【010】バグっている
「ただいま」
素材集めから帰宅した砂月は、ギルドホームのホールに入った。
砂月の家かギルドホームで静森と顔を合わせるのは、最早日課である。
ギルドホームというのは、酒場型の設備で、庭と家機能のギルド版だ。『おどりゃんせ♪』のギルドホームには、カウンターがあって奥に厨房がある。倉庫は視線操作でもギルメンならば確認可能だが、ホールの横に設置されているため物理的にも目視できる。
ホールに静森の姿がなかったので、砂月は倉庫へと向かった。
すると生産品であるソファのオブジェに座っていた静森が、スキル書を読んでいた。
スキル書はNPCから購入してスキルを覚えることができるというのがゲームの仕様だったが、この【半チュートリアル世界】では、実際に中身を読むこともできる。これは静森と出会って初めて砂月は覚えた。魔術師のスキル書であれば、そこには魔術理論が書かれているのだという。全スキルを砂月は使えるが、読んだことはなかったので、試しに読んでみたが、さっぱり意味は分からなかった。
「ああ、帰ったのか」
「うん、ただいま。今夜はバターチキンカレーを作ろうかと思ってるんだ」
「そうか。楽しみだな」
スキル書から顔を上げた静森が、柔らかい笑みを浮かべた。
砂月は最近、美味しいと言いながら食べてくれる静森といると、料理が楽しい。一人に慣れきっていたが、やはり他者、それも友人がいるのはいいなと感じる。だがまだ、静森以外の転移者とは顔を合わせたことがない。
その後は家のキッチンへと移動して、バターチキンカレーを作った。
それが完成する頃、静森もやってきた。
「いい香りだな」
後ろからひょいと鍋をのぞき込まれた時、距離の近さに砂月は驚いた。ビクリとして反射的に視線を向ければ、真横に静森の顔がある。本当にイケメンだなぁと思いつつも、ぼっちだった時間が長すぎて、どのくらいの距離感が適切なのか分からなくなる。物理的距離が近い気がしたが、驚きはするものの、別に嫌ではない。
「どのくらい食べる?」
「普通で」
「了解」
最近では、静森の『普通』の量を砂月は覚えた。それだけ親しい友人になったのだと砂月は考えている。
この日も二人で食事をした。
なお就寝時は、静森は自分の家に帰る。だが朝になると来ている。鍵設定機能を用いて、静森はいつでも入室可能にしてあるから、砂月が起きると静森は大体、砂月の家のリビングに座ってスキル書を読んでいる。鍵設定機能を使うように言ったのは静森だ。
静森はどうやら本当に魔術が好きらしい。
砂月にも薄々それが分かってきた。
「おはよう、静森くん」
「ああ、おはよう」
「そういえば静森くんは、魔術師以外の職はやってないの?」
「ああ。俺は魔術師一筋だ」
「じゃあキャラクターも一体だったの?」
「いいや。【ゾディアック戦記】の時は三体いた」
「そうなんだ。その職は?」
「全て魔術師だった」
「なるほど? 装備とか俊敏度とかをキャラごとに変えてた感じ?」
「そうだ。だが今は、一体だ」
「ふぅん。本当に魔術師が好きなんだね!」
頷いてから砂月は洗面所へと向かい身支度を整え、戻ってきてから黒いエプロンを着けてキッチンに立った。本日の朝食は、和食にしようかなと考える。最近静森の食の好みが分かってきて、どうやら和食の方が好きらしいと判断していた。なんでも美味しいと食べてくれるが、せっかく作るのならば喜ばせたい。
この日作った朝食も、静森は頬を綻ばせながら食べてくれた。
それが砂月には嬉しかった。
「よし、今日は何しようかなぁ」
「俺は少しボスを相手にスキルの打ち方を研究してくる」
「いってらっしゃい」
食後そんなやりとりをし、砂月は静森を見送った。
食卓は穏やかだが、砂月から見ると基本的に静森は根が真面目で自分に厳しいところがある。珈琲を片手にリビングのソファに座った砂月は、久しぶりに募集を眺めることにした。
「ん。まだ【葉竜オホシサマ】の募集してる。まだクリアできてないのか……」
どんな初心者なのだろうかと気になり始め、砂月はメールを送ってみることにした。
『はじめまして。よかったら行きましょうか?』
すると次の瞬間には返事があった。
『ぜひ! ボスの前にいる。ついたらパーティをくれ』
それを見て、砂月は珈琲を飲み干してから、立ち上がった。カップを食洗機に入れてから、移動アイテムでボスの前に、早速向かうことにする。暗殺者のスキルならば、全ボスをソロ可能かつ一撃で倒せるため、他のスキルも使える今、支援できないボスはいない。
外見を生産品のおしゃれな服に変化させてから、砂月はボスの前へと移動した。
するとそこには、岩の上に座っている青年がいた。焦げ茶色の髪で、目の色も同じ。少しだけつり目の青年だった。砂月は思う。【ゾディアック戦記】はバグっているのかもしれない。静森もそうだが、この人物もまた、イケメンである。
「こんにちは」
砂月は挨拶をした。結果、青年が顔を上げた。
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