【002】一人きりの街



 カッツェ村は、長閑な場所だ。BGMが好きで、砂月はその村を設定していた。いざ降り立ってみると、曲は流れてこなかったが既視感のある建物やNPC――が立っていた位置に人がいた。


「っ」


 髪型や服装にも見覚えがあると思いながら歩み寄る。

 視線を向けると、会話ボタンが現れたので選択すると、ゲームと同じ台詞が放たれた。


「こんにちは、林檎が美味しいですね」

「……うん」


 そこで会話が途切れたので繰り返すと、やはり同じ台詞が返ってきた。

 このNPCはミーサという名前の若い少女だ。

 NPCからは【雑貨屋】が選択できた。これはNPCショップだ。そちらには、ゲーム同様、ゲームで設定されている品が売っていた。また、〝庭〟からも閲覧可能だが、ここからも〝個人倉庫〟の中身が確認できた。それもゲームと変わらない。中を確認したら、ここに来る前に課金で拡張した数の分だけ、倉庫には品物が収納できるようになっていた。ただし中身は空だった。ただし来る前のことはそれしか分からない。


 それからふと思い立って〝鞄機能〟で持ち物を確認すると、ゲームでは存在していた〝課金アイテム欄〟が消失していた。また、課金可能なショップへのアクセスなどもできなくなっていた。【寝台】や【倉庫枠】など一部だけゲーム時から引き継いでいるようだが、基本的にはリセットされているらしい。


「これ……結構マゾいかもなぁ。一人だもんな。でも俺、ぼっちスキルあるし、いける!」


 砂月は気合いを入れ直して、【ギルド転移】で移動可能な場所を見る。これはギルドマスターとサブマスターだけが、過去に行ったことのある街を設定できるのだが、幸いこちらは、全ての街を選択可能だった。


「ギルマスとサブマス以外で、そもそもギルドもない人がいたら、【移動アイテム】も消えてるし、みんな大変だろうな……俺、幸運だったかも」


 そう呟いてから、砂月は続いて初心者の街であるレグルス村へと移動することにした。【ギルド転移】を操作してボタンを押すと、瞬間移動のように位置が変化した。徒歩での旅も可能だろうが、瞬間移動が可能なのは便利だと考える。


 レグルス村には三体のNPCがいたが、いずれもやはりゲームと同じ台詞を放つだけだった。だがJOBを変更するためのクエストやレベルを上げるためのクエストなどを、引き受けられると判明した。本当にゲームと変化がない。


「……今って何時なんだろうな。時計がない……。ゲームではマップによって空の色も天気も季節も変わってたし、これなんか嫌だなぁ」


 そう考えつつ、砂月は目の前にいるNPCのハレルを見た。ハレルは青年で、条件を満たすと転職させてくれる。しかし砂月はまだなんのクエストも受けていないしスキルも取得していないから、条件を満たしておらず、転職マークは出てこない。


「俺、メインは魔術師だったし、やっぱり魔術師からやろうかな……」


 砂月という名前でプレイしていた職業を思い出しながら、砂月は考えた。

 なお職業は、聖剣士・鉄斧士・聖職者・舞詩者・銃弓士・魔術師・錬金術師・道化師・暗殺者・拳闘家・召喚者がある。前衛が聖剣士と鉄斧士、回復職とバフ職が聖職者と舞詩者、後衛範囲火力が銃弓士と魔術師と召喚者、単体火力が錬金術師と道化師と暗殺者と拳闘家だ。ただステータスやスキルのレベルにより、様々な遊び方や役割ができる。例えば舞詩者が前衛をする場合もあれば、魔術師がソロで遊ぶこともある。


 全職業で遊んでいたのでその時々で使うキャラは変化したが、一番最初に作った魔術師の砂月には愛着がある。一番多く使っていたのは実際には舞詩者で、回復とバフを担うことが多かったかもしれないし、生産は錬金術師で行うと成功率が高くなるので、錬金術師もかなりの頻度で使用していたのだが。


 その中で魔術師というのは、基本的には魔術を放つ職業だ。火力職だ。範囲魔法攻撃と単体魔法攻撃を使用できる。


「レベル上げをソロでするなら、範囲スキルをとってmob狩りがいいよな。俺効率厨ではないけど、それなりに計画的にレベル上げはしたいなぁ」


 一人頷き、砂月は魔術師になるべく、また範囲スキルを覚えるべく、ハレルからクエストを受諾することにした。


「ってか、人生で初めて魔法使えるわけで……。魔法……。わくわくしない方が無理だ」


 砂月は【木の杖】という初心者用のデフォルト装備を手に取り、思わず両頬を持ち上げた。それから徒歩で、隣のマップ――今は連続しているから少し先の場所まで移動することにした。


 レグルス村の外には草原が広がっている。そこにはカエル型のモンスターがいた。見た目はデフォルメされている。ゲームのグラフィックによく似ていた。


「死はないっていってたけど……倒した場合、モンスターはどうなるんだ……?」


 若干不安に思いながらも、杖を構えて【攻撃】を視覚操作で選んでみる。杖を装備していると、初級魔法攻撃が放たれるのはゲームの仕様だった。


 するとその場に風が吹き抜けた。カエル型のモンスターに、風の刃がぶつかる。

 結果、カエルの体が粒子となって消え、その場に緑色の鉱石が現れた。見ているとそれは消え、続いて砂月の鞄の中に、【カエルの鉱石】というアイテムが収納された。


「……とりあえず、エグくない感じでよかった……」


 大きく息を吐いた砂月は、それからクエストマークを確認する。魔術師になるためにクリアしておかなければならないクエストの一つに、【カエルの鉱石】の収集があるからだ。


「あと九個か」


 一人頷き、砂月はカエル討伐を再開した。

 十個が無事に集まる頃には、Lv.2になっていた。ゲームであれば五分程度でクリアしていた自信があるが、徒歩で移動したりなどがあったせいか、一時間ほどは体感で経過している。ただ、時計がないので実際に要した時間は不明だった。


「本当……不思議だな。空は本物みたいに青いし、雲は白いし。いいや、ここがもう本物なのか……」


 陽光が雲の陰影を際立たせている。

 草原の毛足の長い草は、風で揺れている。初夏のような匂いがする風が、砂月の黒い髪を撫でている。同色の瞳を、ゲームではオブジェの一つだった木に向けた砂月は、そちらに歩み寄り、手で幹に触れた。凸凹した樹皮も、本物だとしか感じない。


 その後レグルス村へと戻った砂月は、無事にクエストの完了を報告し、【ファイアボール】というスキルを取得した。これは魔術師に転職するための条件クエストの一つであったから、一歩前進したといえる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る