【008】朝食
「ところで砂月」
「ん?」
「お前も二枠空いているのだろう? ギルド枠が」
「ん? まぁ、ここ以外には入ってないからね」
「よかったら俺が入っている他のギルドにも来るか?」
「ううん、いいよ。俺、ここで満足してるし。それにほら、【真世界】だっけ? 新しい場所に行ったら、入る機会もありそうだしさ」
「そうか」
この日はそんなやりとりをして、【叡竜】のボスの最寄りの街であるルミフェスタウンで別れた。一人で家へと帰宅した砂月は、夢のような心地になりつつも、初めてのフレンドの存在にわくわくしていた。フレリスで確認すればログイン中になっていて光っていたが、ギルドの名前は光っていないので、どうやらその時々に選択中のギルドに反応があるようだと悟った。
「第一印象は冷たそうで怖そうだったけど、話した感じは普通だったな」
そんな風に思いながら、この日砂月は眠りについた。
既に夜睡眠をとる生活を思い出しつつあった。ただ――集中していない時に限るが。
翌朝。
再び太陽が海から顔を出す時分、砂月は起床し欠伸をした。瞬きをすればまなじりから涙が伝う。それからギルドのログイン状況を見ると、なんと静森がログイン中だった。ギルドチャット機能が存在しているため、ドキドキしながら砂月は発言してみる。
「お、おはよう!」
『ああ。もう十三時だが』
「う、うん。うん。そ、そうだね! 時計ってどこで見るの?」
『アイテムだ。一つ送る』
直後メールに添付され、【混迷の腕時計】が送られてきた。生産アイテムで、名前だけは砂月も知っていたが、使ったことは無かった。
「凄いね、便利だ。静森くんは、生産もやってるの?」
『いいや。別のギルドのギルメンにもらったあまりだ』
「なるほどぉ……」
『お前は今日の予定は?』
「へ? とりあえず今から朝ご飯! 今日はビーフシチューオムライスを作る!」
『――お前こそ生産者か? カンストと言っていたが錬金術師もカンストか? 生産も?』
「うむ」
『……そうか』
「静森くんも食べる?」
『いいのか? 俺にとっては昼食だが』
「うん。俺の家来られる?」
フレンド登録をすると、家には来られる。それを念頭に砂月が言うと、真正面に直後、静森が現れた。
「!」
「頂く」
「あ、うん。あっちがダイニングキッチン」
つかつかと砂月が向かうと、静森が後に従った。そして無言でダイニングテーブルの椅子を引く。その視線を感じながら、砂月は冷蔵庫から卵を取り出した。
「【チュートリアル世界】にはどのくらいいたんだ?」
「時計が無かったというか、このアイテムが時計だという発想が無かったからわかんない。ねぇ、どのくらい食べる?」
「普通の量でいい」
「俺、君の普通知らないんだけど」
「……ベルノノワールの一皿の量でいい」
「おけ」
ベルノノワールというのは、NPCの飲食店だ。標準的な量だと砂月は解釈した。
「静森君はどのくらいいたの?」
「二年だ」
「え?」
「驚くだろうが――」
「うん。短いね」
「は?」
「え?」
「……まぁお前は二年以上か」
「う、うん? そ、そうだね」
「人間は二年も誰とも会話しないと鬱になるな」
「ソ、ソウデスネ」
砂月は顔を背けながら、卵を溶いた。
「静森くんって、ぼっちが嫌いな人?」
「俺は俺より孤独に強い人間には会ったことが無いな」
「ソ、ソッカァ」
「だが、俺よりもチュートリアル世界に長くいたお前は、俺より強いのだろうな」
「サ、サァ?」
「声がうわずってるぞ」
「卵をフワフワにするのに必死でさ!」
必死にごまかしながら砂月はオムライスを作った。ビーフシチュー部分は昨夜の生産物のあまりである。無事に完成した品を二つ食卓へと並べた。すると静森が目を見開いた。
「……本当に生産がカンストなんだな」
「うん!」
「いただきます」
「はいどーぞ!」
こうして砂月にとっては初めての、二人の食卓が始まった。スプーンで静森がひとすくいする。そして口に含み咀嚼し飲み込むと、目を伏せ沈黙した。
「……」
まずかったのだろうかと考えていると、二分後、静森が目を開けた。
「お前」
「は、はい!」
「ガチ勢か?」
「は?」
「俺は生産カンスト者に初めて会ったが、このクオリティはおかしい」
「おかしいは言い過ぎ!」
美味しいと言うことだろうと理解し、思わず砂月は顔を融解させた。
「美味だな。俺には語彙力が無いが、これは食べ尽くせる」
「ありがとう。静森くんは生産はやらないわけだ」
「そうだな」
「何か欲しい飯バフとかあったら作るから言ってね!」
「お前が言うと冗談に聞こえない」
「? 冗談?」
「……なんでもない」
このようにして、和やかに朝食の時が流れ始めた。
「逆に静森くんの今日の予定は?」
「そうだな……。【大賢叡の闇ローブ】を手に入れた今、俺には自発的にしなければならないことはとりあえず消失した」
「そんなに欲しかったんだ?」
「ああ」
「魔術師を極めるため?」
「そうだ。俺は最強の魔術師でありたい。それが俺の矜持だ」
「ふぅん。俺も一応メイン魔術師のつもりだけど、【ゾディアック戦記】では、連戦パーティとかはほとんど舞詩者でいってたから、そこまでこだわりないんだよな」
「――なに? 舞詩もできるのか? 壁もできるか?」
「うん」
「連戦でもどうだ?」
「いいけど」
「舞壁がいたら、俺の装備構成は――」
このようにして、その日は二人で連戦に行くことに決まった。
「どのボスにいく? なにか砂月は欲しいものはあるか?」
「ない!」
「……そ、そうか」
「静森くんは?」
「そうだな。俺は……自分に余裕があるならば、人助けをしたいと思っていたんだが」
「ほう」
「今まではその余裕が無かった」
「まぁ、優先順位は人それぞれだよね」
「しかしお前に助ける余地がなさ過ぎて詰んでいる」
「俺は別に大丈夫だよ。気にしないで!」
砂月がそう口にして微笑すると、静森はまじまじと視線を向けてから、常の無表情を崩して、柔らかく笑ったのだった。
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