116 エレア大勝利! 希望の未来にレディーゴー!

 帝国皇帝カイザスは敗れた。

 こちらの世界で店長に敗れた後、彼はこれまで彼が誇っていた無敵っぷりが嘘のように弱くなった。

 ドロー運がすこぶる悪くなり、絶対エースである<帝国の破壊者>をサモンすることすらできなくなった。

 それは、彼の強さが「無敵である」という事実によって支えられていたからだ。

 運命力が彼に味方しなくなった、と言ってもいい。


 最も端的な言葉で表現してもいい。

 彼は、カードから見捨てられたのだ。


 最終的に、彼は失った運命力を自分の魂を燃焼することで強引に引き上げる装置を使って取り戻した。

 それでも激戦の末敗北。

 帝国皇帝は魂を燃やし尽くし、自滅によって消滅したのである。


 ただ皇帝は完全に消滅したわけではなかった。

 意識の残滓だけが残り、誰にも認識されず漂っていたのである。

 とはいえ、皇帝ももはやここまでくれば自分が敗北したことくらいは認めている。

 故に革命を成し遂げた者たちへ復讐しようとは思わない。

 というか、仮に復讐しようとした場合、なぜかそのタイミングで新たな敵が現れ踏み台にされそうな気がしてならないのだ。

 だから、皇帝は何もしなかった。

 そんな皇帝の心残りはただ一つ。


 ――なぜ、なぜ俺は負けたのだ。


 自分が敗北した理由がわからない、というものだった。

 どれだけ考えても、理解できないのだ。

 帝国に送り返されてからは、いいだろう。

 自分の無敵に翳りが出て、それを魂で補ってすらかつての完全な皇帝には戻れなかった。

 だから負けるのも当然だ。

 しかし、その前がわからない。

 あの世界で、皇帝が出くわした男――尖兵が店長と呼んでいた男。

 やつに負けた理由が、わからなかった。


 そして、敗北から二年。

 ついに皇帝はこちらの世界にやってくることができた。

 最初は革命軍の女が、尖兵に向けて送った手紙に同乗するつもりだった。

 しかし移動の最中、脆弱だった残り滓は吹き飛ばされ、結局たどり着くのに二年かかったのである。


 とはいえ、ようやくたどり着いた。

 時刻は夜、皇帝はかつて自身が敗れた場所――カードショップ“デュエリスト”入口にいる。

 皇帝の凋落は、ここから始まったのだ。

 忌々しい感情がもたげてくる。

 だが同時に、なぜか納得するような感情もあった。

 なぜか――その答えが出るより早く、皇帝は“彼女”に見つかった。


「――何者ですか」


 尖兵――もしくは、エクレルール。皇帝は名を覚えていないのでただ尖兵と呼ぶ――だ。

 かつて、皇帝がこの世界を侵略するため最初に送り出した尖兵が、立っていた。


 ――クク、どうやらまだ貴様はあの男の所有物だったようだな。


 警戒する尖兵にそう呼びかけようとして、失敗した。

 声が出なかったのだ。

 もとより帝国では存在すら認識されていなかったのだ。

 今は、黒いモヤとして実体を得ている。

 進歩はしているのだ、声が出なくとも気にする必要はない。


 故に皇帝は、もっともわかりやすい方法で尖兵に正体を明かすこととした。

 ――ファイトだ。

 黒いモヤの一部がイグニスボードに変化する。

 それを見て、尖兵も状況を把握した様子。

 イグニスボードを取り出し構えた。


「これは……ダークファイト!? ……そういうことですか!」


 ダークファイト……という言葉の意味はわからないものの、ファイトが始まるなら問題ない。

 尖兵は勢いよく宣言した。


「イグニッション!」


 先行は尖兵だ。

 彼女はまず真っ先に自分自身――<帝国の尖兵 エクレルール>をサモンする。

 その効果を使いながら、展開。

 <帝国の暴虐皇帝>を呼び出した後、カウンターエフェクトを一枚セッティングしてターンを終えた。


 対する皇帝もまた、最初のカードをサモンする。

 これを呼び出せば、いい加減尖兵も陰の正体に気がつくだろう、と。


 現れたのは――


「――わ、たし? <エクレルール>をサモンしたんですか!?」


 ――<帝国の尖兵 エクレルール>。

 この世界でそのカードを使用するファイターは、一部ファイトの店長という例外を除けば二人だけ。

 エクレルール本人と、そして今目の前にいる皇帝の陰だけだ。


「そう、いうことですか……」


 エレアは、深く頷き沈黙する。

 間違いない、こちらの正体に気がついたようだ。

 険しい顔をして、彼女は口を開いた。


「……負けませんよ、貴方にだけは……絶対に!」


 鋭い瞳が、陰を睨む。

 その瞳に皇帝は笑みを浮かべた。

 今、眼の前にいるのはあの怯えながら自分に挑もうとしていた弱者ではない。

