詩者のスキルをかけつつ、暗殺者のバジルとしてボスに挑んでみる。


「うーん」


 少しだけ緊張したが、見事に一撃で倒すことができた。これならば無傷で、周回可能だ。そう考えて、砂月はドロップ品を確かめるべく、ソロボス周回を開始した。結果、この新ボスである【麦竜ハルザード】は、ピアス型の装飾品をドロップすると知った。中々使えそうなので、いくつか入手したいと考えて、この日から砂月の麦竜討伐の日々が幕を開けた。なお、飽きると他の新ボスを見に行ったり、他のレイドを確かめに行ったりもしたが、砂月の判断では麦竜のアイテムが一番使えそうだったので、ここにこもることにした。


『砂月』

「ごめん今ソロボス中」


 時々静森からチャットが着たが、集中していた砂月はソロボスを優先した。

 砂月が忙しいとき、静森は邪魔をしない。

 挨拶を返したのだって、静森が恋人だからであり、ちなみに二度優雅からもチャットが着たが無視した。後ほど謝罪のメールを送り、帰宅時に挨拶はしたが。


 ――砂月は孤独に強いだけでなく、集中力がずば抜けている。

 本人にはその自覚は無いが、そうで無ければ朝から晩まで連戦など不可能だろう。

 そうしているとあっという間に一ヶ月が経過した。

 目的としていたピアス型アイテムのSも無事に一つ目を入手していた。


 今では睡眠が必要な体となったため、この日満足しながら砂月が帰宅すると、ソファに静森が座っていた。


「あっ、静森くん!」

「久しぶりだな。まさかログアウト前より今の方が、会うまでに期間が必要だとは思っていなかったぞ」

「ごめん、怒ってる?」

「怒ってはいないが、正直寂しかった。が――俺も何かと多忙で、月に一度は会いたいというお前の希望を叶えるために、ここ最近必死だった」


 そういえばそんな話をしたなと思い出しつつ、なにか難しい顔をしている静森のもとまで歩み寄り、砂月が微笑する。


「静森くんも忙しかったんだね」

「ああ。だが、最低でも月に一度はお前に会いたい。チャットではなく、こうして対面して会いたい」

「うん」

「落ち着くまでの間、俺は毎月第三木曜日をあける。砂月もその日をあけてくれないか?」

「分かった。もし俺が忘れてそうだったら、多分連戦中だから、一緒に回しに来て」

「わかった」


 こうして二人は約束を取り付けたものの、この頃になると砂月の中で性欲は消失していた。最早ぼっちが長すぎて、完全に賢者である。


「砂月、悪い、すぐに戻らなければならないんだ」


 また静森も本当に多忙な様子である。砂月は頷いた。


「また来月」


 そして去って行く静森を砂月は見守った。ドアが閉まってから一人腕を組む。別れてはいないし恋人なのだと思うし自分は静森が好きだが、なんとなく自然消滅して友人関係に戻ったような気分になってくる。だがそれを問いただすのは怖い。


「まぁ……なるようになるよね!」


 砂月はポジティブにそう考えることにした。

 結果、翌月もその翌月も、第三木曜日に静森と顔を合わせたが、会話をして終わった。会った場所は、砂月の家である。チャットも来なくなった。なおこれは、砂月側からも送っていない。結果、あっさりと半年が経過した。そんなある日、優雅からチャットが来た。


『ちょっと飲みにでも行かないか? 街に』

「いーよー!」


 初めてのお誘いがあり、砂月は優雅とエトワールシティという都市の酒場で待ち合わせた。服装に迷ったが、あまり目立たない生産品にした。職は暗殺者でいく。


 待ち合わせをしていた酒場の扉を開けると、既に優雅が来ていた。中はそれなりに混雑している。


「よ。俺としては半年ぶりだが、元気だったか? お前的には年単位だろ?」

「うん。元気だよ。優雅くんも元気そうでよかった」


 カウンターで隣の席に座り、砂月はメニューを見る。優雅の服装は、【半チュートリアル世界】の時と同じ生産品だった。砂月がプレゼントした品である。


「静森とは会ってるのか?」

「一応ね」

「本当リア充は爆発すればいい」

「別に充実はしてないかも」

「なんで? 喧嘩でもしてんのか?」

「違うよ。俺だけが好きみたいでちょっとたまに辛い」

「あ、惚気ですか、そうですか」


 そこにビールのジョッキが二つ届いたので、二人は乾杯した。


「しかし大変なことになったよな」

「大変なこと?」

「世界を救うんだろ? ポラリスタウンの街掲示板見てないのか?」

「なにそれ。世界は救うらしいって聞いたけど、掲示板?」

「各街に独自の掲示板が設置されてて、昔で言う運営アナウンスみたいな感じで、色々情報が出るんだ。それによると、『全ての困難をクリアし、世界を解放することが使命』らしい。困難っていうのが、要するに新シナリオだな」

「ほう」

「ちなみに半チュートリアルまでのシナリオを全てクリアしてるのは、【おどりゃんせ♪】の俺達だけだ」

「あ、そうなの? 俺、シナリオはまだ分からないけど、新ボスは全部もうソロでクリアしたよ?」

「は? は!? はぁ!?」


 優雅が声を上げた。酒場中の視線が集まる。


「俺がシナリオもやれば、世界は平和ってこと?」

「……理屈的にはそうだな。でも他にギルドレイドとか、ギルド連合レイドとか色々あるらしい」

「ふぅん。世界を救うとどうなるの?」

「さぁ?」

「よく分からないね」


 そんなやりとりをしながら、お通しの揚げたパスタを二人は食べた。そこにピザが届く。明太餅チーズ味である。


「まぁどちらにしろ俺達は、もうこの世界で生きていくしかねぇわけだから、世界が平和になろうとそうじゃなかろうと、冒険者として依頼を受けて、ダリを稼いで、生きていくしかないだろうなぁ」


 優雅はそう言って少しだけ苦笑するような顔をした。

 現在総資産が2000兆ダリを超えている砂月は、それならば自分は死ぬまで働かなくていいのではないかと思いつつも頷いておく。


「たまには静森とだけじゃなく俺とも遊べよな」

「寧ろ静森くんとはまだ遊んだことないけどね?」

「ほ、ほう。なに、倦怠期か?」

「そうなのかなぁ……」

「ま、あいつも忙しそうだしな」


 その後は雑談をしながら二人で、閉店の午前二時まで酒を飲んだ。


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