252 今に至るまで
ヤトちゃんを巡る物語の因縁は、実を言うとハクさんのご両親から始まる。
具体的には、この二人が絢爛世界に転移してきたところからだ。
蒸気世界ではなく、絢爛世界に。
絢爛世界。
豪華絢爛花の都。
つまり、巴里をモチーフとした世界だ。
年代は、蒸気世界とさほど変わらない。
そんな世界にハクさんの両親は転移してきた。
理由は……これに関しては偶然だと言う。
それ以降に連なる一連の出来事は、さまざまな怨念や理屈によって成り立っているわけだけど。
最初の一手、全ての始まりだけは本当に単なる偶然から始まったらしい。
一般的には、こう言う偶然こそを奇跡と言うのだろう。
さて、そんなハクさんの両親が転移してきた絢爛世界だが、終焉のカードによって世界が終焉に向かっている真っ只中だった。
巴里の社交界に現れた錬金術師カリオストロによって、人々は疑心暗鬼に陥っていたという。
残念ながらすでにこの世界はハクさんの両親が転移した頃には趨勢が決しており、一部の人々が最後の希望をこの世界を守護する「エッフェル塔ロボ」に託している状況だった。
だが、そんな世界に手を差し伸べる者がいた。
蒸気騎士団である。
何せ絢爛世界と蒸気世界は繋がっていた。
和国世界が蒸気世界と繋がっていたように、だ。
隣人の窮地に立ち上がった蒸気騎士団。
そこにハクさんのご両親が力を貸したのだと言う。
二人とも、ファイターとしてかなりの使い手だったのだ。
一方その頃、レンさんのお母さん――ルインさんは親友であるハクさんの両親の失踪を知った。
それと同時に直感的に感じたのだという。
ハクさんの両親を助けに行くために、いつか自分も二人の所へ行く、と。
ただ、それがいつになるかはわからない。
おそらくは不意の状況で周囲に転移したことを伝えられないだろう、と。
もちろん、事件を解決してすぐに帰ってこれるならばそれでいい。
だが帰ってこれなかった場合――つまり、ルインさんが敗北した場合。
レンさんが巻き込まれることになると、ルインさんは判断した。
そこで、レンさんが巻き込まれるだろうタイミングの直前で警告を発せられるよう、一枚のカードをある人物に託した。
これに関しては、すでに知っての通り。
小中井さんに<破滅巫女 ロータス・ステラ>を託したのだ。
そして狙い通り、ヤトちゃんによる異世界転移が発生する直前、小中井さんとレンさんは出会い――警告を受け取った。
さて、ハクさんの両親を助けるため異世界へやってきたルインさん。
ただ少しルインさんの想定と違ったのは、転移先が蒸気世界だったこと。
とはいえこれに関してはそこまで問題はない。
せいぜい、ルインさんとライオ王子がファイトしてライオ王子がボコボコにされたりしたくらいで。
ライオ王子の癖以外は、特に問題はなかった。
こうして、蒸気騎士団とハクさんの両親。
それからルインさんの力を借りて、絢爛世界は反撃を開始した。
最初のうちはエッフェル塔ロボの活躍もあり、一時的に状況を盛り返したりもしたのだけど。
カリオストロが投入したカリオストロエンジンにエッフェル塔ロボが敗北したことで、状況は決定的になってしまった。
絢爛世界は、敗北してしまったのだ。
え? エッフェル塔ロボとカリオストロエンジンは変なものを見た俺の与太話じゃなかったのかって?
嫌だなぁ、俺が変なものなんて見るわけ――あいだあ!
いった! レンさんにスネを蹴られた!
まぁまぁ、そうすねないでよレンさん、スネだけ――ああああああ!
