【014】キス
最近、静森の距離が近い。今も後ろから抱きつかれている砂月は、いつの間にそうなったのかよく分からなかった。レイドも一段落してきて、最近では家にいることも増え、別行動も増えたのだが、そばにいると気づくと静森がそばにいるようになっていた。
首の後ろから両腕を回されて、ぎゅっとされている。
何気なくその顔を見れば、目が合った。すると静森が微笑した。
「なぁ砂月」
「ん?」
「今日から俺もお前の家で寝泊まりしてもいいか?」
「別にいいけど? どうして?」
「もっとそばにいたいんだ」
「今もいるよ?」
「足りない」
静森はそういうと腕に力を込めた。腕の温もりに不快感がない。すると静森が唇が触れあうすれすれほどの距離まで顔を近づけてきた。青緑色を薄くしたような瞳にのぞき込まれ、砂月は吸い寄せられるように見てしまう。
「悪いんだがめちゃめちゃに気が散るから、お前らもう寝室行けよ!」
すると正面のソファに座っていた優雅が叫んだ。
「寝室? まだ昼間だよ?」
訳が分かっていない様子の砂月の声に、優雅は目を据わらせ、静森は喉で笑った。
「砂月。優雅は一人になりたいらしい」
「あ、そうなの? じゃあ俺達は、素材集めにでも行く?」
「そうだな」
「俺をダシにすんなボケー!」
優雅は抗議したが、砂月はあまり気にしていなかったし、静森は素知らぬふりだ。
こうして砂月と静森は、【雷絆創膏】の素材集めをすることにし、【サンダーウッド】という森へと向かった。そこで静森が範囲スキルを放ち、砂月は回復を主に行った。するとすぐに日が暮れた。
「そろそろ帰ろうか」
「そうだな。お前の家に今日からいてもいいんだったな?」
「あ、うん。別にいいけど」
二人がそんなやりとりをして帰宅すると、優雅の姿は無かった。なので二人で食事をしてから、各々シャワーを浴びて寝室へと向かう。砂月は巨大なベッドの左端に詰めた。右に寝転んだ静森が腕を回したのは、その時のことである。
ぎゅっと抱き寄せられて、砂月は目を丸くした。背中にピタリと静森の体躯の感触を覚える。思ったよりも筋肉質だ。砂月が貧弱な方だともいえるが。レベルを上げても、筋肉はあまりつかなかった。
「ね、ねぇ、静森くん」
「なんだ?」
「眠れない。離れてくれ!」
「嫌か?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
実際に嫌ではないため砂月が口ごもると、静森がより一層腕に力を込めた。
「ならば、いいだろう。ずっとこうしていたい。抱きしめさせてくれ」
「へ……え? え、えっと……」
自分とは異なる体温を意識してしまい、砂月の頬に熱が集中する。
その内に砂月は――……寝た。
翌朝起床すると、体の向きが変わっていた。ぼんやりと瞼を開けると、正面には端正な顔があった。腕枕をされるようにして抱きしめられており、起きていたらしい静森がまじまじと砂月を見ていた。
「お、おはよ……」
「ああ、おはよう」
「……ご飯、作らないと」
「もう少しこうしていさせてくれ」
静森がより腕に力を込める。ぎゅっとされた瞬間、砂月の鼓動が跳ねた。イケメンは、罪だ。いいや、それだけではない。静森があんまりにも綺麗な笑顔を浮かべて自分を見ているという破壊力が凄かった。男ながらに男に見惚れ、砂月は呆然とする。静森が唇を砂月の額に押しつける。何が起こったのか、最初砂月は分からなかった。だが理解した瞬間、瞬時に赤面した。
「こ、こういうことは! 恋人にしないと駄目だ!」
「では砂月が俺の恋人になってくれ」
「ハードルが高すぎる! きょ、今日の朝食は、静森くんだけにんじんのピクルスつけちゃうからぁああああ」
静森がにんじんをあまり好きではないと砂月は知っている。既に好みを知るくらいの時間は一緒にいる。
「それを食べればキスしてもいいのか」
「キ、キス? キ、キス! やっぱり今の、チューだよね!? ン」
今度は砂月の唇に、チュッと触れるだけのキスを静森がした。いよいよ砂月が真っ赤になる。羞恥からぎゅっと目を閉じて、砂月は睫毛を震わせた。
「砂月。毎朝お前にキスがしたい」
「なっ」
「もっとしたい」
「えっ――」
砂月は抵抗しようとしたが、近づいてくる静森の顔が決して嫌では無かったから、硬直してしまった。すると静森は、小さく開いていた砂月の口へと舌を挿入した。我に返って狼狽えた砂月が逃れようとした頃には、砂月の舌は静森の舌に絡め取られていた。熾烈の裏側をなぞられ、甘く吸われる。結果、頭が真っ白になり、痺れたように変わった。
「っぁ……」
唇が離れた時、砂月が必死で呼吸をする。
静森はそれを一瞥してから、より深々と、砂月の口を貪った。そうしながら指先で、砂月の耳の後ろをなぞる。そうされると砂月の体がゾクゾクした。何度も角度を変えてキスを重ねる内に、砂月の体が弛緩し始める。砂月の頭がフワフワし始めた。
「今日の朝食は何だ?」
「ハムエッグ!」
静森が不意に砂月から腕をほどく。解放されたものの、体の内側で熱がくすぶっているもどかしい状態に涙ぐみながら砂月は答えた。なんとか熱を追い払い、思考を切り替えようと大きな声で告げた。
以後、こんな朝が毎日続くこととなる。
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