EX2 屋上で意味深に会話するやつ

 少し時間は遡る。

 エレアが皇帝の陰とファイトし、勝利したあたりのことだ。


 夜、月光だけが照らすビルの屋上に、2つの人影があった。

 一つはビルの端に腰掛けて、風に髪をたなびかせている。

 もう一人はその後ろから、腕組みをして眼下に広がる街を眺めていた。


「終わったな」

「そうだな、本当に長かった」


 腰掛けているのが金髪の少女――闇札機関盟主、レンである。

 もう一人は特徴的な髪型の二メートル近い身長の偉丈夫。

 日本チャンプ逢田トウマ――もしくは、ダイア。

 この天火市に関わる三人の最強のうち二人がそこにいた。

 なお、余談だがダイアは天火市の出身ではないので注意が必要である。


「というか、そんなところに腰掛けてると危ないぞ」

「阿呆、この程度の高所から降りたところで我が怪我を負うはずもあるまい」


 万が一落ちたら、普通の人間なら大惨事なのでダイアはレンに注意した。

 とはいえレンもダイアも最強クラスのファイター、ビルの最上階から落ちた程度で怪我はしても死にはしない。


「というか、だ! 今はあやつらのことだろう!」

「そうだった。何にしても、無事に終わってよかった」

「うむ……まぁ、本人はアレが自分の国の皇帝の成れの果てだと気付いてはいないようだが」

「そこら辺は、店長あいつの影響を如実に感じるよ」


 二人がこんなビルの上で意味深な会話をしているのには理由がある。

 つい先程までエレアが戦っていた黒い影――帝国皇帝カイザスの陰が万が一にもエレアを害さないよう見張っていたのだ。


 事の起こりは数時間前。

 ダイアは突如として嫌な予感を覚え、本来なら来る予定のなかったモンスターランドカーニバルにやってきていた。

 非常事態であり、見つかると騒ぎになって不味いので変装も本気である。

 そして、レンにその嫌な予感のことを伝えたのだ。

 店長に伝えなかったのは、伝えても店長がその嫌な予感に関われないことが明白だったからである。

 それとほぼ同時刻、レンは店長を通じて会場に侵入していたもう一人のダークファイター「デビラスキング」が店長に、


「自分以外にもこの街にダークファイターがいる」


 と忠告を行ったことを知らされていた。

 かくして、ダイアとレンは秘密裏に行動を起こす。

 万が一何かあったとき、この楽しいイベントを台無しにさせたくなかったから。

 まぁ、結局そのダークファイターは「皇帝の陰」であり、エレアがそれに気付くことなく退治してしまったのだが。


 それでも念の為、こうしてビルの上で待機していたのである。

 なおこのビルはレンの所有する物件で、屋上で怪しい会話をしていても問題は一切ない。


「しかし、まさか最後まで陰の正体に瞳の民が気づかないとは思わなかったぞ」

「しょうがないさ、ただでさえ<エクレルール>をサモンしたことでややこしくなったのに加えて、あの陰はダークファイターだったんだから」


 皇帝カイザスは、本来ダークファイターではない。

 ダークファイターとはこの世界だけの概念で、異世界からやってきた悪者がダークファイターになることはないのだから。

 しかし陰はダークファイターになっていた。

 こっちの世界にやってくるのに時間がかかってしまったことで、こっちの世界の法則に染まってしまったからだろうと二人は推測している。


「あの皇帝に同情するわけではないが……あそこまで眼中にないのは幾らなんでも図太すぎるだろう、瞳の民」

「そうか? エレアさんはこっちに来たときからずっと、自分が幸せになることを考えてたぞ。良くも悪くもな」


 エレアはこの世界にやってきてから、皇帝の存在を意識したことは実をいうとほとんどない。

 この世界での彼女の関心事は、自分だけ幸せになってしまっていいのかという罪悪感。

 彼女が意識を向けていたのは、帝国で世話になった上官の女性のような――彼女が救われてほしいと思っている人だけだ。

 皇帝に関しては、実際に皇帝がこっちの世界に乗り込んできたときしか、大きく意識を向けたことはないのである。


「帝国で革命がおきたのは、ちょうど二年前のことだったかな。アレ以来、エレアさんはずっと悩み続けてきた」

「どうすれば、幸福になった自分を受け入れられるのか……か、面倒な悩みだな」


 ダイアの言葉に、レンはつまらなそうに零す。


「だが、結局のところそれは瞳の民が、自分の幸福を受け入れたことに対して自覚する機会がなかっただけのこと、か」


 エレアが幸福を受け入れられなかったのは、自覚する機会がなかったから。

 手に入れた幸福を失ってしまうかもしれないと思うような窮地に陥ったことがなかったから。

