251 そして世界は動き出す
流石に、ヤトちゃんもこの世界の状況までは把握していなかったはずだ。
でも、失われた記憶の中にある、多くの思い出やヤトちゃんの意志は確かに感じていたはず。
この世界の核に突き刺さった<怪盗ヤト>を通して、ヤトちゃんが蒸気世界へ無意識にやってくるのは最初から既定路線。
ショルメさんもモリアーティも、推理はしていた。
ただ、ヤトちゃんはその上を行った。
俺と蒸気世界を結びつけたのだ。
きっと、それが可能だったのは俺とヤトちゃんの間に少なくない縁があったから。
蒸気騎士団に俺達がやってきた時。
俺が所持していたアリアンではなく、ヤトちゃんのアリアンが変化したのもそれが原因。
なにせ、俺は<ドリーマーナイツ・アリアン>を自分でも所有していたんだから。
ヤトちゃんとのカードパック生成に使った後、俺は<アリアン>をデッキから抜いていない。
なのにヤトちゃんの<アリアン>が変化したということは、この世界が俺という存在を「ヤトちゃんの<アリアン>」と結びつけていた証。
本来なら、ヤトちゃんはもう少し追い詰められた状態で蒸気世界に転移していたのではないだろうか。
モリアーティの策は狡猾だ、周囲にどれだけ頼れる人がいてもヤトちゃんを傷つけることは容易。
俺さえいなければ、ヤトちゃんは誰かを転移させるという選択を取らなかったはず。
でも、そうはならなかった。
だからこそ、俺はここにいる。
俺とヤトちゃんの繋がりの集大成が、今ここにいる俺そのものだ。
だからこそ、俺はヤトちゃんの助けになりたい。
そのためにまずは――眼の前のファイトに勝利する。
何があってもだ。
「<コンダクターヤト>は攻撃力が決まっていないモンスター。その攻撃力は、セメタリーにある最も攻撃力の高いモンスターと同じになる」
「ふん、これまでサモンされた中で一番攻撃力の高いモンスターは確か……<エクス・ハルピュイア>だったか? だが、そのモンスターでもボクの<プロフェッサー>は越えられないぞ」
「いいや、対象となるカードは――<大古式聖天使 ボロッツリーダー・キャプテンカート>だ!」
「……あいつのカードだと、いつの間に!」
<ボロッツリーダー・キャプテンカート>。
ログ少年のエースモンスターである。
いつセメタリーに送られたか? 答えはとても簡単だ。
「――デッキじゃんけんだよ」
「そうか……あいつとあの熱血小僧の縁がそうさせたのか!」
「ログ少年をわざわざスパイに行かせたのは、万が一ヤトちゃんが想定外の行動を起こしたとしても、すぐに自分で対応できるようにするためだったんだろうが――裏目に出たな」
<キャプテンカート>はとにかく攻撃力が高いモンスターだ。
もし仮に、ログ少年とネッカ少年の縁がなければ、こうして類似カードが俺のデッキに入ることはなく。
モリアーティは、このファイトに勝利していただろう。
「これで終わりだ! <コンダクター・ヤト>、攻撃!」
「――いいや、まだだ! <犯罪帝国の後詰め>で『犯罪帝国』モンスター全ての攻撃力をアップする! これで<プロフェッサー>の攻撃は<コンダクター>を上回る! 僕の勝ちだ!」
最後の最後。
モリアーティはまだ、もう一枚策を残していた。
純粋な打点アップ。
カードの効果としては、<プロフェッサー>以上にシンプルな――最後の手札。
でも、俺は――
「それは、どうかな」
それを、最初から読んでいたんだ。
「何!?」
「<コンダクター・ヤト>がフィールドにいる時、このファイト中一度だけ、このファイト中に使用していないカウンターエフェクトをセメタリーから発動できる」
「な――」
このエフェクトは、<コンダクター・ヤト>がフィールドに居る時、常時適用されているエフェクトだ。
当然、<プロフェッサー>をすり抜ける。
そして――あるよな、モリアーティが最初のターン。
俺に使わせることなく破壊したカウンターエフェクトが。
「俺は、<ゴッド・デクラレイション>を発動! 相手のカウンターエフェクトを無効にして、破壊!」
これにて、全ての攻防は終わりを迎えた。
モリアーティに、これ以上の策はない。
「俺はヤトちゃんを助けると決めた。この世界を救うぞ、モリアーティ!」
――ヤトちゃんの一撃が。
このファイトに決着をつけた。
□□□□□
