【009】一般常識≪SIDE:静森≫
――これは、砂月が知らない一般常識である。
砂月以外の転移者は、約2000名いる。その中において、開始一ヶ月以内に、1800人がログアウトし、半チュートリアル世界へと移行した。一年以上いたのは実に50名に満たない。そして、二年いたのは、静森だけである。砂月の前にチュートリアル世界をログアウトしたのは、静森だ。5000年もいた砂月が、ちょっとどうかしているのである。
人は、孤独では生きられない。
はずだった。
砂月はその理を超えていた。
「……」
静森が砂月のギルド、【おどりゃんせ♪】に加盟してから、二週間がたった。
毎日砂月と朝食と夕食を食べるようになったのは、砂月が作る生産品の食事があんまりにも美味だったためである。クオリティが本当におかしい。
現在砂月は素材集めに出かけている。
一人、ギルドホームにいる静森は、倉庫の中身を改めて眺めながら腕を組んでいた。
「チート……」
それ以外に説明がつかないような内容物の集合体に、頭を悩ませる。だが砂月の行動を見ている限り、努力の結果だというのが伝わってくる。
転移時に、自称【司る者】により、転移者は三つの願いを叶えてもらうことができた。しかし『最強装備をくれ』といった願いは不履行とされた。『誰よりも最強』なども無論である。『チーレム』は『不可』だ。これらは、【半チュートリアル世界】で情報交換をした結果明らかになった。
なお、静森が頼んだ願いは以下の三つである。
――魔術師として世界の魔術の全てを知る権利を得ること。
――嘘を見抜く力を得ること。
――愛する人を助けられる力を持つこと。
である。
魔術師として生きていくことに迷いは無かった。【ゾディアック戦記】においても、静森は魔術師がメインであり、浮気はしなかった。嘘に関しては……様々な思いをした。静森は、基本的に、支援が好きだ。だが、『初心者ごっこ』をして詐欺をするユーザーに出くわし、二度と支援なんてしないと心を守るために思ったレベルで傷ついたことがある。だから、嘘は見抜きたい。そして最後は……、……。
「……」
静森は、砂月の観点から見ればイケメンであるように、客観視してイケメンである。そして顔が良いというのは、時に弊害もある。顔だけでよってくる相手は後を絶たない。そして自分から恋をした相手は、逆に顔しか見てくれず『こんなイケメンがなんで』だのというパターンさえある。静森はあまり恋をしないが、たぐいまれなるロマンティストであるし、自分から好きにならなければ恋愛対象にできないタイプであるのに、相手に信じてもらえなかったりする。だからそんな習性を、真世界では変えたかった。
なお、好きになったら性別は問わない。
しかし人を好きになるまでに時間がかかるタイプである。
恋愛よりも、魔術師としての力量を極める方が好きだ。
「……そのはずなのだが」
砂月がいないギルドホームで一人。
ここのところ常に二人でいるせいで、妙にそわそわしてしまう。
「……」
静森から見ると、砂月は最強である。それは、装備や立ち回りといった技能ということではない。なによりも、優しげな性格に、胸が掴まれる。二人でいると安する自分がいつの間にか存在していた。
改めて考えてみる。
黒い艶やかな髪をしている砂月は、形のいい大きな目をしていて、その瞳も黒だ。背丈は、178cmの静森から見ると少し低いから、172cmくらいだろうか。静森から見る砂月が好みの顔立ちであるのも、非常によくない。顔を気にされるのは嫌だが、相手に対しての好みが無いわけではない。なお静森は性別を気にしないが、多くの人間は同性愛は気にするだろう。砂月とは絶対に険悪な仲にはなりたくないから、この気持ちは封印しなければと静森は考えている。
「この気持ち?」
自分の思考に静森は狼狽えた。目を大きく開けてから瞬きをする。
「……胃袋は掴まれたが」
はぁと溜息をついてから、静森は天井を見上げた。
「何故あいつといると胸が煩くなるんだろうな。答えなど決まっているが」
かつてゲームには、チョロインという言葉があった。出会い厨だとか。
静森はそのどちらでもなかったはずなのに、最近妙に砂月のことが気になっている。
「俺とあいつが一緒にいられる時間は残り――」
デジタル表記の時計のようなものを一瞥してから、静森は苦笑した。
「魔術師であること以外に、興味を持つ日が来るとはな」
そばにいるだけで、好きになってしまう。
それは、罪だ。
「早く帰ってこい。今夜もお前の料理が食べたい」
一人そう呟いた静森は、それからずっと、砂月のことを思っていたのだった。
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