 失うということを、から。

 それが、エレアがこれまで今の自分を受け入れられなかった理由。


「ちょっと荒療治だよな。でも、店長あいつと一緒にいる以上、多少荒療治でないと自覚する機会も訪れない……か」


 本当なら、もっと早くエレアはそのことに気づけていたはずなのだ。

 それができなかったのは、エレアが共にいたいと願う相手が店長――棚札ミツルだったから。

 店長には、危険な事件と関われない特性がある。

 彼のそばにいれば、自然とエレアもそういった危険に見舞われることは早々ない。


「ええい、こんなことならもう少し我が瞳の民を煽っておくべきだった! そうすれば、あれほど長期間じれったい関係を続けることもなかったろうに」

「まぁまぁ、本人たちにとってはアレも充実した時間だったんだから」

「あんなものをずっと近くで見せられる身にもなってみろ! 珈琲がいくらあっても足りんわ!」


 何にせよ、エレアが自分自身を受け入れたということは、店長とエレアの関係が進展するということである。

 レンとしては、これで少しでもあのむずがゆい関係が落ち着いたものとなることを祈るしかない。


「……二人がくっついたら、それはそれでもっと甘ったるい関係になりそうなものだが」

「やめろぉ! 我はそれを考えないようにしているのだ!」


 レンは頭を抱えて、思い浮かんだ想像を振り払おうとする。

 しかしそれは叶わない、どう考えてもあの二人が恋仲になったら四六時中いちゃつく未来しか見えないのだ。


 こほん、とレンが咳払いする。 

 話題を変えようというのだ。

 そして話題を変えようとして――むせた。


「ごほごほっ! ……まぁ、何にせよ、だ。皇帝の陰は、ダークファイターになっていたな」

「ああ」

「そうなれば……いずれ、復活する可能性もあるか?」

「どうかなぁ」


 基本的に、異世界からやってきた侵略者がファイトに負けて消滅した場合、復活することはない。

 元いた世界で復活することはあるかもしれないが、復活してもこっちの世界にやってくることは早々ないだろう。

 なにせたいていは、店長にボコボコにされてトラウマになっているからだ。

 そして皇帝のような例外は、たいてい店長とのファイトで心境の変化があり、こっちの世界にやってきた際ダークファイターになる。


 そしてダークファイターは、比較的些細な要因で復活したりする。

 デビラスキングはある意味その筆頭だろう。

 ただでさえ復活と封印を繰り返す存在だというのに、今回はイレギュラーな要因で復活している。

 皇帝の陰が、今後そういったことになる可能性は十分にある。

 とはいえ――


「まぁ、いいんじゃないか? エレアさんとのファイトで、陰はどこか楽しそうだった」

「アレなら、復活しても大きな問題は起こさないだろう……ということか?」

「もし起こしたとしても、エレアさんと店長あいつならなんとかなるだろうしな」


 結局、店長はこの世界において最強のダークファイターに対するカウンターだ。

 効果が強すぎて、普段はダークファイターに干渉できないという欠点はあるものの。

 店長が関わった以上、悪い方向に転がることだけはありえない。

 ダイアはそう断言してみせた。


「んで、……っと、そろそろあいつがエレアさんと接触する。これ以上は野暮だな」

「何を言うか王の民! ここからが本番なのだろうが! 何のために誰も邪魔の入らない場所で我が出歯亀をしているのかわからぬか!?」

「当然わかる。だからこそ私は君の出歯亀をふせぐためにここにいるんだ」


 そして、現在エレアと店長が話をしている。

 まさにここがクライマックス、これ以上ない盛り上がり。

 きっとエレアが店長に告白するだろう。

 それがわかっているから、レンは告白シーンを眺めようとしているわけだが。

 ダイアは大人だから、それを阻止しようとレンの前に立ちはだかる。


「……埒が明かないな。ファイトで決着をつけよう。君が勝ったら、私はここを去る。君を止めることはしない」

「ふ……いいだろう。今の我はテンションマックス、全力に近い力を発揮できるくらい高まっている! 貴様には負けぬぞ……王の民!」

「そうこなくてはな……よし」


 かくして二人はイグニスボードを構えてファイトを始める。


「イグニッション!」


 なお、そのファイトに時間をかけすぎて、レンは告白シーンを見逃すわけだが。

 いまだその事をレンが知るヨシはないのであった。

 ――なお、ダイアはそれを意図してここでファイトを持ちかけていることはここに記しておく。

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