270 君の覚悟を問いたい ②

「――イグニッション!」

「イグニッションよ!」


 宮殿にて、二人の宣言からファイトは始まる。


 片やこの国の最強ファイターにして、国の代表とも言える存在。

 ライオ王子。

 蒸気騎士団の一人でもあり、役者でもある。

 この狭い蒸気世界に、知らぬものはいない存在。


 片や異世界からの来訪者にして、この世界の英雄。

 ヤトちゃん、もしくは怪盗ヤト。

 かつて崩壊しかけた世界をギリギリのところで自分の身を犠牲に押し留めた存在。

 厳密には違うけれど、少なくとも今のヤトちゃんはかつての怪盗ヤトを背負ってここにいる。


「私の先攻! ドロー」


 手札を見て、ヤトちゃんは少しだけ考える。

 深く、深く。

 そして、一つの答え――展開ルートを見つけたようだ。


「私は<蒸気騎士団 探偵ショルメ>をサモン!」


 そこから、一気にヤトちゃんは動き出す。

 途中いくつかのカードを挟んで――


「<蒸気騎士団 錬金術師ジョン>!」


 ジョンさんをサモン、更には――


「私自身も行くわよ! <蒸気騎士団 怪盗ヤト>!」


 三体のモンスターが並ぶ。

 ライオ王子は、その意図を察したようだ。


「この並びは……」

「まだまだ! これで最後! <蒸気騎士団 獅子心王リチャード>!」


 ――四体目。

 かくして、フィールドに役者は揃う。


「かつての、蒸気騎士団か」

「ええ、ナツメさんとナギサさんが加入する前の。私が……消える前の」


 その言葉に、観客たちがざわめく。

 今この場には俺やエレアをはじめとした、多くの観客が集まっている。

 貴族も、平民も。

 全員が、このファイトに注目していた。


「……ヤトちゃんの狙いは何でしょう」

「ライオ王子は役者だ。多分、舞台に必要な”役”を揃えたいんだと思う」


 怪盗ヤトと、今のヤトちゃんは必ずしもイコールではない。

 記憶に連続性がないから、かつての怪盗ヤトと今のヤトちゃんは別人とすら言ってもいい。

 だけど、この世界――及びその住人にとっては違う。

 間違いなく彼らは、今のヤトちゃんと怪盗ヤトを重ねているだろう。


「それは無論――ライオ王子も」

「……ですね」


 かくして、ヤトちゃんはかつての蒸気騎士団を呼び出してターンを終える。

 狙いは明白だ。

 この盤面に対して、ライオ王子がどう答えを出すのか待っている。


「ふふ、粋なはからい……と受け取っておこうか」

「別に、大胆な挑発と受け取ってもいいのよ」

「さてね。では、私のターンだ! ドロー!」


 ライオ王子のデッキは、『ラウンズアクター』。

 円卓の騎士を、ライオ王子が”演じる”ことで成立するデッキだ。

 演者は一人、故にフィールドには常に一体のモンスターだけが立つ。

 だが今回は、少し趣が違うようだ。


「私は<ラウンズアクター・アーサー>を真の姿へと進化させる!」

「……<アーサー・エクスカリバー>!」

「そう、君たちの世界の最強すらも膝をつかせた、私の最強――だが!」


 いやいや、俺は負けてませんけどね? 次にやったら俺が勝ちますけどね?

 なんなら俺が負けた理由は隣のダイアなんですけどね?

 一人で戦ったほうが勝率高いんですけどね?

 とか考えてたら隣のエレアに頭を撫でられた、手を頑張って伸ばしている、かわいい。

 こほん。

 どうやらライオ王子は、<ジェヌインラウンズアクター・アーサー・エクスカリバー>を使わないようだ。

 とすると――


「<憧憬の戴冠ラウンズアクター・ライオンハート>を発動! この効果により、呼び出すのは――」

「……!」

「<蒸気騎士団の覇王 リチャード・ライオンハート>!」


 ――でてくるのは、ライオ王子本人か。

 正確には、ライオ王子が乗り込んだアルケ・ミスト。

 <リチャード・ライオンハート>!


