239 いたいけな少年のアレが心配 ②

 なんてことを……なんてことをハクさんはしてくれたんだ。

 こんないたいけな少年の性癖を捻じ曲げてしまうなんて。

 エレアはうんうん、と満足げに頷くんじゃありません!


「なんというかこう……アレだろ! よくないだろ! 青少年の何かが!」

「なんてことを言うんですか店長! 見てくださいログくんのあの眼を……!」

「眼……? はっ……!」


 俺はエレアに言われるがまま、ログ少年の眼を見れば……解ってしまった。

 少年は本気だ。

 本気でピチスーメカ少女が強さの証だと信じている!

 これは、一度こうだと決めたら譲らないファイターの眼。

 否定できない……この瞳だけは!

 いやでもしかし!

 そもそもログ少年は……でもこの瞳は本物だし……よくわからん!


「そのキッカケが月兎仮面なのはこう……ダメだろ!」

「それもそうですね! でしたら私がキッカケでも……」

「それはそれで、俺が嫌だ!」

「それもそうですね! では仕方ありません! 私は私自身を素材にして――」


 それもそうですねを二度打ちしたエレア。

 月兎仮面をキッカケにするのはあまりにもログ少年にとって酷だし、エレアがキッカケとか言語道断、俺のエレアだぞ?

 というわけで、エレアは代替手段を用意することにしたようだ。

 そうして出てきたのが――


「来てください! <帝国革命の武装少女>!」


 エレアと同じ衣装の――少し装備が変化した目元の見えないメカ少女だ。

 その中身がエレアでないことは、一部を見ればよく分かる。

 おっと俺は身長の話をしているんだぞエレアくん、そもそも君身長の割にある方じゃないか。

 というのは置いておいて。

 ログ少年は、新たな武装少女に目を輝かせていた。


「こ、これは……流線的なフォルムに、何より興味深いのは……装備ですね!」

「お気づきになりますか!」

「はい、土木作業用の装備ですよね、戦闘用じゃなくて! 先ほどみたエレアさんは戦闘用の武装を身に着けていましたが、この人は違います!」


 なるほど、なんとなくログ少年の言いたいことは解る。

 そもそも帝国は革命以前からエレアのような武装を身にまとう少女が存在していた。

 だが、革命はなり、今の時代に当時の武装を身にまとう少女はいない。

 この少女が土木作業用の装備を身に着けているのは、それこそ復興と開発のため。

 戦うための力を捨てたのだ、この武装少女は。

 そのロマンは、俺だって解る。

 解るが、それはそれとして。

 歪めてしまった……ログ少年の癖を!


「僕は……昔から思っていたんです。もっとこう、皆さん流線的な方がいいんじゃないかと! この世界の機械はどれも凸凹していて……角ばってるんです! 僕は流線的な方が好きなんです!」

「……んん?」

「もちろん……蒸気世界の角張ったフォルムも、素敵だとは思うんですけど」


 なんか流れ変わってきたな?


