【003】魔術師への道
それから、三日。
砂月には気がついたことがある。
汗もかかなければ、排泄欲求もなく、食欲も睡眠欲もない。家機能の中に浴室やシャワーはあり、入浴は可能なので暇つぶしにお湯につかってはいるが、どうやら不要らしい。気分的に疲れた時、寝台に横になれば就寝可能だが、別に無理に眠る必要も無いようだった。NPCの雑貨屋でHP回復アイテムの【おにぎり】を購入して食べてみた結果、まぁまぁの味だったが、こちらも生命維持のために必要というわけではなさそうだった。
だが一つだけ現実と変化のない事柄がある。
「孤独、かぁ」
転移する前の場所でも聞いた単語。
決まり切った台詞しか放たないNPCしかいない世界。
いくら話しかけてみても会話が成立しない状況は、無視をされている感覚にも似ていた。だが不思議と寂しさはない。
「俺は元々の世界でも孤独に強かったのか?」
腕を頭の後ろで組み、寝転がっている現在。地球科学文明というものに思いを馳せてみるのだが、家族や友人という概念はあっても、顔も名前も思い出せない。自分の名前も同じだ。逆に【ゾディアック戦記】のキャラ名は思い出せるのだから不思議でたまらない。しかしそちらのフレンドの名前は思い出せない。他者との関係は何も分からない。
「まぁいいか。この【チュートリアル世界】を頑張ったら、きっと色々な人に出会えるだろうし。その時にみんなと遊べるように、今日もレベル上げに励むか」
勢いをつけて上半身を起こした砂月は、それからなんとなくシャワーを浴びて着替えることにした。着替えは、昨日モンスターがドロップした【黒ローブ】だ。魔術師の初心者装備である。石けん類は、生産レベルのLv.1から作成可能なものを作った。
生産には、調理・薬剤・鍛冶・木工・服飾・宝飾がある。
それらも少しずつレベル上げをする予定だ。
「頑張るぞー!」
一人きりのせいか、独り言が止まらない。だが一人だから、誰に聞かれる心配もない。
この日はLv.15からレベル上げを開始した。
草原の次の場所で、湖の前だ。砂の上にいるヤドカリ型のモンスターを、一体ずつ魔法スキルで倒していく。日は暮れない。だからどれほどそうしていたのかは分からないが、Lv.30になるまで、ずっとレベルを上げていた。Lv.30になると、また魔術師になるための条件クエストを受諾可能になるというゲーム知識は残っていた。
そこで一度レグルス村へと戻りクエストを引き受けた。
このようにして砂月の、魔術師になるための日々は流れ始めた。
日がな一日――実際には目標レベルになるまであるいはなっても飽きるまでレベルを上げ、目標に到達するとクエストを受けるなどし、スキルの数を増やして、魔術師に転職する準備をしていった。魔術師にはLv.200で転職可能なので、最初の目標はそこに設定した。
範囲攻撃魔法スキルである土震大魔法を習得したのは、Lv.125の時である。それまでは一体ずつ倒すしか無かったのだが、これを機に一度に何体も倒せるようになった。即ちレベル上げが捗るということでもあったが、それ以上に……。
「す、すごいな……。本物の魔法って、本当に派手だ……」
ゲーム時にもエフェクトが輝いていたのは間違いないが、実体がある中でスキルを放つと大地が揺れた感覚がし、砂埃が舞い、空が不穏な色に変わる。最初はあまりにも強い威力に冷や汗をかいた。あるいはこれが初めてかいた汗かもしれない。続いて襲ってきたのは興奮だった。これが、魔法……、そう考えると胸が高揚し、楽しくてたまらなくなった。
「これ、すごいな」
気づくと砂月は唇の両端を持ち上げていた。それからはどのくらいの間、範囲魔法を放ち続けたのかは不明だ。気づくとLv.276になっていた。転職するのを忘れるほど、没頭していた。
「寝なくていい体って、止め時がわからないから難しいな」
我に返って苦笑し、一度家に戻ってから、続いて転職をすることに決める。
久しぶりにレグルス村へと向かい、ハレルに話しかけて、砂月は魔術師に転職した。条件は既に満たしていた。結果として、魔術師にのみ習得可能なスキルを、いくつも習得可能になった。以後は、その習得と、レベル上げの日々となった。
砂月は【ゾディアック戦記】をそれなりにやりこんでいたから、どんなスキルがあるかは知っている。記憶にある限りの全てのスキルを取り終え、スキルの威力を上げるための俊敏度などのステータスの訓練も行い、全ての値を上げていった。
「あ」
するとある日、レベルがついにLv.500になった。
「……経験値バーが消えた。やっぱりカンストはLv.500のままなのか」
目指してはいたが、いざそうなってみるとあっという間で、実感が沸かない。スキルは全て取り終わり、レベルなどもカンストした現在、魔術師としてあと足りないものは――それは装備だけだった。今はmobモンスターのドロップ品を使用しているが、これ以上強くなるには、ボスがドロップする品や、生産で作成する品が必要となる。
そして魔術師は、基本的にパーティを組んで戦う職業なので、ソロでボスをするのに向いているというわけではない。
「装備を集めるなら俺的には、道化師か暗殺者がいいな。職業変えるとレベルってどうなるんだろうな?」
ふと思い立ち、砂月は、ゲームにおいては暗殺者だったバジルのステータスを表示させてみた。すると『Lv.1』と出る。俊敏度なども1ポイントに戻った。ステータスは、ポイントを振ることで訓練をしたという事になる仕様だ。
「んー、また一からやるのか」
一人納得した砂月は、腕を組んだ。魔術師の装備を完成させるためにも、次は暗殺者バジルとしてレベル上げをし、ボスを周回できるようにと考える。
「よし、魔術師はここで一旦停止!」
満足げに笑った砂月は、翌日から、また別の職業のレベル上げを始めた。
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