【005】シナリオのクリアとチュートリアル世界の終了


 砂月はレグルス村から開始し、【ゾディアック戦記】に実装されていた約1200のボスを全てソロで討伐した。シナリオをクリアするのには半年程度かかったが、時間感覚など既に麻痺している砂月にとっては、まるで一瞬のことのようだった。それが終わり、家に帰り、砂月は久しぶりに寝台に座った。手元には生産アイテムのミルクティーがある。雑貨屋のNPC販売品と違い、生産品は成功して高ランクの品を作ると味が最高に美味しい。


『あのさ』


 その時不意に声が響いてきたものだから、砂月はビクリとした。

 若いようにも年老いているようにも聞こえるその声に、狼狽えながら周囲を見渡す。


『僕のことは見えないよ』

「えっ!? 幻聴じゃない!? 錯覚じゃない!?」

『違うよ。かなりお久しぶりだけど、君をここへ転移させた者です』

「記憶と特徴が違う気がするんですが、俺の記憶違いでしょうか?」

『ううん。もうなんというか、呆れが通り越して引いてるから、口調とかどうでもいいかと思って。あのさぁ、本当、あのさぁ。いつまで【チュートリアル世界】にいる気なの?』

「え? 満足するまでいていいんですよね?」

『……、……』

「俺明日からは、一番好きな空模様の場所を探す旅に出ようかと思ってて」


 満面の笑みで砂月は述べた。久しぶりの他者との会話に気分が高揚している。


『それ、【半チュートリアル世界】で他の人がいるところで行っても問題ないよね? 装備とかは全て引き継ぎだし』

「う、うん?」

『あのね、君以外、とっくに【真世界】の開始待ちなんだよ。【半チュートリアル世界】にすら一人ももう残ってない状態で、既に5000年くらい経過してる。地球科学文明なら、文明が一つ程度は発生しているくらい、君はぼっちでここにいるけど、なにやってんの?』

「装備集めとか?」

『そうじゃなーい!! さっさと【ログアウト】しろって言ってるんだよ!』


 それを聞いて、砂月は目を丸くした。


『はぁ。そもそも【半チュートリアル世界】で他の人と話したりしてからじゃないと、【真世界】には移動できないようになってるから、世界の理の維持のために、今からログアウトしたら、まだ人が残ってる時期にいけるようにしてあげるよ。そこで三年頑張って。そしてさっさとゾディアック戦記の真世界――新しい現実に行くように! さぁ、Let'sログアウト!』


 直後、砂月の周囲に白い光が満ちあふれた。あんまりにも眩しくて咄嗟に目を閉じ、いつかと同じように彼は腕で目を庇った。そして光の終息を感じてから、静かに瞼を開けることに決める。


「……変化は感じない、けど……」


 先ほどまでと同じように砂月は、片手にカップを持って寝台に座っていたが、視界の把持にデジタル数字が見えた。


「【02年364日23時間58分32秒】……? あ、残り時間か。久しぶりにカレンダーとか時間とか認識した。忘れてた。そうだよ、そうそう。普通はこういうのあるよね!」


 砂月は一人口走ってから、ミルクティーを飲み込んだ。


「ええと、他の人もいるって話だったっけ? 街にいるのかな? それともラストの三年だし、普通は装備集めの最終調整とかしてるかな? どこに行けば会えるんだろう? 露店とかはもう見られるのか? 分からないなぁ」


 ブツブツ呟きつつも、砂月は何度か瞬きをしてから、両頬を持ち上げた。

 別に人嫌いというわけではないので、これからの出会いを考えると、内心でテンションが上がっていた。


「いっぱいフレンドができるといいな。とりあえず……明日から」


 こうして砂月の【チュートリアル世界】は、やっと終了したのである。

 この日砂月は、久しぶりにゆっくりと惰眠を貪った。



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