「以前、メカシィさんがバイクになっているのをお見かけしました。アレは……僕の理想です! ああいうシャープなフォルムがかっこいいと思うんです!」

「解りますか!」

「解ります! シンプルな方が好きなんです、あくまで好みの問題として!」

「エレアはそこに同調するんだ……」


 なんということだ……ログ少年は、元からこういったフォルムが好みだったんだ。

 確かに、蒸気世界はなんとなく角ばっている。

 というか凸凹している。

 パイプは丸いけど、所々の継ぎ目は凸っとしているんだ。

 なんというか、そういうちょっと古めかしい感じは実にこの世界の雰囲気と合っているけれど……確かに好みが外れていると辛いよな。

 あとなんとなく、どうしてログ少年がこういった流線的なフォルムが好きなのかも解る気がする。


 ちょっと違うけど、やりたいことと相性の良いデッキが違っているアロマさんに近しい問題である。

 これに関してはログ少年も、なんとなく似たところがある。

 『チームボロッツ』は、廃材を組み合わせたモンスターだからどうしても角張りがちだ。

 ログ少年が、ファイトで強くなれなかったのも本人のモチベーションによるところが大きいんだろう。

 とはいえ、そういうことならここからの展開は解りきっている。


「ふむ……ログくんの悩みは解りました。周囲との感覚の齟齬、ようやく巡り会えた目指すべき道。確かに、今のログくんは成長していると言えるでしょう!」

「え、エレアさん……!」

「ですが! ここは私が勝たせていただきます!」


 かくして、<武装少女>と<操縦士ガール>がぶつかり合う。

 すでにお互い結構ライフが削られているので、ここから一気に決着までもつれ込んでもおかしくはない。


「<武装少女>は戦闘時にセメタリーの『帝国』モンスターをデッキに戻すことで、その分攻撃力を上げます!」

「だ、だったらこっちだって! カウンターエフェクト<チームボロッツの援軍>! このエフェクトで<操縦士ガール>の攻撃力をアップ!」


 ぶつかり合い、勝ったのは<操縦士ガール>だ。

 しかしエレアも負けてはいない。


「なんの! カウンターエフェクト<帝国革命の開拓期>を発動! この効果でフィールドの<帝国革命>カードが破壊された時、このモンスターをサモンします!」


 エレアが呼び出すのは――


「<帝国革命の開拓工兵>!」


 エースモンスター、<開拓工兵>だ。

 倒された<武装少女>が中に乗り込むような演出で、<開拓工兵>が起動する。


「わ、わ、わ……!」

「ふふふ、どうですかログくん……いえ、ログ少年!」

「……っ!」


 エレアのログ少年を呼ぶ時の呼び方が、俺と同じになった。

 今のエレアは、他人を導けるファイターなんだ。


「確かに、流線的なフォルムのロボや武装少女はかっこいいです! かわいいです! 素敵! ロマン! サイコー! ビューティフォー!」

「落ち着けエレア! 脱線してる!」

「はっ!」


 いや、まだまだだな。

 精進すべし。

 エレアはそんな俺の視線に、「押忍」と返してから続けた。


「ですが、角張ったデザインのモンスターも……カッコいい! 解りますか、どっちもロマンなんですよ!」

「……そ、そう、ですね」

「好みの差は確かに有れど、どちらも素晴らしいものであることに違いはありません! ログ少年だって、それは解っているんじゃないですか?」

「……それ、は」


 ――今のログ少年は、初心を忘れている。

 確かにログ少年の性癖は流線型だ。

 しかし、角張ったロボットだって彼は大好きだったはずなのだ。

 なぜなら彼は、『チームボロッツ』の事を、確かに愛しているはずなのだから。


「だからこそ、私はどちらも愛しています! 一番愛してるのは店長ですが、ロボットにだって愛情を向けているんです!」

「そう、だったんですね……」

「途中に何を差し込んでるんだエレアは」


 ともあれ、ログ少年もそのことを理解したらしい。

 どこかしょんぼりとした様子であるが、しかし。

 彼は強い、すぐにまた立ち上がるだろう。

 それを祈って、エレアは――


「これでフィニッシュです! <開拓工兵>で攻撃!」


 このファイトを、勝利で飾った。



 □□□□□



「エレアも、指導者ムーブが板についてきたよな」

「一番のお手本が、眼の前にいますから」


 あの後、ログ少年はお礼を言って、もう一度デッキを構築しなおすと言って去っていった。

 きっといい感じに凸凹と流線型を混ぜ合わせた、カッコいいロボットデッキを作り上げるに違いない。

 そしてジャックちゃんも帰ってこなかったので、俺達は話をしながら店に戻っているわけだが――


 ――ふと、視界の端にジャックちゃんが映った。


 ……気がした。

 いや、実際にどうだったかはわからない。

 路地裏の方に、ジャックちゃんが駆けていくのが見えた気がしたのだ。


「エレア、ちょっと」

「どうしたんですか?」


 エレアに声をかけて、その路地裏を覗き込む。

 人の姿は見えないし、気配もない。


「今ここに、ジャックちゃんがいた気がしたんだが」

「気の所為じゃないですか?」

「もしくは、もうここにはいないか……だな」


 どちらにせよ、追いかけても出会えるとは思えない。

 ただでさえ因縁が少ないのに、厄介ごとに関われない俺だぞ?

 また洗脳された住人と出くわして終わりじゃないだろうか。


 ただ、少し気になるのは――


「今のジャックちゃん……怪盗ヤトみたいな格好をしていたような……」

「えっ!? ジャックちゃんがそんなすけ……えち……可愛い格好を!?」

「それ、ヤトちゃんの前で言うなよ?」


 いや、解りきったことではあるんだけど、一応な?

 ともあれ、もし本当にジャックちゃんがそういう露出多めな格好をしているとなると――なんかこう、それこそログ少年の性癖にやばい気がするんだが。

 というか、……結構あの二人はお似合いかもしれないな。

 果たしてどうなることやら。

 とりあえず、今はそこを棚上げにして俺は帰途につくのだった。

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