268 殻を脱ぎ捨て、変態を遂げよ!

 ――それから、しばらく。

 怒涛のごとく時間は過ぎ去り、ついにハクさんとダイアのファイトが行われる日がやってきた。

 正確に言うと始まる前に一度世界が滅びかけて、結城さんとマキシさんがそれを防いで世界は救われ。

 一度仕切り直しが発生し、その仕切り直しの日がやってきたのだ。


 そしてファイトはつつがなく始まり――


「――どうした、このままでは君の目的は達成できないぞ!」


 ハクさんは追い詰められていた。

 ライフは100、手札もフィールドもカードはなし。

 次のダイアの<グランシオン・ディザスター・ドラグバニシメント>の攻撃を受けたら負けてしまう。

 ちなみにこのモンスターは、<グランシオン・ドラグバニシメント>の派生モンスターだ。

 遊戯王で例えるなら「レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト」だな。


「……っく、思ったように力が出せません」


 こうもハクさんが追い込まれている理由はいくつかある。

 一つは実力差。

 もう一つは「ファイトエナジー爆弾のためにファイトエナジーを高めなければいけない」という考えからの空回り。

 それから単純にダイアとのファイトで緊張している。


 最後に――


「やはり、露出していない私では……チャンピオンには勝てないのでしょうか……!」


 露出だ。


 これが、月兎仮面として大会に参加していればハクさんは遠慮なく脱いでいただろう。

 だが、今のハクさんは学生として、ハクとして大会に参加している。

 そんな中で、ある意味ハクではない存在に頼るわけにはいかないのだ。


 いや、別にそこは個人の考え方の問題なんだけどね。

 変身して強くなるなら、遠慮なく変身するタイプもいる。

 ただまぁ、総じて言えるのは――ためらうタイプのファイターも、結局変身してしまった方が強いということだ。


「ハクくん、私は君のことを知っている。だからこそ、君の力がこんなものではないことも知っているんだ! 私は君の全力が見たい。その願いは……叶いそうにないかな?」

「それ、は……」

「悪いが、激励の言葉を送ることはできても手加減はできないんだ。<ディザスター・ドラグバニシメント>で攻撃!」


 いよいよもって、万事休す。

 ハクさんはしかし、まだ反撃の手がある。

 だが、その手は――


「……セメタリーの<仮面道化 ジャグリング・パズル>のエフェクト! このカードをデッキに戻し、シャッフル! その後一枚ドロー! この時、ドローしたモンスターが『仮面道化』モンスターであればそのままサモンします!」

