269 君の覚悟を問いたい ①
ファイトエナジー爆弾は完成した。
何故かファイトエナジーをためた器が、最初はただの丸い玉だったのにファイトエナジーが溜まると下着のブラみたいな模様が刻まれるというホラー展開を経て、きちんと2つ。
なんたって、ダイアの新エースを世界で初めて突破して、ダイアの最終エースで倒されるという成果を上げたのだ。
世界中が、一人の痴女に注目していた。
まぁ、その後結月さんがマキシさん相手に勝利するという、とんでもないイベントがあったので世界が痴女一色になることだけは避けられたが。
「……これを使うのかぁ」
「頑張って、レンさん」
そんな中、レンさんは届けられた2つの爆弾。
なんかこう、そこはかとなくあれだって言いたくなるやばい形状のそれを手にたそがれていた。
ヤトちゃんも頭を抱えつつ、隣でレンさんを慰めている。
うーん、カオス。
「店長これお」
「やめなさい」
「おぱ」
「やめなさい!!」
「オパール!」
「こら!!!」
なお、横で俺とエレアがそんなやり取りを繰り広げていた。
どうしても叫びたそうなエレアの口を塞ぎつつ、俺はやってきた来客に目を向ける。
「悪いな、騒がしくて。それで今日は何の用だろうか、――ライオ王子」
「あ、ああ……なんというか。すごいな」
というわけで、ライオ王子がデュエリスト蒸気支店にやってきていた。
何やら真面目な顔で、開店前の店内にやってきたのである。
「ヤトくん。今日、時間は大丈夫かな?」
「私? ええ、問題ないけど」
どうやら、ライオ王子の目的は俺やファイトエナジー爆弾ではなかったらしい。
いつになく真剣な顔だ。
とすると考えられる理由は……
「――クルタナの件で、話がある」
やっぱりか。
クルタナは現在、ヤトちゃんが所有権を持っている。
だけど、本来ならその所有権は王家にあるもので、ヤトちゃんが持ったままというのはまずいだろう。
とはいえ、ライオ王子の考えはそこにはないはずだ。
「……この世界を再生させるというのであれば、あのクルタナを再び動かす時が来るだろう」
「そうね」
「その時、クルタナの中に入る必要があるはずだ」
「ええ」
クルタナは、中に搭乗することが可能だ。
普段ならばともかく、世界を再生しようというタイミングで搭乗の必要がないとはとても思えない。
そしてそれは――万が一、クルタナが爆発した時それをまともに受けるということだ。
「もしそうなれば、カードになるだけならまだいい方。存在自体が消し飛んでしまう可能性もある」
「その時に、責任を取るのが王族であるべき、ってことね」
「そのとおりだ」
と、そこでエレアが「あのー」と一言。
「……店長なら爆散しても耐えられるんじゃないですか?」
「君は自分の恋人を何だと思ってるんだ?」
「最強無敵、この世界の誰よりもすごい天の御遣いですけど」
「それはそれで何なんだよ」
そしてなんでレンさんは力強く頷いてるんだよ。
どういう場だよ、ここ。
「……まぁ、俺なら耐えられるだろうけどさ」
「た、耐えられるのか……」
「俺とダイアなら、多分行けると思う」
爆発の威力にもよるが、まぁ俺とダイアなら十中八九助かるだろう。
昔、ダイアはとある事件に巻き込まれた際、爆発する船内に一人残り、ラスボスと戦ったことがある。
その後、爆散し沈没する船から一人泳いで帰還したことがあるくらいだからな。
ダイアができるなら、俺でもできるはずだ。
とはいえ――
「まず、ダイアは今回そこまで深く関われないだろうな」
「運命力、ですかねぇ」
「ああ。多分、事件のクライマックスの最中に別の事件に巻き込まれてるとかそんな感じで」
そして俺の場合は――
「天の民はなんというか……クルタナに配置するにはもったいないだろう。最悪ファイトしないのだぞ?」
「クルタナの制御しか出番ないとか、ありそうですよね」
という理由で、クルタナ搭乗は見送られる予定だ。