「――レンさん、店長さん、大丈夫ですか!?」
ファイトの終わりと同時に、ハクさんが俺達のところへ駆けつけてきた。
どうやら、ハクさんも無事にジャック・ザ・リッパーに勝利したようだ。
ハクさんが、ジャックちゃんを抱えているのが見える。
「――ハハ、ハハハハハ! ハハハハハハハ! 僕もジャック・ザ・リッパーも、負けてしまったというわけだ! 完敗じゃないか! ハハハハハハハハ!」
「それでも、君は強かったよモリアーティ。たしかに君は世界を滅ぼす存在だが――俺に勝とうとしたその執念は、誰にも否定できないものだ」
「ハハ、そう言われると少しだけ嬉しいのは……悪としては大間違いだろうね」
少しだけ自嘲した様子でモリアーティが笑う。
そうするしかなかったという側面もあるだろうが、モリアーティは俺に勝つために悪としてのプライドではなくファイターとしてのプライドを賭けた。
それは、犯罪の帝王らしからぬものではあっただろう。
「これまで僕達終焉のカードは――世界を滅ぼすか撃退されるか、そのどちらかしかなかった」
「……」
「帝国世界は撃退され、絢爛世界は滅ぼすことができた。だがこの世界は――」
「……そうだ、モリアーティ。我の質問に答えよ」
モリアーティの語りを遮ったのは、レンさんだった。
ファイト前から、モリアーティに聞きたいことがあったのだ。
だからここで遮るのは当然のこと。
ところで待って? 絢爛世界は解るけど帝国世界って?
エレア? 俺は何も知らないんだけど?
「ハハ、いいよ破滅巫女の娘。君の質問に答えよう」
「――
「……わ、私の両親と、レンさんのお母さん!?」
驚いたのは、ハクさんだ。
ハクさんはショルメさんのメッセージを受け取れていないから、この事を知らない。
<破滅巫女 ロータス・ステラ>がこの世界で確認されたことは知っているから、レンさんのお母さんがこの世界と関わりがあることくらいは知っていると思うが。
まさか、自分の両親が話に出るとは思わなかったのだろう。
「君の親は、絢爛世界にいる。そちらの痴女の両親を救うため蒸気世界を経由して絢爛世界を訪れ――そして運命をともにしたのさ」
「どういうことですか!?」
混乱するハクさん。
説明すると、少し長くなる。
それを説明するには、すでにモリアーティは消滅しかけていてあまりにも時間がたりない。
レンさんも、聞きたいことは聞けたのだろう。
もしくは、後は俺の説明を聞けばいいと思っているか。
何にせよ、これ以上モリアーティから話を聞くことはできないのだ。
「ハハハ、それにしてもこの世界を救う、救うかぁ。考えてもみなかったね」
「やってみせるさ、それがヤトちゃんの願いであり、俺がここにいる意味だ」
「無謀だと思うけどねぇ。でも、君ならできるんじゃないかと思ってしまう僕もいる」
そう言って、モリアーティは視線を上に向ける。
「不思議な気分だ。負けたっていうのに気分がいい。僕は完璧主義で、敗北なんて絶対に認めないタイプなのに」
「完璧主義だからこそ、だろ。完璧に全てを出し切った敗北ってのも……悪くはないんじゃないか?」
「そうだね、確かに悪くはない」
だが、とモリアーティは続ける。
「でも、次は負けない。負けても勝つまでやればいい、だろう? 解っているさ。今はこうして消えるけれど、いずれヌスミギキンが君にやられたように、僕もまたこの世界に舞い戻る機会があるかも知れない」
「その節はご迷惑を」
「とにかく――」
そして、大きく手を広げ、笑みを浮かべ。
「好きにすればいいさ、少なくとも僕は、最後まで好きにしたのだから!」
そう言って、彼は消失した。
こうして、モリアーティは消え、後には終焉を先送りにした蒸気世界だけが残る。
俺達はこの世界を救うと決めた。
ここまではモリアーティを倒すという目的と、蒸気世界を知るという目的があった。
だが、ここからはまさしく未知の世界。
すでに滅びを待つだけとなった世界を救う。
果たして、方法はあるのだろうか。
それと、色々と状況を把握しきれていないハクさんに、状況を説明しないといけないな。
とりあえず……まずはヤトちゃんのところを目指しながら、この世界の過去について話すとしようか。
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