271 君の覚悟を問いたい ③
ヤトちゃんは、怪盗ヤトとはイコールではない。
解ってはいるけれど、難しい話。
前に、ヤトちゃんがどう思っているのか聞いたことがある。
するとヤトちゃんは――
「まぁ、色々複雑なのは解るわよ? 私に過去の記憶はないし、怪盗ヤトにはなれない。でも、怪盗ヤトを知っている人が私と怪盗ヤトを同一視しないっていうのは難しい」
と、思った以上にヤトちゃん自身が客観視しているようだった。
「本当なら、私に怪盗ヤトを見出す蒸気世界の人たちに、複雑な想いを抱いていたのかもしれない。そういうところ、いかにもモリアーティが突いてきそうだし」
確かに、そういう展開はありそうだなぁと納得。
闇落ちってそういったすれ違いから発生するものだから、モリアーティみたいな悪役に突かれるのは想像しやすいのだ。
ホビアニにおけるあるあるとしても、この世界におけるあるあるとしても。
「でもまぁ、私と怪盗ヤトがイコールなのも事実なのよ。だって、私がこの世界で生み出した蒸気騎士団としての私のカードは、<怪盗ヤト>なわけだし。結局そこは、イコールでありイコールではないってするのが普通よね」
本来ならもっと山あり谷ありの経験の末に、ヤトちゃんはその極地にたどり着くんだろうけど。
なんやかや眼の前の事件を順当に乗り越えて、ここまでたどり着いてしまったヤトちゃんはあっさりその結論を出した。
だから問題は――
「問題は、それをどう相手に伝えるかよ。少なくともそれに関しては、私もまだ結論を出せてないわ」
ここ最近、ヤトちゃんは色々とショルメさんとやり取りをしているようだ。
和国世界でのアルケ・ミストの件から見てもそれは明らかである。
そのうえで、結論は出せていない。
やはり、要点はそこに行き着くのであった。
□□□□□
「私はカウンターエフェクト! <
ファイトは続く。
ヤトちゃんはその後、<無双の蒸気騎士団 エンシェント・アリアン>をサモン。
攻撃してダメージを与えるも、カウンターエフェクトで<リチャード・ライオンハート>の破壊は逃した。
そして、返しのターンで<リチャード・ライオンハート>の反撃である。
最初にモンスター破壊エフェクトを起動したが、そちらは防がれてしまった。
今は、新たなカード、<十字剣抜刀>を発動して攻撃に転ずる場面。
「これで<エンシェント・アリアン>の攻撃を上回ったが、さてどうするかな」
「……それは通すわ」
<エンシェント・アリアン>には相手のカウンターエフェクトかサモンを1ターンに1度だけ無効にするエフェクトがある。
だが、使えるのは一度だけだ。
<怪盗ヤト>でコピーすればもう一度使えるが、フィールドにいる<エンシェント・アリアン>をデッキに戻すのは流石にもったいないだろう。
「ではバトルだ! <怪盗ヤト>を攻撃!」
そしてそれがあるから、<怪盗ヤト>を優先してライオ王子は狙う。
さあ、ここが正念場だ。
「<エンシェント・アリアン>は1ターンに1度、攻撃対象を自身に変更する。このエフェクト発動時は戦闘では破壊されない!」
「だが、ダメージは受けてもらう! それに、後二回の攻撃が残ってるぞ!」
「二回目の攻撃は……<怪盗ヤト>で<エンシェント・アリアン>の効果をコピーする!」
「何!? いや……そういうことか!」
どうしてここで、<エンシェント・アリアン>の効果を? と思うかもしれない。
だが、<怪盗ヤト>にはもう一つのエフェクトがある。
ライオ王子はそれが解っているのだ。
「<怪盗ヤト>が戦闘を行う時、そのターン中に『蒸気騎士団』のエフェクトをコピーしていた場合、その攻撃力を自身に加える!」
「<十字剣抜刀>のエフェクト! そのエフェクトを無効にする!」
「それこそ解っていたはずよ! <エンシェント・アリアン>は<怪盗ヤト>のエフェクトが処理されるまでフィールドに残る! <エンシェント・アリアン>で<十字剣抜刀>のエフェクトを無効!」
<怪盗ヤト>のコピーエフェクトで『蒸気騎士団』を戻すのは、実はコストではないのだ。
なので<エンシェント・アリアン>の無効エフェクトはこのタイミングで使用できる。
なお、無効にするだけで破壊はしない。
「迎え撃って、<怪盗ヤト>!」
「っく……<十字剣抜刀>をセメタリーに送ることで、<リチャード・ライオンハート>は破壊を免れる」
とはいえ、これで三回目の攻撃は行えない。
あえて一回目の攻撃を受けたのは……ライフを減らすためか?
