―― Chapter:2 ―― 半チュートリアル世界 ――

【006】半チュートリアル世界の開始と初めての他者との遭遇


 熟睡して起きた砂月は、家機能の中にあるキッチンのオブジェの前で、包丁アイテムでネギを切っていた。生産スキルにおいて、ボタンを押せば調理品は完成するのだが、何故なのか実際に手を動かすと味が向上すると発見したためである。


 手際よく味噌汁の用意をしつつ、チラリと砂月は包丁の刃を見た。


「確か、【半チュートリアル世界】からは痛みがあるんだっけ? つまり、モンスターに攻撃されると……痛い?」


 おぼろげな記憶を引っ張り出してそう考えながら、砂月は珍しく浮かない顔をした。


「……万能ワクチンとか治療用包帯とか、三年間の内にため込んでおいた方がいいな」


 この日の朝食は、他には厚焼き玉子や、焼き鮭だった。

 我ながら美味だと思いつつ、窓の外を見る。不思議なことに、【半チュートリアル世界】にきた結果、窓の外の空に朝と夜が発生していた。昨日まで〝庭〟の外は常に夜空だったのだが、本日は日の光が差し込んでいる。リアリティが増している。


「ええと……」


 それから砂月は、【menu】を操作して、新しく出現した【コミュニケーション】を見た。そこには【オープン機能】や【メール】などがある。視線で操作して開くと、【オープン機能】には、【オープンチャット】と【掲示板】があった。食事をしながら、それぞれを確認する。


「んー、『パーティ募集』に『トレード希望』かぁ。今となっては懐かしいけど、【ゾディアック戦記】の機能とほとんど同じだなぁ」


 トレード希望が出ている品は、砂月が初めてソロボスでこもった【大賢叡の闇ローブ】だった。


「希望金額が書いてないから、怖くてチャットには入れないな。というか、この【半チュートリアル世界】って物価はどんな感じなんだろ。俺みたいな一般ユーザーからしたら、やっぱガチ勢達は富豪なんだろうなぁ……。俺貧乏だから自分でドロップ派だし、本当さっぱりだな……」


 少しだけ砂月が不安そうな顔をした。【ゾディアック戦記】においては、【大賢叡の闇ローブ】は大体380億ダリ前後だった。現在の砂月の所持ダリは、5708億ダリ程度である。


「パーティ希望は、『葉竜オホシサマ』の討伐か。レグルス村の横の最初のボスだし、初心者さんかな? 支援してあげよかな? 痛みがあるって言っても、さすがにLv.15のボスには負けないだろうし。支援して仲良くなって、初のフレ? ありだな」


 ニコニコしながら砂月は呟いた。

 それからお味噌汁を飲み、上品な箸使いで朝食を片付けていく。既に彼に現代日本の記憶は無いが、どうやら元々箸使いは綺麗だったようだ。しかし、ながら食いに抵抗はない様子で、食べつつ彼は、次々に募集文を眺めていった。結果、食べ終わり、食器を生産スキルで作った食洗機に入れる頃には、再び難しい顔つきに変わっていた。


「……募集の数が、十五かぁ。十五人は人がいるとして、これって多いのか、少ないのかな? もう【ログアウト】して待機してる人もいる状態で、ええと、俺は人がいる時代に移動させてもらったらしいけど……うーん……」


 ――よく分からない。

 それが砂月の本心だった。


「まぁ俺は三年間は有意義に使うけどな。とりあえず医薬品系を量産しよ。それに忙しいから、今日は素材集めだ。万能ワクチンの素材だから、【叡竜】だな。もし【大賢叡の闇ローブ】が運良くSで出たらトレードもできるし!」


 こうして砂月のこの日の予定は決定した。

 歯磨きをしてから砂月は、【叡竜】がいる場所の最寄りの街まで、移動アイテムで移動した。既に移動アイテムは、生産で大量に作成済みだったので困らない。こうしてボスのもとまで行くと――先客がいた。


「!」


 砂月はボスに向かっていく青年を目視した。

 その姿がすぐに消える。ボス討伐フィールドに入ったからだろう。パーティを組んでいない場合、ボスの討伐中は姿が見えなくなる。少なくともゲームではそうだった。


「本当に俺が以外の転移者がいるんだな……」


 棒立ちになり、思わず砂月は呟いた。

 見かけた青年は、黒い髪と青緑色を薄めたような色の瞳に見えた。


「もしかしてアバターみたいに色って変わるのか?」


 ぼんやりとしながらそう呟いていると、一分と二十秒後に、青年が出てきた。

 そして砂月の姿を確認すると、一瞬動きを止めた。

 正面から目が合う。

 やはり青緑色――翡翠とでもいうのか、そういった色彩の色をしている。年代は砂月と同じくらいで、二十代半ばから後半程度に見える。服装は【大賢叡の闇ローブ】を着用しているが、ローブのランクは不明だ。手にしている武器の杖は、【劫火の髑髏杖】という、魔術師の使用する杖の中で最も火力が上がる攻撃用の杖だ。首から提げている装飾具は、【幻鏡の暗黒】という名で、これも最強装備の一つである。明らかに、魔術師ガチ勢だというのが、一目で分かる出で立ちだ。だがそれよりも、砂月は青年の顔をまじまじと見てしまった。長らく他者と顔を合わせてはいないが、控えめに言って青年の顔面造形は非常に整っていた。要するに、イケメンである。


「……」


 無表情のまま青年は、じっと砂月を見た後、またすぐにボスに向かっていった。

 その姿が消えて、また一分と二十秒後に出てきた。

 以後は足を止めることもなく、彼はソロボスを続けている。


 砂月は現在全職業のスキルを使えるわけだが、今回は暗殺者スキルで一撃で倒せるので、装備をそれに変えた。ただし人に装備を知られると照れくさいので、外見欄は操作してある。外見欄に設定した装備が他者に見えるのが【ゾディアック戦記】の仕様だった。現在砂月は、黒づくめのローブ姿である。死に神のような格好だ。顔も見えない。その状態で、砂月もまたソロボスを始めた。砂月の場合は、一撃なので、【叡竜】は十秒もかからずに倒せる。目的は、確定で必ずドロップする第一の品だ。


 クルクルクルクルと、回転するように倒しては再びボスに話しかけてフィールドを発生させる動作を繰り返し、砂月は素材収集に没頭した。たまに外に出た時に青年と遭遇したが、速度が違うので、完全には一致しない。朝はじめて日が暮れるまでの間、砂月はボスを周回しながら考えていた。このボスは、実は魔術師とは相性が悪い。だから砂月は暗殺者を育成したというのもある。だから一分二十秒でこのボスを回せる魔術師というのは、かなりの玄人だ。


「まぁ、こんなもんか」


 その日の夕暮れ、砂月は目的のアイテムを目標数集め終えた。そして動きを停止すると、目の前に朝顔を合わせた眉目秀麗な青年の姿があった。彼は砂月をじっと見据えると、小首を傾げた。


「――【大賢叡の闇ローブ】狙いか?」

「へ? い、いえ!」


 突然のことに、砂月は狼狽える。


「俺は、第一ドロップの【叡竜の角】を集めに来ました」

「……」

「えっと、そちらは【大賢叡の闇ローブ】狙い?」

「……ああ。Sランクを探している」

「そうなんですね」

「……」

「……」

「……」

「……が、頑張ってくれ! 全力で応援してる!」

「ああ」


 頷くと青年は、またボスに向かっていった。その姿を見送ってから、砂月は久しぶりの他者との会話に緊張したと思いながら、家に戻ることにした。




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