258 いざ和国

 結局どうしてエレアがクルタナ内部に入り込めたのか。

 理由としては単純で、所有者がヤトちゃんに移っていたかららしい。

 クルタナとは所有権を持つものだけが動かせる代物で、本来ならそれは蒸気世界の王家にあった。

 しかし物理的にカードとして怪盗ヤトが突き刺さった結果、所有権がヤトちゃんに移ってしまったのだ。

 所有権は、本人とそれに連なる者にあるらしい。

 本来なら、女王陛下とその血筋の人間が。

 だが今は、ヤトちゃんと精神的に繋がりがある人が所有権を握っている。

 試してみたところ、該当者はエレアの他にレンさんとハクさんと俺の三人だった。

 本人の中で特に親しい人物が動かせるようだ。

 他には闇札機関の人が動かせるかもしれないが、彼らはそもそも蒸気世界へやってこれないので、多分これで全員だろう。


 とりあえずクルタナの所有権については保留となった。

 所有権を譲渡するには、所有権を賭けたファイトに勝たなくてはならず。

 必要になったらファイトをすればいいだろうということになった。

 ちなみにわざと負けた場合は所有権が移らないらしい。


 さて、クルタナのことは一旦棚に上げて、別の調査を俺たちはすることになった。

 具体的には絢爛世界への突入方法を探るのだ。

 世界を再生するとなると、滅んだ世界になんとか足を踏み入れないといけない。

 だが絢爛世界への道は、その崩壊とともに閉ざされた。

 再生を行う場合、まずは道をこじ開ける必要があるだろう。


「ここが絢爛世界の入り口ですね……」

「なんかやたらとハクさん、気合い入ってるな……」

「うむ……」


 というわけで、俺たちは絢爛世界の調査にやってきていた。

 今回のメンバーは俺、ハクさん、レンさん、そしてヤトちゃんだ。

 その中で、ハクさんがやたらとやる気である。

 なんでだろうと、俺とレンさんが首を傾げている横で、ヤトちゃんが渋い顔をしていた。

 まぁ、ろくでもない理由だろうってのはわかったよ。


「いいですか、絢爛世界にはお父さんとお母さんがいます」

「それはまあ、そうだろうな」


 どうでもいいけど、ハクさんってご両親のことをお父さんとお母さんって呼ぶんだな。

 育ちの良さを感じるぞ。



「そして何より、絢爛世界は怪盗ヤトの衣装の原産地なのです!」



 とか思っていたら、いつものが始まった。

 ああはい、一発で理解できました。


「原産地言わないで!」

「ごめんなさいヤト! でも、怪盗ヤトの文化的な由来が絢爛世界にあるのは明白なのよ!」

「まあ、蒸気世界の人ってあんまり露出しないよな」


 蒸気を直接肌に浴びると熱いからだろう、しっかりと肌を保護している場合が多い。

 あとはまあ、スチームパンクってあんま露出するイメージないよな。


「ですが絢爛世界は違います! ショルメさんの蒸気騎士団の衣装もヘソだしですよ!」

「言われてみればそうだけど」


 確かにおへそは出してるけど、全体のシルエットが落ち着いた感じだからそこまで露出は意識しないんだよな。

 ショルメさんは、蒸気世界のファイトエナジーを受けて生まれたからだろう。


「私の魂のルーツは絢爛世界! きっとお父さんもお母さんも魂が惹かれたからこそ絢爛世界に転移したのでしょう!」

「微妙に否定できない言説をやめろお!」


 レンさんがハクさんを止めにかかった。

 レンさんはハクさんのご両親と面識があるはずだ。

 もしかしてこの子にしてあの親ありなんだろうか。

 なんだかんだヤトちゃんもパンクのためなら露出を辞さないタイプだし。


「とにかく、私は二人のためにも絢爛世界に行かなければなりません!」

「わかった、わかったから姉さん。調査、調査しましょう」


 ヤトちゃんも止めにかかって、ようやくハクさんが落ち着いた。

 よかった……


「それにしても、調査か。今目の前にあるのは、時空の裂け目が一つ」

「これを時空の裂け目と認識できる火札の民は少ないはずなのだがなあ」


 さて、現在俺たちがいるのはパイプに囲まれた蒸気世界の外れだ。

 足元が絡み合ったパイプ、壁も天井もパイプが絡み合ってできている細い通路の先に、それはあった。

