【序-下】世界のチュートリアル②


『――なるほど。では、その三つ、お約束します。それではこれから、真世界へ移動後の簡単な説明を行います』


 声だがけが、砂月の三つの願いを耳にした。

 瞼を開けた彼は小さく頷き、続きの言葉を待つ。


『まず貴方が転移する先は、【チュートリアル世界】です。その場には、貴方とNPCしかいません。実体はあるものの、ゲームシナリオもそのままで、台詞も規定文。即ち貴方以外は全てリアリティのある【ゾディアック戦記】の世界となります』


 まるでゲーム画面の中に入ったような状況なのだろうかと、砂月は推測した。


『その世界には、死も痛みもありません。時間も無限です。好きなだけレベルを上げることも素材や武器を集めることもできます。ただし、貴方以外に意識ある存在は不在です。孤独という試練を苦にしないのならば、満足がいくまでその場にいて構いません。耐えられなくなった時、あるいは満足した時が終了です。いつ出てもいい。出る場合は、【ログアウト】を選択するだけです』


 声はそう語ると、一呼吸おいてから続けた。


『【チュートリアル世界】を【ログアウト】すると、続いて【半チュートリアル世界】に移動します。この世界に足を踏み入れた瞬間、痛みが生じるようになります。ただしまだ死はありません。そしてこの世界には、他の転移者も存在します。しかしMMORPG時代の他者の記憶は喪失します。しかしながら新たにこの世界において、フレンド登録やパーティを組むことが可能になります」


 自分に限らず本当に多くのユーザーが転移するのだろうなと考える。


『ただしここは【チュートリアル世界】と【真世界】の移行準備の場なので、自分と近い時期に【チュートリアル世界】をログアウトした相手としか時間が重なりません。そしてこの世界の時間は有限です。滞在可能期間は三年間です。途中で【ログアウト】すればその時点で【真世界】へ、せずとも三年間経過すると自動的に【ログアウト】します』


 分かるような分からないようなと考えながら、砂月は頷く。

 しかし〝三年間〟と、声はさらりと言うが、ずいぶんと長い時間のように思えた。


『これらを経て、【ログアウト】した先の【真世界】――そこで一度、時間のリセットがあります。全員が一斉に、その世界の開始軸に移動します。【チュートリアル世界】や【半チュートリアル世界】でどれだけ過ごしたとしても、【真世界】での開始は皆同一です。そしてこの時点から、死と老化が開始します。全ては地球科学文明の理に準拠します。気候や天候は【ゾディアック戦記】に準拠します。即ち、地球によく似た異世界における新生活の開始、魂の再出発となります。大陸名は、ゾディアック大陸。それ以後は、貴方は貴方の思うとおりに生きてください。それが、新しい世界の道標となることでしょう』


 大陸名がゲームと同じであることは、砂月にも分かった。

 だが他の説明に関しては、完全に理解しているかと問われても、自信がない。


『何か質問はありますか?』

「何が分からないか分かってないから、質問は無いです。ただ一つ、今話している貴方は何者ですか?」

『多元宇宙の管理者です。魂の転移・転生を司っているだけで、以後貴方と関わることはありません。以上ですか?』

「……はい」

『それでは、早速転移していただきます。貴方の新しい日々が、幸運でありますように』


 声が響き終わった直後、その場に白い光が溢れた。

 あまりにも眩しくて砂月が目を閉じると、瞼の向こうでより一層その光は強くなっていき、思わず腕で目を庇う。光が収束するまでの間、砂月はそうしていた。



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