247 蒸気決戦 ①
ヤトは、ショルメと共にある場所へとやってきていた。
そこに人の気配はない。
洗脳ファイターすら、姿が見えない。
普段であれば、多くの人がここを行き交っているはずなのに。
「静かね」
「ここは神聖な場所だからね、昼間はともかく……夜は人々が遠ざかるのさ」
そうして二人は、それを見上げていた。
蒸気世界の心臓部にして、象徴。
かつて、この世界にやってきた時、ショルメが最初に案内した場所。
「――ビッグベン」
時計塔ビッグベン。
この世界のエネルギーリソースである蒸気を生み出す、文字通りの心臓部にしてコア。
その場所に、二人はやってきたのだ。
「普段、ビッグベン内部は立入禁止になっている。僕達蒸気騎士団でも、スコットランドヤードだって、王家すらおいそれとは入れない場所さ」
「今日は、いいの?」
「ああ、君に見てもらわないといけないものがあるからね」
そう言って、ショルメはビッグベンにカードを翳す。
そのカードの名前は<蒸気の街の
文字通り、眼の前にあるビッグベンそのものを指し示したカードだった。
「このカードを使って、中に転移する」
「そういう仕組なのね」
「あまり動かないようにね、危ないから」
ショルメがそういった直後、二人の体はビッグベンの中へと消えていく。
「――ここから先、君の見るもの、聞くものはすべてがこの世界の未来を左右するものだ。そのことを、どうか心に留めておいてほしい」
さなかに、ショルメのそんな言葉を聞きながら――
「――これは」
ヤトが、ビッグベンの中で見たものとは――
□□□□□
俺とモリアーティのファイトは、俺の先攻で始まり。
俺は<ロード・ミカエル>と一枚のカウンターエフェクト――言うまでもなく<ゴッド・デクラレイション>だ――をセッティングしてターンを終えた。
対するモリアーティは――
「さぁ行くよ、最初は君だ。<犯罪帝国の切り裂き魔 ジャック>!」
「俺は――」
「そのエフェクトで、自身をサモン。続けてもう一つのエフェクト! このモンスターは自身のエフェクトでサモンされた時、フィールドのカード一枚を破壊する!」
「何!」
<ゴッド・デクラレイション>が発動するまでもなく破壊されてしまった。
流石に、全力のファイトということか。
トップクラスのファイターと全力でやり合うと、<ゴッド・デクラレイション>は踏み台にされがちだ。
それを乗り越えられてこそ、強さを証明できるということか。
「続けて<チームボロッツのくず鉄ガードナー>をサモン!」
「チームボロッツも使うのか……!」
「使えるものは、すべて使うのが僕の流儀さ。この二体を素材に――」
出てくるか、エースモンスター!
「来い! <犯罪帝国の七星 カリオストロ>!」
現れたのは、胡散臭いロボットの貴族。
なんとなくわかったぞ、下級モンスターはモリアーティの部下で上級モンスターは世界的な犯罪者とか詐欺師みたいなやつの集まりか。
モリアーティ自身もいるのだろう。
「<カリオストロ>は幻惑のカード、相手に合わせて戦い方を変える。このカードはサモンされた時に、二つの効果から一つを選択することができるのさ!」
「そいつは楽しみだな」
「相手のカード一枚を、破壊するかデッキに戻す。僕が選ぶのは当然デッキに戻すエフェクト。<ロード・ミカエル>には一旦ご退場願おうか!」
「<ミカエル>の破壊耐性をすり抜けるってことか」
<ゴッド・デクラレイション>が破壊された以上、俺に打つ手はない。
続けてモリアーティは『チームボロッツ』のモンスターをサモンする。
二体のモンスターで攻撃が通れば俺の負けだ。
「俺は手札から<古式聖天使 フーモ>をサモン、相手の攻撃時にサモンしてこのバトルを終了させる」
「生き延びたね。でも、僕の有利には変わらない。カウンターエフェクトをセッティングして、ターンエンドさ」
――そこから、俺は反撃を開始する。
再び<ロード・ミカエル>をサモンし、一気に相手の盤面を切り裂いた。
だが、続くモリアーティのターンで再び<ミカエル>を除去され、窮地に。
「……コヤツ、天の民の戦い方を対策しているのか」
「店長のモンスターには破壊耐性モンスターが多い。他にも、色々と対策はあるよ。このデッキは君を倒すためのデッキさ」
「光栄だね……!」
ぶつかり合いは続く。
状況はこちらが一方的に不利だ。
常に向こうが、俺の手の一歩上を行っている。
このまま行けば、俺は完全に押し切られてしまうだろう。
だが、同時に感じられた。
多くのことが、モリアーティから見えてきたのだ。
「――ターンエンド。しぶといね、君も。でももうそろそろ限界なんじゃないかな?」
「たしかにな。ライフも手札も残り少ない。絶望的な状況だ」
「だろう?」
「だからこそ、疑問だ。どうして君は俺との勝負にこだわる?」
ここまで追い詰めたのは、モリアーティがそれだけ勝負にこだわっているからだ。
だが、現在の蒸気世界の状況を考えるとそれは少しおかしい。
「もともと、君はこの蒸気世界での戦いに勝利しているはずだ。最後の一手こそ防がれてしまったけれど。わざわざ俺に勝つ必要はない、そうだろう?」
「天の民? それはどういうことだ?」
「まぁ、見てて。俺はどうしても、モリアーティがこのファイトを挑んだ理由が知りたいんだ」
ショルメさんからのメッセージを、全て完璧に受け取ったわけではないレンさんが首を傾げる。
レンさんが受け取ったのは、レンさんのお母さんとハクさんのご両親に関することだけ。
それ以外は、レンさんだって知らない事実だ。
「君と――いや、ログ少年と俺が初めて出会った時。言ったよな? 勝負は、必ずしも勝つ必要はない。負けたって、いつかまた勝てばいい」
「……何がいいたい?」
「言っただろ、君はもうすでに勝利している。俺とのファイトなんて、諦めてしまえばいい。君のやっていることは確かに俺というイレギュラーを唯一正面から排除できる方法なのかもしれないが――」
あまりにも、危険すぎる方法なのだ。
モリアーティだってそれは解っているはずだ。
だというのに、彼は俺との勝利にこだわる。
その理由は――なんだ?