 奇妙な時空の歪み。

 裂け目、と表現したが実際はもう少しぐにゃぐにゃしている。


「なんか、本来なら二つあった、みたいな配置よね」

「一つは和国世界へのものであっていますか?」


 配置的に、本来ここにはもう一つ時空の裂け目があったはずなのだ。

 こう、小さい小部屋の中央に、二つの時空の裂け目があると配置的に自然に感じるような。


「ああ、気配がナツメさんと一緒だ。この裂け目の向こうが和国世界なのは間違いない」

「気配がわかるのは普通ではないぞ!」


 スパーン。

 ここでハリセンは不当じゃないかなあ。


「気配が感じられるなら、絢爛世界の気配も感じることはできますか?」

「んー、まぁ少しだけ」


 言いながら、俺は位置的にここに裂け目があるとおさまりがいい、という場所に腕をかざす。

 少しだけ、気配のようなものを感じる。

 なんというかこれは……


「隙間風、みたいな感じで気配が流れてくるんだ」

「隙間風? どういうことよ」

「多分、裂け目は閉じてるんじゃない。塞がれてるんだ」


 こう、穴の前に瓦礫があって通れなくなってるような感じ。


「だったら、瓦礫を取り除けばなんとかなりませんか!?」

「落ち着いて、穴自体はまだ開いてるけど、すごく不安定みたいなんだ。このまま瓦礫を撤去すれば向こうに渡れる、みたいなことは多分ない」

「そうですか……」


 気持ちが逸るのはわかるけど、落ち着いていこう。

 時間があるのだから、少しずつ進めていけばいい。

 なんてことを伝えようと思った、その時だった。


「む、店長殿。それに皆も! ちょうどいいところに!」


 ナツメさんが、急いだ様子で時空の裂け目から現れた。

 数日前から和国世界に帰っていたと聞いていたが、何かあったのか。



「皆に手を貸して欲しいのだ。某の世界を、終焉カードが襲っている!」



 その言葉に、動揺が走る。


「和国世界にもそのうちやってくるだろうと思ってたけど、このタイミングでか」

「状況はどうなのよ」

「ううむ、それが困ったことに、終焉カードが某の世界の住人に取り憑いてなあ。そやつは常日頃から世界など滅べばいいと思っていたからか、いつでも世界を滅ぼせるよう準備していてな」


 なんて奴だ。


「つまり、事態は急を要するということか」

「うむ。困ったことに、すでに奴は世界を滅ぼすべく動き出している。某の世界にも手練はいるが、世界の防衛にかかりきりでな」

「敵を倒すための駒が足りない、と言ったところか」


 レンさんのまとめに、ナツメさんは頷いた。

 とにかく、一人でも助けが欲しい……と。


「まずはそうだな、救援を呼ぼう」

「私が伝えに行きましょうか?」

「いや、大丈夫」


 俺は一枚のカードを、デッキケースから取り出した。

 そのカードは一言で言うと、エレアが見たら俺が助けを求めてると一発で分かるカードだ。

 俺はそのカードを時空の裂け目に突っ込み……


「そおら!」


 気合を込めて叫んだ。

 途端にカードが俺の手を離れていく。


「何をしたのだ……」

「裂け目は空間を歪めてるからな。その歪みを利用してカードを店まで送ったんだ。エレアが見つけて、状況を把握して適切な対応をとってくれるだろう」

「……瞳の民。不憫な」


 なぜかエレアが同情された。

 何故?


「それと、少し試したいことがあるんだ」

「試したいこと、であるか? なんだろう、店長殿」

「終焉カードを入手したいんだよ」


 その言葉に、全員が首を傾げる。

 そんなことできるのか? と言う視線だ。


「まあ、やってみなくちゃわからないし、絶対にやらなきゃいけないわけではない。努力目標ってことで」

「ううむ、承知した」

「……ところでなんだけど、その終焉カードが取り憑いた和国世界の住人って誰なの?」


 ふと、ヤトちゃんが気になった様子で問いかける。

 その言葉に、ナツメさんは何気なく返した。



「うむ、某と同じ剣客文豪でな。名をダザイと言う」



 それに、俺たちは一斉に「ああ……」という反応を示すのだった。

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