「――知っている者もいるだろうが、私は蒸気騎士団に所属している!」


 あ、そこは説明しないといけないのね。

 とするとライオ王子が公の場で自分の正体を明かすのはこれが初めてなのか。

 おそらく観客全員解りきっていたことではあるが、改めて言葉にされたことで宮殿はざわめいている。


「<獅子心王リチャード>は、私が乗り込んでいたのだ!」


 もちろん、ライオ王子だって観客が自分の正体に気付いていることくらいは解っているはずだ。

 だからここであえて正体を明かすのは、明かすことが目的なのではない。

 そうすることで、自分の立場を明確にしたかったのだ。


「そう、私にとって怪盗ヤトとはとても身近な存在だ。今こうして彼女とファイトしているのも、その身近な因縁が理由にある」

「……」

「だからこそ、ここに宣言しよう! 私はこのファイトに勝利する、私がかつて果たせなかった約束と、あの時の借りを返すために!」


 その言葉に、ざわめきは一気に収まった。

 歓声は上がらない、観客たちが言葉を失っているからだ。


「……とんでもないカリスマですね、会場の空気を一気に掴みました」

「ああ、これこそがライオ王子の強さだ。そして――来るぞ!」


 エレアの言葉に頷きながら。

 ライオ王子が攻勢に出るのを俺は理解する。


「では、行くぞ! <リチャード・ライオンハート>のエフェクト! 相手フィールドのモンスターを三体まで破壊できる!」

「狙いは……私とジョンさんと獅子心王か……! させないわよ! <錬金術師ジョン>は1ターンに1度、『蒸気騎士団』モンスターの破壊を無効にする!」


 まず一手、これは当然透かされる。

 だが、二手。


「カウンターエフェクト<憧憬の戴冠>のエフェクト! このエフェクトによりサモンされたモンスターの『1ターンに1度しか使用できない』エフェクトは、1ターンにニ回まで使用できる!」

「容赦ないわね……!」

「では改めて行くぞ、再びモンスターを破壊!」


 後一回は、<リチャード・ライオンハート>破壊を防がないといけない。

 ヤトちゃんは一回目の破壊をカウンターエフェクトで対処。

 そして二回目の破壊を――


「……ごめんなさいジョンさん! <獅子心王リチャード>のエフェクトで、フィールドの『蒸気騎士団』モンスターをセメタリーに送ることで、このターン一度だけ相手モンスターのエフェクトを『蒸気騎士団』は受けない!」

「流石に躱し切るか……しかし、これは流石に防ぎきれないだろう! <リチャード・ライオンハート>は1ターンに三回まで攻撃できる!」

「……!」


 つまり、残った三体のモンスターも、<リチャード・ライオンハート>によって破壊されてしまうということだ。

 <獅子心王リチャード>と<リチャード・ライオンハート>の攻撃力は同じだが、<憧憬の戴冠>によって<リチャード・ライオンハート>は攻撃力がアップしている。

 このままでは全滅だ。


「では行くぞ! <リチャード・ライオンハート>で攻撃!」

「<怪盗ヤト>のエフェクト! このモンスターは1ターンに1度、フィールド、セメタリーの『蒸気騎士団』モンスターのエフェクトを、そのモンスターをデッキに戻すことで使用できる!」

「やはり来たか……それで、一体誰の効果を使用するつもりかな!」

「<蒸気騎士団 異邦人ナギサ>のエフェクトで、全てのモンスターをディフェンス状態に! 更にこのエフェクトを使用したモンスターはこのターン戦闘では破壊されない!」


 ディフェンス状態は、ようするに守備表示。

 <リチャード・ライオンハート>に貫通効果はないから、これでヤトちゃんはこのターンの攻撃をしのぎ切ったことになるな。

 それにしてもナギサ、なんてピンポイントで渋いエフェクトなんだ……


「……見事、この程度なら容易に君は防ぎきってしまうか」

「そっちこそ。流石に肝を冷やしたわよ。これがトップファイターのファイト……」

「そう言える時点で、君もその資格はあると思うけどね」


 だが、とライオ王子は宣言する。


「――勝つのは私だ! その理由が、私にはある! ターンエンド!」


 対して、ヤトちゃんもまた――


「……それは、こっちのセリフよ。私にもあるんだから、あなたに負けたくない理由が。私が勝ちたいと思う理由が!」


 かくして、ファイトは激化していく――

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