「ちなみに、ヤトくんが制御権を握る場合、中に搭乗するのは誰になる?」
「はい、私です!」
びし、とエレアが手を上げた。
「理由はこういった機械の扱いに慣れていることと、万が一の保険があるからですね」
「保険?」
「店長にサモンしてもらいます、爆散する直前に!」
エレアは俺との結びつきが誰よりも強い。
それなら、万が一があっても、ギリギリのタイミングでサモンすれば俺のもとに引っ張ってくることができるだろう。
「な、なるほど……ともあれ君たちの考えはわかった。しかし私も、王子としての立場を譲るわけにはいかない。それに、だ」
「それに?」
「――かつて、君をいかせてしまった罪を、私は贖わなくてはならないのだ」
「……そう」
ライオ王子は、昔からの蒸気騎士団メンバーのはずだ。
そんな彼が、怪盗ヤトを犠牲にしてしまったことを気に病んでいないはずがない。
今度こそ、という考えはあって当然のものだろう。
「どちらにせよ、制御権を渡すには本気のファイトが必要。それなら、これはするべきファイトだわ」
「……感謝する」
「それに、よ」
今度はライオ王子が、それに? と促した。
ヤトちゃんは、真剣な眼差しをライオ王子に向ける。
「――ここで私が貴方に勝てないようじゃ、世界なんて救えない」
端的に、そう告げる。
「蒸気世界最強のファイターである貴方に勝って、私の強さを証明する!」
「そうか……」
「そしてファイトの場所は――貴方の宮殿よ、王子!」
「……!!」
そこで、初めてライオ王子は目を見開いた。
きっと彼は、この店でファイトをするつもりだったのだろう。
ライオ王子の宮殿は、彼にとって最高のホーム。
俺とダイアの二人を同時に相手取って勝ってみせる場所なのだ。
そんな場所で戦うのは、明らかにフェアではないとライオ王子は考えていたはず。
「……手加減はできないぞ」
「最初から求めてないわ、そんなもの。私は世界を救うのよ? 一つの不可能くらい越えられなきゃ。世界なんて到底救えない」
「…………わかった」
そしてライオ王子は、少しだけ顔を伏せる。
「……かつて、私と怪盗ヤトは宮殿で戦った。今回のように、君を止めるために」
「その時は、貴方は負けたの?」
「ああ。……それ以来、私は誓ったんだ。大切なものを守るため、あの宮殿では生涯二度と負けてはならないと」
「……」
「もう、あんなことは二度とさせないと」
やがて、顔を上げたライオ王子は――完全にファイターの顔をしていた。
向かい合うライオ王子とヤトちゃん。
「――夜刀神、勝算はあるのだな」
「ええ、見ていてレンさん。私、ここまで来たから」
ヤトちゃんに、レンさんが声を掛ける。
その言葉だけで、二人は頷きあった。
「ヤトちゃん、応援してますからね!」
「……一応、私が勝ったら貴方が一番危険を負うことになるんだけど」
「いやあ、店長がいれば何も問題はないですし」
「それもそうね」
期待が重いなぁ。
そして、最後は俺か。
「ヤトちゃん。君が挑むのは一つの明確な壁だ」
「……わかってるわ」
「いや、わかっていない。これまでの君は、俺やダイアのようなトップファイターに、勝利を見込んで挑んでは来なかっただろ?」
勝ちたいと思って挑んできた事はあっても、勝つと決めて挑んだことはない。
負けられないファイトを挑んだことはない。
「……だとしても」
「ああ、大丈夫。だからこそ君に俺が一つ保証する」
返そうとするヤトちゃんに、わかっていると返す。
そう、ヤトちゃんは――
「ヤトちゃんは、最強に勝てる。もうその領域まで君は足を踏み入れているんだ」
ここで、壁を越えるんだ。
「勝ってこい、ヤトちゃん!」
「…………ええ!」
かくして、ヤトちゃんとライオ王子の対決が始まる。
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