248 蒸気決戦 ②
「――停止している?」
「そうさ。現在クルタナは、ある方法によって爆発する寸前の状態で停止している」
そう言って、ヤトの言葉にショルメは肩をすくめてみせた。
もうお手上げだと言わんばかりに。
「結果として、この世界の蒸気はすでに現在存在する分しか残っていない。以前、君たちがカードパックの生成を行おうとした時があるだろう?」
「ええ。結果は……成功ではあったけど、中途半端だった」
「それは当然さ、この世界には君たちが生成しようとしたカードパックを生成するだけの”余裕”がなかったんだから」
その言葉に、ヤトは愕然とする。
だとすればあの時自分たちがやったことは、この世界を崩壊に導くものだった?
いやでもだとしたら、ショルメは止めているだろう。
「……どうして、貴方は止めなかったの?」
「誤解しないでほしいんだけど、別に君たちの行動がこの世界の寿命を縮めているわけじゃない。もともと、この世界の蒸気を使い尽くすには後数年の猶予がある」
アレをしたところで、せいぜい縮まる猶予は一週間程度。
現状を考えれば、誤差のようなものだ。
「一般の人達は知らないのよね」
「ああ、ボク達と――モリアーティの一味しか知らない事実さ」
「どうしてモリアーティは、その事実を公表しないの? 公表すればこの世界は大混乱でしょう」
「必要がないからさ」
必要がない。
その言葉の意味するところは、とても単純だ。
「彼らの目的は、あくまで世界の終焉。その世界を生きる人々を苦しめることじゃない。つまりこの状態に持ち込んだ時点で彼らは”勝っている”」
「後はこのクルタナを再起動させて爆発させるか、数年後に世界が終焉を迎えるまで耐えればそれで終わりってことか」
「そういうことさ」
いろいろなことがつながってくる。
ショルメの目的、モリアーティの目的。
そしてここに来るまで、どうして自分たちにこの世界を知ってもらおうとしたのか。
だが、今はそんなことよりも、最初に確認すべきことがある。
「……それで、ショルメはある方法でクルタナを停止させたって言ったわね」
「そうだね」
「クルタナに突き刺さっている二枚のカード、それが原因?」
ああ、とショルメは頷いて視線をヤトが指摘するカードに向ける。
クルタナの、おそらく心臓部と思われる場所にそれはあった。
一枚は何も書かれていない白紙のカード。
そしてもう一枚は――
「一枚は、終焉のカードと呼ばれるものさ。あのカードが、この世界に終焉をもたらすんだよ」
「じゃあ、もう一枚は」
「それを止めるためのカード。それが何なのかは、見れば一目瞭然さ」
そのカードの名は――
「<蒸気騎士団 怪盗ヤト>」
かつての、ヤトだ。
「かつて、怪盗ヤトはその存在のすべてを賭して、クルタナを止めた。ボクはそんな彼女がこの世界から消滅してしまうのを防ぐため、ファイトエナジーが豊富な異世界に送った」
「……それが、今の私」
ビッグベン。
蒸気世界の心臓部。
そこでヤトは、自身の核心とも呼べる部分にたどり着きつつあった。
□□□□□
「<マッドストリッパー・ストレンジカッター>で<仮面道化 ヴォーパル・バニー・カルバノグ>を攻撃! きーひゃああ!」
「っく……!」
ハクはジャック・ザ・リッパーに追い詰められていた。
お互いの本質的な実力は拮抗していると言っていいだろう。
気合は十分、負けるつもりは毛頭ない。
どころか、そもそも今のハクに憂いはない。
隙を晒しかねない心の闇もなければ、何一つ恥じることもないのだ。
いや、露出に関しては恥じらいは大事だ。
それに関しては、きちんと持ち合わせている。
「どうして勝てねぇって顔をしてるなぁ! 俺とお前とじゃあ、背負ってるものがあまりにも違うんだよ!」
「背負ってるもの……ですって!?」
「そうさぁ! キヒャヒャ! お前はただここにいるだけの部外者、怪盗ヤトの姉面してるけど、それだけじゃないか!」
その言葉に、一瞬だけハクは言葉に詰まる。
確かに自分はヤトの姉”でしかない”。
血の繋がりなんてものはないし、彼女の因縁と何ら関わりはない。