現在のヤトちゃんのライフは三桁を切っている、仮にライフが1000以下じゃないと使えないエフェクトがあった場合、これで条件を満たしたことになる。
「私は……カウンターエフェクトを一枚セッティング。これでターンエンドだ」
「……そう」
そして、ヤトちゃんのターン。
おそらく、ここで勝敗は決する。
その状況で、不意にヤトちゃんは問いかけた。
「――怪盗ヤトは、強かったのよね」
「……」
「貴方に、この宮殿で勝った以上、もしかしたら今の私より強いのかもしれない」
「……私がこの宮殿で負けたことは、二回しか無い」
一回は、レンさんの母親のルインさんだ。
そしてもう一回が、怪盗ヤト。
「私は……色々なものを積み上げてきたつもりよ。それは決して、かつての私に劣ってるとは思わない。でも、それを確かめる方法は……もう無い」
「……」
「仮に、私とかつての私がイコールだったとしても、そうでなかったとしても。私同士で決着をつけることはできないからよ」
……なるほど、これはヤトちゃんなりのメッセージだ。
今のヤトちゃんと、怪盗ヤトはイコールでもイコールでなくともどうでもいい。
どちらも自分なのだから、と。
そして――
「どちらもだからこそ、できることもある! 私のターン、ドロー!」
ヤトちゃんはカードを引き抜いた。
それを、即座に発動する。
「カウンターエフェクト、<ハート・ファントムシーフ>! 相手モンスター一体のコントロールを得る!」
「……君も、そのカードを使うか!」
そのカードに、会場がざわめく。
エレアも、少し驚いた様子でヤトちゃんを指さしている。
そうか、ヤトちゃんはついにそこまで至ったか。
「アレって、トップファイターが操る強力カードですよね? 店長の<ゴッド・デクラレイション>みたいな!」
「そうだな、コントロール奪取、ヤトちゃんならそうなるか」
俺の神宣やダイアのサンボルみたいな、汎用の強力なカード。
それこそが、トップファイターの証みたいなものだ。
ヤトちゃんの場合は、いわゆる心が変わる的なカード。
それを<ハート・ファントムシーフ>とは、中々シャレているじゃないか。
「<リチャード・ライオンハート>はフィールドを離れるが、私とて譲るつもりはないぞ! カウンターエフェクト<王の戴冠>! セメタリーの<ラウンズアクター・アーサー>をサモンし、このモンスターを真の姿に!」
だが、ライオ王子も負けてはいない。
フィールドからモンスターがいなくなったことで、新たな役者を舞台に上げることができるようになったのだ。
「<ジェヌインラウンズアクター・アーサー・エクスカリバー>!」
本来のライオ王子の最終エースだ。
「<リチャード・ライオンハート>で<アーサー・エクスカリバー>を破壊!」
「<アーサー・エクスカリバー>は二回まで、エフェクトでは破壊されない!」
「だったらもう一回よ! <怪盗ヤト>で<リチャード・ライオンハート>のエフェクトをコピー!」
「……やはり、そうなったか」
<蒸気騎士団の覇王 リチャード・ライオンハート>は言うまでもなく『蒸気騎士団』モンスターだ。
<怪盗ヤト>で効果をコピーできる。
更に<ハート・ファントムシーフ>はターンの終了時にモンスターのコントロールが相手に戻るわけだが、それも踏み倒せるから一石二鳥。
おそらくだが、この動きは――
「――前回、私に負けた時と同じ動き?」
「……そうだな、<怪盗ヤト>が初めて<ハート・ファントムシーフ>を使ったところまで、そっくりだ」
だけど、違うこともある。
「でも、その時には<エンシェント・アリアン>はいなかった。結果は同じでも、過程は違ったはずよ」
「……ああ、そうだ。ファイトに常に同じファイトなどありえない。人生というのも、きっと同じなのだろうな」
「ええ、同じ人間でも、たどり着く答えは一緒でも、その歩いてきた過程は違う。だから私は……私であって私じゃない」
ようやく、ヤトちゃんは掴んだようだ。
大事なのは結果でも、始まりでもない。
過程なのだ。
そこに至るまでの過程。
歩んで来た道のり、どれだけ同じに見えてもそこだけは絶対に同じにはならない、と。
「<怪盗ヤト>で<リチャード・ライオンハート>の攻撃力をコピー! 更に、<パンクナイツ・パンキッシュ>を発動! <怪盗ヤト>をパンキッシュに!」
そうか、<パンクナイツ・パンキッシュ>はライフが1000以下じゃないと使えないカードだったな。
ちなみにショップ大会のような特殊ルールの場合は、ファイト開始時のライフから一定ライフが削られたら使用可能になるぞ。
「これで終いよ! 行け!」
「……ああ、本当に。ヤトという少女は、それが好きだな」
かくして、ライオ王子とヤトちゃんのファイトには決着が付いた。
観客は二人に惜しみない拍手を送る。
かつての二人のファイトに遜色ない素晴らしいファイトを見たのだ。
何より、二人はどちらも蒸気世界の英雄である。
敢闘を称えるのは当然と言えた。
ただ――実はこのファイト、ある人物が観戦していない。
ライオ王子のファイトは、ヤトちゃんの覚悟を問うものだった。
それはヤトちゃんのこの世界を救いたいという願いが、実力に見合ったものかを確かめるためのもの。
簡単に言えば、ヤトちゃんを客観的に評価するためのものだ。
でも、この世界には唯一人、ヤトちゃんの行動を感情的に――嫌だと言っても許される人物が一人だけいるのだ。
そう――探偵ショルメは、このファイトを観戦していない。
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