241 処刑ファイトは中世最大の娯楽です
証拠を手に入れたら、次にやるべきことはなにか。
そう、正面から乗り込んでその証拠を突きつけるのだ。
こうすることで、クライムファイターの悪事は白日のもとに曝されるのだ。
とはいえ、クライムファイターだってその悪事を簡単には認めない。
何より証拠は盗んだものだ、いくら正しくたって完全にこちらへ正当性が傾くわけでもないのである。
そこで、どうやって決着をつけるのか。
言うまでもありませんね、ファイトです。
というわけで今回は、先日盗んだヌスミギキン悪事の証拠を突きつけて、ファイトでヌスミギキンを倒すのだ。
出撃するのは当然――
「……似合ってますよ、ヤトちゃん!」
「なんだか感慨深いね」
「うーん……相変わらず露出が多い」
――ヤトちゃんこと、怪盗ヤトだ。
先日手に入れたカード、<怪盗ヤト>のコスチュームに身を包んでいる。
兎にも角にも露出が多い。
「……全ては、ここから始まったのですね」
「姉さんが言うと、なんか別の意味に聞こえるわね」
そして、ハクさんも感慨深げに頷いている。
なぜか月兎仮面の衣装を身にまとっていた。
というか、やっぱり月兎仮面と怪盗ヤトの衣装って対になってるよね。
<ヴォーパル・バニー>もやっぱりモリアーティ関係者だったんだろうか。
何もしてないけど。
「というわけで、姉さん、エレア、店長!」
俺と、ハクさん。
それから横で何やらスマホで写真を撮りまくっているエレアに、ヤトちゃんは真剣な眼差しで呼びかけた。
そして最後に――
「ショルメ。行ってくるわ」
「ああ……存分に暴れてくるといい!」
ショルメさんと言葉をかわす。
俺達以上に感慨深そうなショルメさんと、ヤトちゃんは拳を打ち付けあって出陣していった。
□□□□□
「そこまでよ、ヌスミギキン! 貴方の悪事はすべてお見通しなんだから!」
ヤトちゃんの声が、ヌスミギキン邸に響き渡る。
いよいよ決戦の時だ。
それはそれとして――
「人、多いな……!」
「蒸気騎士団の決闘ファイトだからね」
観客が大勢駆けつけていた。
何でも、蒸気騎士団とクライムファイターの決戦――決闘ファイトと呼ばれるそれは非常に人気が高いらしい。
下手したらライオ王子の演劇より人が集まるんだとか。
処刑ファイトは中世の娯楽とはいうけれど、これはまさにだな。
とか思っていたら、何やらヌスミギキン邸がゴゴゴゴと地響きを上げている。
「なにが起こるんだ?」
「さて、敵も準備ができたということさ」
ショルメさんがそう口にした途端。
どっかーん、と屋敷の壁を突き破って巨大アルケ・ミストが飛び出してきた。
『わーっはっはっは! 良く来たなぁ蒸気騎士団! しかしこのヌスミギキン、ただではやられぬ! 相手がかの怪盗ヤトであろうとも、だ!』
アルケ・ミストから声がする。
中にヌスミギキンが入っているのか!
観客たちが歓声を上げる。
これはまぁ、盛り上がるよなぁ。
「出たわね、ヌスミギキン。でも残念ながら勝つのは私よ」
ヤトちゃんが、そう言って異議ありみたいなポーズで指を突きつける。
「ヤトちゃん、ノリノリですねぇ」
「仮にもエージェントだ、こういうのは結構慣れてるんだよ」
表舞台で、人前に立って、結構恥ずかしい衣装を着て、となるとなかなかない経験だろうけど。
それでも、初めてでも問題なく振る舞えるくらいには慣れを感じられる。
『わーはっはっはっはっは! いーだろう! しかし忘れぬことだ! これから貴様は私のカードになるのだからなぁ!』
「ふん、言ってなさい!」
ヤトちゃんがイグニスボードを構える。
「イグニッションよ!」
『イグニッションだ!』
かくして、ヤトちゃんの蒸気騎士団としての初めての――そして、怪盗ヤトとしての数年ぶりのファイトが始まった。
□□□□□
観客達の前で、見世物のような決闘ファイト。
普通に考えれば、クライムファイターにこれを受ける理由はあまりないように見える。
だが、実際のところはそうではない。
むしろ大有りなのだ。
なぜか?