こほん。
とはいえ、絢爛世界は敗北してしまったものの、終焉を迎えるには少しだけ猶予があった。
絢爛世界での出来事を伝えるため、一部の絢爛世界の住人と蒸気騎士団を避難させるくらいの猶予は。
そこで、ハクさんの両親とルインさんは時間を稼ぐため、そしてある一手を打つため絢爛世界に残ることを選んだんだ。
そう、ハクさんの両親とルインさんは――絢爛世界にいる。
といっても、終焉を迎えた世界にいる人間はカードにされてしまうから、今の三人はカードになってしまっているだろうけど。
それでも、ハクさんとレンさん、二人の親がそこにいることは間違いがないよ。
そして最後に、ハクさんの両親とルインさんが打った一手。
それはカードを生成することさ。
終焉カードとの攻防で、絢爛世界には莫大なファイトエナジーが宿っていた。
それを利用して、ルインさんは蒸気世界から持ち込んだ蒸気を混ぜてカードを生成した。
それが――<蒸気騎士団 探偵ショルメ>さ。
驚いたかもしれないけど、ショルメさんはカードを生成することで誕生したんだよ。
火札世界以外の世界の住人は、人であると同時にモンスターだからね、カードの生成によって誕生することもある。
言うなればショルメさんは、絢爛世界と蒸気世界の子供。
だから蒸気世界の探偵であるにもかかわらず、その名前が絢爛世界の影響を受けていたのさ。
そして、ハクさんはなんとなくその後のことが読めてきたみたいだね。
その時の絢爛世界には、もう一枚カードを生成する余裕があった。
そして、ハクさんの両親はカードを生成してそれを<ショルメ>と共に蒸気世界へ届けることを選んだ。
何が生成されたのか。
もう、言うまでもないよね。
<蒸気騎士団 怪盗ヤト>。
そう、ヤトちゃんを生成したのは――ハクさんのご両親だ。
ハクさん、君にとってヤトちゃんは血こそつながっていないけれど、間違いなく妹なんだよ。
少なくとも、魂は。
君と同じ、君のご両親から生まれたものだ。
そして、後は二人も知っての通り。
蒸気世界に戦いの舞台は移り、モリアーティとショルメさん、それから怪盗ヤトは激突した。
最終的にモリアーティは核に終焉カードを打ち込むことには成功したけど、怪盗ヤトがそれを身を挺して防いだ。
これが、君たちのご両親が、今に至るまでの道筋だ。
□□□□□
ちなみにこれは余談だけど、カードを生成することで生命が誕生した場合。
その年齢は見た目に準拠する。
当時のショルメさんと怪盗ヤトはどっちも十歳くらいだから、同い年として扱われたようだ。
さて、そんな話は置いておいて。
「――姉さん」
話を聞き終えたハクさんとレンさんのもとに、ヤトちゃんがやってきた。
隣にはショルメさんの姿もある。
なんだか、ショルメさんの顔に泣いたような痕があるのは気のせいか。
いや、気のせいじゃなくても俺が言及することはないけどさ。
きっと、色々あったんだろう。
ショルメさんはこの世界の住人を逃がすつもりだったようだけど。
ヤトちゃんは、間違いなく世界を救うっていい出すだろうからな。
「……ヤト」
「店長から、話は聞いた?」
「……ええ、全部」
ヤトちゃんとハクさんが向かい合う。
二人は姉妹だ、血のつながっていない姉妹ではあるけれど。
間違いなく、魂はつながっている。
その事をお互いが改めて理解して。
「なんだか、不思議な気分ね」
「ええ……本当のことを知って、ようやくいろいろなことに納得が行きました」
「……私達、赤の他人にしては似すぎてるものね」
「それに、どこか対照的すぎます」
ハクさんとヤトちゃんは、顔が似ている。
姉妹と言われたら、ごく自然に血がつながっていると思ってしまうくらい。
そして、その嗜好はどこか対照的だ。
露出が目的のハクさんと、露出はパンクのための手段なヤトちゃん。
似ているようで正反対な部分も多い。
「でもまぁ、結局私にとって姉さんは姉さんだもの」
「ええ」
「だから……これからも、よろしくね」
「――ええ」
かくして、二人は改めて姉妹としてお互いのことを認めあった。
絆は堅い、二人はこれからも、姉妹として頑張っていくことだろう。
そして――
「――天の民よ。母様は、その絢爛世界とやらにいるのだな?」
「そうみたいだね、絢爛世界は滅んでしまっているけれど、住人はカードにされているだけだ。もとに戻すことだって不可能じゃないはずだよ」
「簡単に言ってくれるな。――しかし」
レンさんが、俺にルインさんのことを確かめる。
そうして、ルインさんを助ける可能性を見つけたことで、大きく笑みを浮かべた。
「探偵の民よ、我は決めたぞ!」
「……何かな?」
「ふん、聞くまでもないだろう! 夜刀神はこの世界を救うのだろう。しかし我はそれでは満足せぬ!」
俺と、ハクさんと、ヤトちゃんと、ショルメさん。
全員に視線を向けて、レンさんは宣言した。
「絢爛世界も、同時に救うぞ。よいな!?」
その言葉に、否を返すものはいなかった。
……否だけいっった!
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