―― Chapter:3 ―― 真世界へのログインとはじまりのおわり ――
【020】開始
「あ」
次に気がつくと、砂月はカッツェ村にいた。一人の時、最終的に【ギルド転移】の設定で移動先に戻していた村だ。正面にはNPCだったミーサの姿があるが、これまでとは異なり、他の村人らしき少年の姿も見える。
砂月の声に、二人がそろって顔を向けた。
「冒険者様ですか?」
いつもは林檎の話しかしなかったミーサの声に、砂月は曖昧に笑う。今現在、こうしてみる限り、NPCも転移者も区別がつかなくなっているのは明らかだ。
「まぁ一応」
転移者は皆、総合して『冒険者』という扱いになるのだろうと判断し、砂月は頷く。
そうしながら視界の隅を確認すると、もうカウントダウンをしていたデジタル時計は無かったが、【menu】は変わらず存在し、ログアウトボタンだけが消えていた。ギルドは三枠入れるらしいというのは変わらず、砂月には二枠空きがある。フレリスを見れば、【静森】と【優雅】と【カミサマ】の名前はあったが、【優雅】以外の光が消えている。【カミサマ】はともかく、【静森】はもしかすると別の職業――そちらも魔術師らしいが、そちらでログインしているという状態なのかもしれない。試しに砂月は、フレンド登録をしていない、【ミント】というキャラクターを選択してみた。錬金術師をしていて、主に生産で使っているキャラクターだ。すると砂月の服装が変化した。顔や体型は変化しない。その状態でフレンドリストを見れば、誰も表示されていなかった。
「この村に冒険者様が来るのは初めてです」
ミーサはそう言って笑いながら、彼女に抱きついている少年の頭を撫でている。実際、【半チュートリアル世界】でもそれこそ【静森】と【優雅】しか来なかったし、ここはシナリオの後半に近いので、普通人は来ないだろう。砂月はBGMが好きだから別だったが、ゲーム時ですらあまりプレイヤーは来ていなかった。
「やっぱりみんな、レグルス村にいるの?」
「そう聞いています。始まりの村と言われるレグルス村や、その隣街のポラリスタウンが冒険者の溜まり場だとか」
「――冒険者って、全員今来たところだよね?」
「? そうなのですか? 冒険者は大賢者ガロンの頃からいるのかとばかり」
大賢者ガロンはNPCの名前だった。なるほどと砂月は頷く。現地の人々には、急に現れたようには感じないのだろう。
「ありがとう、行ってみるよ」
「ここからだと一年くらい旅をしなければなりませんよ?」
「移動アイテムがあるから」
「まぁ! あのように貴重で高価な品をお持ちなのですか?」
砂月の声に、ミーサが驚いた顔をした。今の物価が分からないから、砂月は曖昧に笑って濁した。
「私はここで林檎ジャムを販売しているので、いつでもお立ち寄りくださいね」
「うん、またくるよ」
こうして砂月は、いつかと同じようにレグルス村へと行ってみることに決めた。
なんだか【チュートリアル世界】の記憶が、かなり昔に思える。
早く【静森】や【優雅】とも再会したいが、他の転移者とも話がしてみたい。
これから待ち受ける冒険を期待し、砂月はわくわくしていた。
移動アイテムを使うまでもなく、ギルド転移の位置を変更して、砂月はレグルス村へと移動する。するとそこは、人でごった返していた。ほとんどの人々が初心者装備だと気づき、砂月は慌てて自分もそれに合わせた。生産品を着ている人がいなかったからである。人々が手にしている装備も、砂月がチュートリアル世界で最初に持っていた初級のものを持つ者ばかりだった。一瞬で変化させたので、砂月が目立つことは無かった。
人混みに紛れた状態で砂月は、【掲示板】の募集を見てみる。すると、『ギルド募集』や『レベル上げパーティ募集』、『一緒にシナリオをしませんか?』といった、【ゾディアック戦記】の頃と変わらない募集文が並んでいた。今になってようやく、ゲームの世界に転移したという感覚が強くなった。
「ポラリスタウンもこういう感じなのかな?」
首を捻り、砂月はそれとなく移動した。
するとそちらには、ドロップ品の装備を着用している者もいて、レグルス村にいた面々よりは武器が整っているようだった。ただ大混雑なのは変わらない。雑踏の合間を縫って歩いていると、ほうぼうから喧噪が聞こえてくる。和気藹々とした友達作りの空気もあるが、装備自慢による喧嘩や口論も耳に入る。これもまたゲームの頃と変わらない。なんだか懐かしいなと思いながら、NPCの雑貨店はどういう状態に変化したのだろうかと確認することに決める。すると過去は話しかけるとアイテム一覧が表示されたのだが、現在は店舗内に入る形になっており、【おにぎり】などは売り切れていた。そこで気がついたが、おなかが減った。
家機能も確かめることにして、砂月はその場で自分の家へと行ってみた。
するとソファに座っている静森がいた。
「あ!」
「砂月、俺としては一瞬だったが、俺に会いたいと思っていてくれたか?」
「勿論! あれ、名前は……?」
「別のキャラ名の魔術師でしばらくは活動するから、そちらでもフレ登録を頼む」
「うん!」
再会したら何を話そうかと思っていたはずなのだが、すんなりと言葉が出てくる。その場で登録を済ませる。登録方法などに変化は無い。そうしていると、立ち上がった静森が、正面から砂月を抱きしめた。そしてぎゅっと腕に力を込めると、砂月の額にキスをした。
「しばらくは忙しくなるかもしれない」
「そうなんだ?」
「ああ。どうやら新シナリオなどが実装されている様子でな」
「あー、なんかそれをクリアして冒険者は世界を救うんでしょ?」
「――何か知っているのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、なんかちらっと聞いた」
「そうか。まぁ、そういうことだ。ギルドを作って、皆で攻略する形になるらしい」
「頑張ってね」
「【おどりゃんせ♪】はやはりギルメンは募集しないのか?」
「うん。ここは俺のソロギルドだし、静森くんと優雅くんがたまに来てくれたら十分。俺には世界を救うみたいなのは難しい」
「そうか。優雅にはもう会ったか?」
「ううん。フレリスがちらっと光ってるのを見たけど、まだ話してない」
抱き合ったままでそんな話をする。
「何か食べる?」
「ああ。砂月の作った料理ならなんでも」
「キャロットライスでも?」
「言葉のあやだ。和食がいい」
「いいよ」
こうしてこの夜は、二人で食事をした。砂月から見ると長い間を経ての再会だったが、静森から見ると、ログアウトして一時間に満たない再会劇だった。
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