「それに対して俺は、絶対に負けられない理由がある! このすでに終わった世界に、ピリオドを打つのは――俺だぁ!」
「すでに終わった世界……ですか」
「キヒャア! 言ったよなぁ、この世界はすでに滅びていると!」
ファイトの中で、ハクは蒸気世界の核が破壊されていることを聞かされた。
それを、怪盗ヤトが命がけで停止させたことも。
「なぜ、そんな事を?」
「そんなこと? 決まってる! それこそが、俺達終焉カードの存在意義なんだから!」
「……終焉カード」
「お姉さんは知ってるかなぁ。世界っていうのは、一枚のカードから生まれたんだよ」
――そういう仮説があることは、ハクも授業で習ったことがある。
何なら、実際にそういった世界が存在すると店長に教えてもらったこともある。
「終焉カードは、そういった世界を創造するカードの対極にある存在。世界を終焉に導くためのカードさ!」
「つまり、貴方がこの世界を攻撃するのは、その本能によるものだというのですね」
「そうさ! そして俺はその終焉を成し遂げるために、モリアーティ様がお作りになられた最新の手下!」
ジャックは、露出した腰に手を当てて笑みを浮かべる。
腰のあたりに開けられた謎の穴からは、素肌が丸見えになっている。
素晴らしい露出衣装だ、ハクは相手が自分と同じ露出系ファイターであることを認識し、より一層熱意をたぎらせた。
「だからこそ、俺はあらゆる手下の中でもっとも最新式で、高性能! モリアーティ様からも期待されているってわけなんだ!」
「その期待に、応えるために負けられない……と」
「そうさ! 君みたいな部外者とは違う、背負ったものが違うんだよぉ!」
キヒャヒャと、ジャック・ザ・リッパーは笑ってどこからか取り出したハサミを舐める。
チンピラ悪役が良くやるアレだ。
その姿に、何故かハクは笑みを浮かべた。
「……なんだ、貴方も同じなんですね」
「――何?」
「貴方も、私と同じだと言っているのです」
その言葉に、ジャックは露骨に嫌そうな顔をした。
「俺は露出狂じゃない、これはモリアーティ様から与えられた衣装だから着ているだけさ!」
「あ、いえそっちじゃないです」
「そ、そう……」
こほん。
「貴方も、私と同じ――誰かから期待されている存在だということです」
「はぁ? 何を言っているんだよぉ」
「ふふ、簡単なことですよ……私のターン!」
ハクは、カードを引き抜いて展開を始める。
体内に溜め込んだ、我慢というエネルギーを解放するため。
精神の露出を目指してカードをプレイしていく。
「私は、ヤトから勝利を期待されてここにいます。貴方に勝つという約束を果たすために戦っています!」
「それと俺の期待が同じだって? 馬鹿言うなよなぁ! キヒャヒャ! 君たちの関係は俺とモリアーティ様より薄い!」
「それはどうでしょうか。――服は、薄くなれば薄くなるほど露出に近づいていきます」
「この真面目なタイミングでアホ理論を展開するなぁ!」
ジャックの正論を無視して、ハクは続ける。
「それは、人と人の距離に近しい。お互いの心をさらけ出すことで、関係はより密接になっていくのです!」
「……っく!」
たとえがアホすぎることを除けば、ジャックはそれを否定できなかった。
ジャックはモリアーティに期待されていると思っている。
だが、それはあくまでジャックがそう感じているというだけ。
正確に言えば、そう信じたいだけなのだ。
対してハクは、一切ヤトの信頼を疑っていない。
「それに、私は部外者だからこそ言えることがあります!」
「な、何……!?」
「終焉? 怪盗ヤトの犠牲? それは確かにとても大事なことです! でも!」
そして、ハクは――
「私にとって、一番大事なのは私の妹であるヤトなんです! そのヤトのために、戦う! その意志は絶対に……間違いじゃない!」
自身の最終エースを降臨させる!
「来てください! <仮面道化 ルナティック・ヴォーパル・バニー>!」
降り立ったエースを、ジャックが睨む。
ファイトは、最終局面を迎えていた。
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