【013】発破≪SIDE:優雅≫


 優雅は、実を言えばギルドマスターをしている。静森と砂月を除いたほかのギルドメンバーがログアウトすることになったその日、お別れの宴を開くことにしていた。本当は優雅も一緒にログアウトしようかと考えていたのだが――もう少しだけ、【おどりゃんせ♪】にいたくなったからと、制限時間まで残ると決めている。


「毎日一時に【おどりゃんせ♪】のギルド名が走るたびに、本当戦慄してます!」


 サブマスターの『永手』が言う。優雅は苦笑しながら、生産品のビールを飲み込む。


「おう。俺も戦慄してるからな」


 ここにいるメンバーの平均レベルは200だ。これは、決して低い数字ではない。砂月と静森の桁、そしてそこに同伴した己のレベルがおかしなことになっているのだと、優雅は正確に理解していた。


「【真世界】の開始にあわせて、みんなの時間が一斉スタートって聞いてますけど、待ってますからね!」

「おう」

「俺たちのギルド――【LargeSTAR】は、永遠です」


 そんなやりとりをし、この夜は散々飲んだ。そして皆が一斉ログアウトすると決めた時間、優雅は一人見送りに立った。ギルメン達の姿が消失したのを確認した直後、無性に寂しくなって、急いで【おどりゃんせ♪】のギルドホームへと向かった。するとソファですやすやと砂月が眠っていた。その姿をまじまじと見る。優雅にはもう少し時間があるが、別れまでの時は決して長いわけではない。【真世界】で会えるとはいえ、別れを思えば寂しい。


「起きろ。風邪引くぞ」


 そんなことを言いながら、揺り起こそうと善意で優雅は砂月の上にのった。

 そして片手を砂月の顔の横につき、顔を近づける。


「っ、何をしている?」


 非常に冷ややかな声が響いたのは、その時だった。反射的に優雅が顔を向けると、そこには険しい形相の静森がいた。倉庫から出てきたところらしい。


「風邪引くから起こそうと思ってだな」

「砂月から離れろ」


 睨み付けられた優雅は、素直に体をどかせる。それから腕を組んで、改めて静森を見た。


「おい」

「砂月に手を出したら許さない」

「――あのな……ちょっと来い」


 ギルメン達との別れという寂寞に浸っていたはずが、それが優雅の意識から消える。優雅は、砂月に声が届かないようにギルド倉庫へと移動した。不機嫌をあらわに静森がついてくる。


「お前さ、砂月のことが好きなんだろ?」


 現実世界の記憶が曖昧であるから、己が同性愛に対してどういうスタンスだったのかを優雅は思い出せなかったが、静森の気持ちはとっくに知っていた。砂月を見る目、その際の優しい表情、あれらを目にして好意に気づかないほど鈍くはない。


「……わからないんだ」

「は?」

「……好きだ。だがこの好きの種類を俺はまだ自覚していない。いいや、自覚したくない」

「待て、俺は恋バナを聞きたいわけじゃねぇ。相談に乗るとは言ってない!」

「じゃあなんだ?」

「俺は別に砂月を恋愛対象としては見ていないし、砂月だって俺をそういう目で見ているとは思わん。もちろん砂月は、お前の好意にも微塵も気づいていねぇように見えるけどな」

「……」

「静森。お前は告白はしないのか? 自覚したくないって」

「フラれて今の空気が壊れるのが嫌だ」

「思ったより面倒くせぇ奴だな。好きなら当たって砕けろよ。それが男ってもんだろ」

「黙れ。俺は砂月を失いたくない。そばにいたいだけなんだ」

「だったらお前と俺は同じ立場だろ? ただの『フレ』であり、ギルメンだ。最近俺もサブマスにしてもらったし、権限も同じだよな?」

「っ」

「砂月を好きだからと言って、俺に嫉妬するのは違うだろ。八つ当たりが過ぎる。誓って俺はあいつに手を出したりしない」

「信じられるか。砂月のそばにいて、砂月に惹かれない人間がいるとは俺は思わない」

「いや、いやいやいや? 俺は惹かれてないからな? お前と一緒にするな! さらりと惚気るな!」


 そうは言いつつ優雅にとっては意外だった。

 静森といえば、冷徹な印象しか無かったのだが、砂月が関わるとこうして人間味が見える。静森も一人の人間だったのだなぁと漠然と考える。


「とにかく砂月に手を出したら許さない」

「俺を牽制するんじゃなく、自分で砂月を口説けよ。お前はバカか!」

「っく」

「そこまで好きなら、押し倒してヤっちまえ!」

「なっ、なんてことを――」

「じれったすぎる。見てるこっちがじれったい。どーせお前だって、砂月とヤりてぇとか思ってるんだろ? あ? 素直になれよ、好きならな」

「……、……」

「俺は寝る。あ、でもな。砂月を泣かせたら、俺だってお前を許さないからな」


 優雅はそう述べると、踵を返した。苦しそうな顔で唇を噛み、俯いている静森については、実を言えば既に信頼していたから、優雅本人としては応援したつもりだった。


 そんな一幕もあった。



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