「そもそも、本来ならこのファイトは起こす必要のないものだった。なにせ俺は――」
「なあもういいだろう!? 店長、君はどうして自分の中で答えが出てることを聞くのかな! 答え合わせが必要なら、もっといい方法があるだろう!?」
「……そうだね、こういうことは言葉ではなく――カードで聞くべきだ! 俺のターン!」
展開を始める。
相手はこちらの手の内を把握している。
だったら、こちらは想像もできない方法でそれを乗り越えなくてはならない。
たとえば――
「行くぞ。俺は――<大古式聖天使 パストエンド・ドラゴン>をサモン!」
「<パストエンド・ドラゴン>!? ……<バトルエンド・ドラゴン>の類似モンスター!?」
「そうさ。君とログ少年だって、一度はこのカードで俺に勝利したんだから!」
「意趣返しのつもりか!? バカバカしい!」
「――デッキじゃんけんだ!」
その言葉に、モリアーティが目を見開く。
お互いのデッキの上のモンスターのレベルを比べるデッキじゃんけん。
俺はその効果を起動し、お互いのレベルを比べた。
「俺は八だ」
「……四だ」
「俺の勝ちだな」
「それがどうした!? ちょっとくらい運が良いくらいで――」
「だが、これまでとは戦法がガラッと変わるぞ!」
「……っ!!」
そこからは、一気に反撃が開始された。
俺は他にも<大古式聖天使 セントプリマ>や<極大古式聖天使 エクス・ハルピュイア>をサモンする。
普段とは全く違う盤面だ、モリアーティも対策が上手く行っていない。
ここまで、モリアーティは俺を完封するプレイングを続けてきた。
だがそれは、ある前提の上で成り立っている。
ファイトの最初から最後まで、全てのプレイが自分の想定通りに進むこと。
犯罪の帝王モリアーティの、類まれなる頭脳がなければ不可能な作戦だ。
とはいえそれも、失敗に終わったが。
「……さぁ、ここからどうする?」
「どうするも何もないさ、僕はモリアーティ! 世界を滅ぼす終焉の種。君を倒して、世界を滅ぼす役目を全うするまでさ!」
世界滅ぼす終焉の種、か。
確かにそれはそうなのだろう。
少しだけ、寂しい話だが。
「それにもう、今更君が僕に勝ったところで、この世界の崩壊は止まらない! あの絢爛世界のようにねぇ!」
「貴様モリアーティ、何を言っている?」
そして、モリアーティの言葉にレンさんが反応した。
世界の崩壊は止まらない――こことは別の世界のように。
不穏な物言いだ。
レンさんも、気になったのだろう。
「ふふ、いい機会だ。教えてあげよう」
モリアーティは、両手を広げて狂ったように笑う。
そして――
「この世界は、すでに滅んでいる。もう、君たちにはどうすることもできない!」
自身の勝利を、宣言したのだ。
□□□□□
時計塔ビッグベン、その中央には大きな大きな機械があった。
アルケ・ミストのように見える。
これまで見たこともないような――ヌスミギキンが持ち出してきたアレですら遠く及ばない、巨大な機械。
「――アルケ・ミスト”クルタナ”。この蒸気世界の蒸気を生み出す、核。すべてのアルケ・ミストはこれを元に作られたと言っても過言ではない」
「……それが」
だが、見れば解る。
このクルタナは――
「……停止している。動いて、ないわね」
もうすでに、蒸気を生み出さない。
――この世界は、詰んでいる。
「本来だったら、この世界はこのクルタナの爆発とともに消滅するはずだった。しかしとある方法により、今はギリギリでそれを停止させているんだ」
そして蒸気を生み出さないことによる”詰み”ですら、先延ばしでしかないのだと。
ショルメは、そうヤトに明かした。
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