【016】事後とシチュー
「……ん」
目を覚ましたら、全身が気怠かった。砂月は腕枕をされていたのでいつも同じ朝だと思い、ぼんやりと正面にある静森の顔を見る。
「おはよう、砂月」
「!」
その声を聞いた瞬間、砂月は改めて全てを思い出し硬直した。自然と頬に熱が集まっていく。自分が服を着ていないことを改めて思い出し、腰には違和感があると気づいた。視界の端のデジタル時計を見れば、既に夕方だと分かる。
「お、おはよう……夕食作ってくる」
「今日は休んでいたらどうだ? 体は辛くないか?」
「……とりあえず、お風呂に入ってくる」
「立てるか?」
「ん」
静森が腕を放したので、砂月はよろよろと起き上がった。そして寝台から降りると見事にふらついたが、静森がさらりと支えた。その腕の感触にすら意識してしまい、真っ赤になった砂月は涙ぐんだ。
「ねぇ」
「ん?」
「静森くん、本気で言ってた? 冗談を言う人には見えないけど、ねぇ、本気? 本気か? ほ、本気でその、俺を好きなの? そうなのか?」
「ああ。俺は砂月が好きだ」
「……そ、そっかぁ!」
砂月は体勢を立て直し、そのまま浴室まで逃げた。そしでシャワーを出し頭から被ったのだが、焦りすぎて温度調整を忘れ、それは水だった。髪が濡れ、様々な意味で震えながら、お湯に替えた頃、まだ体内に静森の感覚が残っていることに気がついた。しばらく呆然としたまま体を流したあと、浴槽に沈む。
「静森くんが、俺を好き……だと……?」
混乱が強いが、何故なのか無性に嬉しい。
嬉しい以上、自分だって静森のことが好きなのだろうと、砂月は考える。
「とすると、どうなるんだ? まず俺の気持ちを伝える。すると両思いになる。そうなると付き合うことになるの? そうなのか? 恋人になるのか?」
ぼっち歴が長すぎて、恋愛経験値はゼロの砂月である。現実世界の記憶も無いから、今後の展開が上手く予想できない。結果、お風呂に長時間入りすぎて、砂月は軽くのぼせかけた。
入浴を終えて着替えると、ソファに座っていた静森が顔を上げて出迎えた。
「あ」
キッチンから良い香りが漂ってくることに気がつき、砂月はそちらを見る。
「作ってくれたのか」
「ああ。調理スキルだけは俺もカンストしているからな」
「そ、そうだね! いい匂い。シチュー?」
「そうだ。ほら、水」
静森が立ち上がり、生産品のペットボトル入りの水を砂月に渡した。礼を言って受け取った砂月は、水をごくごくと飲む。
「静森くん、あのね。そ、その! 俺も静森くんのことが――」
「ただいまー!」
その時扉が開く音がした。ビクリと砂月が固まる。
咄嗟にそちらを見れば、優雅が帰ってきたところだった。
静森はいつも通りの、特に笑うでも怒るでもない表情でそちらを見る。
「早かったな」
「そうか? 俺としては十二時間もソロでボスをしてきた自分は、俺的には長く外にいたと思ってるぞ?」
「あと十二時間くらい行ってきたらどうだ?」
「いやいや、俺とお前らを同列にしないでくれ。あー、腹減った。飯は?」
「今日は俺が作った」
「へ? 静森って生産もやってんのか?」
「調理だけだが」
「ふぅん。砂月は具合でも悪いのか? なんか若干顔が赤いけど、風邪か? この世界で俺はまだ風邪は見たことがないが」
「少しのぼせたみたいだな、風呂で」
「へぇ。無理すんなよ」
砂月はぎくしゃくとしながら頷いて返した。
「砂月、座っていろ」
「う、うん」
静森に促され、水を手にしたままソファに座る。
この日の夕食は、静森が用意をした。それが整ってから三人でテーブルに移動して座る。
「お。想像よりは美味い。砂月とは味が違うが、不味いって意味じゃなく方向性の違いだな」
「同じカンストでも作り手によって味が分かれるのは面白いな」
「静森くんのシチュー、俺好きかも」
砂月がやっと口元を綻ばせた。緊張が少しだけ解け始めていた。
「砂月が食べたいというのならいつでも作る、毎日でも。だが、俺はお前の料理が食べたい」
「特に含みはないけど、俺も砂月の料理がいい」
「っ、あ、う、うん……」
砂月は俯き、また照れてしまいそうになるのを誤魔化した。
いつも通りの会話のはずなのに、静森の声が甘く聞こえて困る。
だが完全に自分の気持ちを伝えるタイミングを逃したのは、よく分かっていた。
今日もきっと一緒に眠るだろうから、二人きりのその時に伝えようと考える。
「それにしても、俺のログアウトまでもうすぐだし、一応『砂月』のほうでも、フレンド登録してもらえないか?」
優雅の声に砂月が顔を上げる。
「う、うん!」
砂月が頷き、職業を魔術師にしてフレンドリストを見る。そちらの一番上も、以前静森にもこちらでも登録したいと言われて、静森の名前がある。その場で登録すれば、二番目の位置に、優雅の名前が出た。
「【真世界】では、俺は自分のギルドがあるからあんまり【おどりゃんせ♪】としては活動できないかもしれないけど、お前らとはこれからも一緒にいたい」
「うんうん、遊ぼう」
「【おどりゃんせ♪】はあちらに行ったらギルメンを募集したりするのか?」
「しないよ。ここは今は二人が入ってくれてるけど、基本的に俺のソロギルドだしさ」
「そうか」
「それに俺、マスターってがらじゃないしね」
砂月が笑うと、それまで見守っていた静森が首を振った。
「俺はそうは思わない。俺はお前はマスターに向いていると思う」
「そう?」
「おう、俺も静森と同じ意見だ。俺はギルマスをするけどな、俺がサブマスをするのは砂月がギルマスの時だけだって、思ってる。俺の中でのギルマスは、砂月だけだ」
笑顔で優雅が断言した。
砂月はおだてられていると思いつつ、悪い気はしなかったんで小さく笑う。
そんなやりとりをしていると、気分を切り替えることができた。
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