『くくく……怪盗ヤトをカードにできれば、我がコレクションは最高のものになーる!』
クライムファイトはクライムファイターではないファイターが敗北するとカードにされてしまう。
ダークファイトもまた然り。
このカード、悪人ファイターにとっては最高のコレクションなのだ。
敵を打倒し、栄誉を手にした事を示す、うってつけの報酬なのだから。
加えて言えば、蒸気騎士団はそこまで数がいるわけではない。
俺達が三人加わっても、まだ八人だ。
対してクライムファイターはキリがないくらいわんさか湧いてくる。
そんなわんさか湧いたクライムファイターの一人が、蒸気騎士団を討ち取ったとなれば誉れ以外の何物でもない。
モリアーティからも、がっぽり報酬が出るとかなんとか。
「それにしても……クライムファイター、悪人とはいえ侮れないエンタメ力ですわ」
「アロマさん! ちょうどいいところに」
「いきなり失礼いたしますわ。こういったファイトは貴重ですので、見学させていただきますの」
にゅっとアロマさんが生えてきた。
エンタメファイターを志すアロマさんは、今回の決闘ファイトが気になるようだ。
「火札世界だと、なかなかこういうファイトってないからね」
「週に一回程度ですし、現地で観戦は難しいですわー」
火札世界でも、悪と正義のファイターの戦いは日夜行われている。
だが、どちらかと言えば隠れて行う場合が多い。
悪のファイターと戦うのが、正体を秘匿したエージェントであることが多いからな。
テレビで中継されるようなダークファイトは週に一回、日曜の朝方に行われることがほとんどだ。
なんでだろうなー。
「とはいえ、このファイトはヤト様が強すぎますわ!」
「そうだね。ヤトちゃんがもともと、地力をつけているのに加えて……<怪盗ヤト>を手に入れてから、輪をかけて絶好調だから」
加えて今回は、怪盗ヤトとしての初陣。
もう圧倒的なまでの運命力がヤトちゃんには宿っていた。
こんなの、負けろって方が無理な話。
「今回は、こいつを使わせてもらうわよ! 現れなさい! <
さらには、実はファイトだと初披露の<エンシェント・アリアン>まで繰り出した。
ある程度のプロレスは成り立っていたけれど、ファイト内容で見れば完勝といっていい内容である。
「これで終わりよ! <エンシェント・アリアン>!」
『ば、ばかなーーーーーーっ!』
<アリアン>がトドメを刺して、ファイトに決着がついた。
そして、勢いよくアルケ・ミストが爆発する。
「爆発……これですわ!」
「いや、だめだからね? 流石にあのレベルの爆発は大怪我するか、生死不明になるレベルだからね?」
まぁ生死不明になったら、仮面とかつけて再登場してくるだろうけど。
クライムファイターも、そのうち再生怪人として復活してきそうだなぁ。
□□□□□
「それで、どうだったヤトちゃん」
「……思った以上に、なんというか……楽しかったわね。一般市民があいつらに散々苦しめられてきたわけだから不謹慎だけど」
すべてが終わった後、デュエリスト蒸気支店にて。
今日はお疲れ様回ということで、ペットボトルを皆に支給している。
中身はストレートティーだ、美味しいよね。
「何、その鬱憤を晴らすための決闘ファイトさ。それにね、観客達も君にファイトを楽しんでほしいんだよ、ヤト」
「ショルメ……」
「本当に、楽しんでくれてありがとう、ヤト」
そのショルメさんの言葉に、なんとなく感じてしまうものがある。
かつてのヤトちゃんは、怪盗ヤトは――果たして、どんな気持ちでファイトをしていたのだろうな、と。
俺はすでに色々と裏事情は知っているけれど、流石にかつてのヤトちゃんの様子までは知らない。
それは、この世界の人達の大切な思い出だろうから。
俺はただ、今が幸せであることを祈るしかないのだ。
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