ゾディアックの星灯り ~MMORPG世界に一方通行集団転移(転生)~

水鳴諒

―― Chapter:0 ―― 祝福の場 ――

【序-上】世界のチュートリアル①


「ん……?」


 瞬きをして、次に視界が捉えた風景は、一面が蒼の世界だった。

 足下は底なし沼の上に硝子板があるような、そんな場所で左右と天は果てしなく暗く、先が見えない。どこにも始点も終点もないような空間の中央に、砂月は立っていた。


 己の名前が砂月であると、それだけが記憶に刻まれている。

 右手を持ち上げて掌を見れば、そこには既視感があった。


「ここは……」


 声帯を震わせる。確かに唇も動けば、声も出る。だがまだどこか乖離感があり、自分の体であるという認識に欠如している気がした。


『ここは【祝福の場】です』


 その時不意に谺するように、かろやかな高い声が響いてきた。女性のような少年のような、中性的な声音だと砂月は最初に考えたが、そう認識した直後には、老獪な嗄れた声だったようにも感じ始めたし、勇猛果敢な青年の声にも思えた。


『貴方がPLAYしていた【ゾディアック戦記】は、〝融合昇華〟しました』


 タイトルを耳にした砂月は、漠然とタブレット端末でMMORPGをしていたという記憶を想起した。


 ――そうだ、そうだった。

 ――自分は砂月という名前のキャラクターを操作して、遊んでいたんだった。

 ――だったけど、それから……?


「〝融合昇華〟?」

『一つの新世界となったということです』

「新世界?」

『創造物であった偽世界が、真世界の多元宇宙。貴方が知る地球科学文明のように、【ゾディアック戦記】の世界を〝現実〟とする場所が生じたということです』


 様々な年齢層に聞こえるその声は、さも当然だというように語っているが、砂月にはいまいち意味が読み取れなかった。そもそも発話している相手の姿が見えないことも疑問だ。


『貴方をはじめ、【ゾディアック戦記】のアクティブユーザーは、その新たな世界を歩む魂に選ばれました』

「?」

『――以後、貴方の生きる世界は、【ゾディアック戦記】の世界になります』

「それは……ゲームの世界に転生するといった、そういう話ですか?」

『その理解で構いません。仔細や理を貴方が理解するのは困難です』

「……」

『世界を移動するに際して、この【祝福の場】にて、三つだけ願いを叶えます』


 それを耳にした時、砂月は腕を組んだ。

 砂月の趣味は【ゾディアック戦記】をすることだったが、他の暇つぶしとして、Web小説やコミックを時折読んでいたような記憶が漠然とよみがえる。不思議と他のことは何も浮かんでこなかったから、己の年齢やプロフィールは思い出すことができないのだが。確かそれらの娯楽において、ゲーム世界に転生・転移する主人公というのは、〝チート〟とよばれるような能力を保持していたのではなかったか。


 だが、と、砂月は小首を傾げた。

 砂月がMMORPGを好む理由は主に二つだった。ゲームは、努力が報われる。誰でも努力すればレベルを上げられ、皆と同じステージに到達できる。そしてその努力の過程がなによりも楽しいから、ゲームをしていた。それなのに、〝チート〟な能力で最初から最強になってしまったら、楽しくないのではないか。なおゲームをしていたもう一つの理由は、他のプレイヤーとチャットをすることが好きだというものだ。


『貴方のありのままの望みを三つ、今この場にて』


 促してくる声を聞きながら、砂月は思案する。そのまま目を伏せ、瞬きにしては長い時間、瞑目していた。


「俺の望みは――」




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