「そうだね、その効果ならモンスターをサモンできれば、<ディザスター・ドラグバニシメント>の攻撃もしのげるだろう。でも今の君に、果たしてモンスターが引けるかな」


 その言葉に、ハクさんは逡巡する。

 実際、ここまでの空回りしているハクさんでは、『仮面道化』モンスターをドローできる可能性は低い。

 なんとかここで立て直さないと、このままファイトエナジーを集められずに負けてしまう。


 ――よし、ここだな。


「……今だエレア!」

「はい! 今ですヤトちゃん、思う存分青春ぶっちゃけちゃってください!」


 俺は、さっきからヤトちゃんを羽交い締めしていたエレアに声を掛ける。

 何故そんなことをしていたかと言えば、これもハクさんのためだ。


「く……やっと色々と言えるのね。ああもう、解ってはいるのよ、ギリギリで声をかけたほうがいいって」

「でも、我慢できなかったんですよね?」

「ええ、……妹だもの。家族だもの。ありがとうエレア、私を抑えてくれて」


 ハクさんは迷っている。

 そんなハクさんに、的確なアドバイスをできるのはヤトちゃんだけだ。

 だがハクさんは、常に横で寄り添ってアドバイスするよりもギリギリの状況でのアドバイスの方が性格上効果は大きい。

 溜めて溜めて最後に解放した時の解放感こそが、ハクさんにとって最も有効な刺激なのだ。

 なんてものいいだ、でも事実である。


「――姉さん!」

「……ヤト!」

「らしくないわよ、いつもの姉さんはそんなんじゃないでしょ!」


 会場がざわめく。

 突然の乱入、この世界ならよくあることなので誰も文句を言ったりはしない。

 どちらかと言えば、ここまで乱入がなかったことを意外に思う声の方が多かった。


「でも、私は……」

「するべきこととか、相手が強すぎるとか、そんなことはどうでもいいの! 姉さんは姉さんのあるべき姿ってものがあるでしょ!?」

「……! そ、それは……」


 ためらうハクさんに、ヤトちゃんはダメ押しの言葉を送る。


「ああもう……! 私はこんな情けない姉さんより、いつもの恥ずかしい姉さんのほうが、まだマシって言ってるのよ!」

「や、ヤト……もうちょっと言い方優しくして?」

「これが最大限の譲歩よ!」


 ハクさんの正体は、すでに周知の事実。

 だからこそ観客たちは「ですよね」と内心頷く。

 そんな中、ようやく背中を押されたハクさんは立ち上がる。


「解りました……確かに、色々と気にしすぎで大事なことを見失っていました」

「姉さん……」

「このファイトは、そもそも私が強者とファイトし、殻を脱ぎ捨て変態を遂げるためのファイト!  その趣旨を忘れるなど、あまりにも失礼でした!」

「姉さん!?」


 ついに言動まで変態になってしまったハクさん、しかしその瞳は力強い。

 カードをドローし、それを空に翳す。

 同時にその姿も、月兎仮面に変化した。


「来てください、月兎仮面! ドローしたモンスターは……<仮面道化 ヴォーパル・バニー・ミニマキシマム>!」


 引いたのは、マスコットサイズの<ヴォーパル・バニー>。

 エースとしての<ヴォーパル・バニー>とは異なり、展開力の要となるモンスターだ。

 つまり初動札。


「このエフェクトで――!」


 そこからハクさんは、相手ターンであるにもかかわらずモンスターを展開。

 最終的に、エースモンスターである<仮面道化 ヴォーパル・バニー・ルナティック>をサモンしてみせる。


「……少し驚いたな」

「そうですか?」

「ああ、見違えたよ。……だが、君の覚悟は受け取った。しかし、私もチャンピオンとして負けるわけには行かない!」


 かくして、<ディザスター・ドラグバニシメント>と<ヴォーパル・バニー・ルナティック>が激突する。

 お互いのエフェクトがぶつかり合い、しかしギリギリのところで<ヴォーパル・バニー・ルナティック>が相手の攻撃力を上回る。


「これで……!」

「……<ディザスター・ドラグバニシメント>! まさか、こいつを突破されるとはな」

「そのカードを破壊したのは、私が初めてでしたね」

「ああ……見事だ、ハクくん」


 <グランシオン・ディザスター・ドラグバニシメント>はここ最近ダイアが入手したモンスターだ。

 それ故に、公式戦でダイアが<ディザスター・ドラグバニシメント>を破壊されたことは今まで一度もなく。

 会場は、大いに熱狂する。


「フィールドはがら空き……次の私のターンで、<ヴォーパル・バニー・ルナティック>が攻撃すれば、私の勝ちです」

「ああ……本当に、素晴らしいファイトだ――故に」


 そして、ダイアがその言葉を告げた瞬間。

 ですよねー、という空気が会場に広がる。


「<ディザスター・ドラグバニシメント>のエフェクト! このモンスターが破壊された時、相手フィールドのモンスターを全て破壊し、私は新たな<グランシオン>を場に呼び出す!」

「なっ――」


 だが、それはそれとしてハクさんの健闘はすばらしい。

 会場は、それに応えるダイアの強力なエフェクトに盛り上がる。


「――来い! <グランシオン・デウス・ドラグバニシメント>!」


 かくして、<ヴォーパル・バニー・ルナティック>は破壊され。

 ダイアの最終エース<デウス・ドラグバニシメント>が、ハクさんのライフを削りきった。

 こういう、挑戦者が勝つ流れをぶった切って勝利するのが、ダイアの最強足る所以なのだろう。

 まぁ俺のほうが強いけどね。


 ――さて、ファイトエナジーは今の攻防で無事に溜めることができた。

 ハクさんは目的を完遂、ダイアの新エースを世界で初めて撃破した痴女としても大いに知名度を上げた。

 それはそれとして。


「ところで店長」

「どうしたんだ?」

「……まさか、ハクくんが月兎仮面だったとは」


 

 ダイアがそう言っていたのは、ハクさんが月兎仮面だとあの場で初めて気付いたからであった。

 ホビアニ特有のミラクル鈍感力も、ここまでくれば大概だな。

 ショップ対抗戦でさんざん月兎仮面がハクさんって呼ばれてただろうがよ!

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