 確固たる意志をもった、強者だ。


「今、はっきりと分かりました。私が私の幸福を受け入れられなかった理由。それは、失いたくないと思うことがなかったからです」


 朗々と、尖兵は語る。


「だって私は、あまりにも幸福すぎた。それ故に私はその幸福が失われる機会すらなく。自覚するきっかけが無かったんです」


 その様子を見ながら、皇帝はモンスターを展開していく。

 <エクレルール>は尖兵、最初の一手に過ぎない。

 そして、その手が。


「でも、今はっきりと。貴方と対峙した時に気付いたんです。――負けたくない、と」


 ピタリと、止まる。


「私は、今の幸福を失いたくない。そのために、この戦いには絶対に負けたくない。そう、心の底から思えたんです」


 ――負けたくない。

 ああ、それは。

 


「そんな感情、帝国にいた頃は抱くことすらできなかった。だって、帝国では負けたらそれで終わってしまうから」


 そうだ。

 帝国ではそもそも、負けた後の考え方などありえない。

 負けた時点で、次がないからだ。

 負けた後など、意識したことすらないからだ。


「この世界にやってきて、店長に敗北して。その後に幸福を手に入れて。そして今、私の前に貴方が現れた。そうしてやっと――私は理解できたんです!」


 理解できた。

 この小娘は、敗北したことで幸福を手に入れている。

 皇帝は、敗北したことで全てを失っている。

 そこには余りにも隔絶した隔たりがあるけれど。

 それでも、彼女の感情を理解できるのは、皇帝だけだ。


 今ここにいる二つの存在だけが、帝国という世界において唯一。

 を理解できるのだ。


「失いたくない! この先もずっと続いていく世界を! 私の幸福を! だから――だから貴方には負けたくない!」


 やっと皇帝は理解できた。

 皇帝があの男に負けたのは、この感情がなかったからだ。

 執念が足りなかったからだ。


 眼の前の存在は今、全てを失った皇帝に対し余りにも傲慢な事を言っている。

 皇帝が失ったものを全て手に入れて、それを見せびらかしている。

 かつての皇帝なら、余りにも受け入れがたかっただろう。

 だが、今の皇帝にとって、


 なぜなら今の皇帝は、そんなことよりもずっと、ずっと強い感情を目の前のファイターに抱いている。


 ――負けたくない。


 その感情のまま、皇帝は一枚のカードをサモンする。

 サモンするのは当然――



 ――現われろ、<帝国の破壊者>!



 皇帝の、絶対エース。

 だが、


「……っ! させません、絶対に! カウンターエフェクト!」


 ――ああ。



「<ゴッド・デクラレイション>!」



 やはり、防がれる。

 あの男の影響だろう。


「……やった、成功しました。えへへ、店長の真似……初成功です」


 見違えるようだった。

 かつて、皇帝に怯えていた少女はどこにもいない。

 眼の前の尖兵は、皇帝の陰が絶対に負けたくないと思う、あの男と同じ――ファイターだ。


 ――まだ、終わっていない。


 そう、まだ終わっていない。

 あの時は、二度防がれただけで皇帝は諦めてしまっていた。

 だが、今は違う。

 まだファイトは――終わっていない。


 皇帝の陰は、次なるカードに手をかけた。



 □□□□□



 勝敗は、最後まで読めなかった。

 尖兵――エレアは皇帝も知らない<帝国革命>カードを使用したし、皇帝もまた<破壊者>以外のカードをエレアに見せるのは初めてだ。

 お互いに相手の強みに苦戦しながらも、一進一退の攻防は続き。


「……これで、最後です」


 勝利を掴んだのは――エレアだ。

 エレアは、最後のエースをその場に呼び出す。

 エレア自身の姿が、それに変化する。


「私は私自身をサモン! <帝国の尖兵 エクレルール-完全武装フルブースト->! 行きます!」


 現れたのは、ぴっちりとしたスーツの上にゴテゴテとした武装を身にまとったエレア。

 それが、上空で滞空しながら陰を見下ろす。


 皇帝の陰は、その姿にどこか羨望と悔しさをにじませながらも納得していた。


 ああ、勝てない。

 気付くのが遅すぎたのだ。

 何もかも、全てのことに。


 そもそも皇帝は、自分のしたことに後悔などない。

 それが悪だとも思っていない。

 ただ、単純に負けたくないという感情に気付いただけだ。

 そしてだからこそ、ここで敗北し消滅することも理解している。

 敗者は消えゆくのみ、たとえどれだけ後悔があったとしても。

 それが帝国の絶対的なルールだからだ。

 ああ、それでも。

 それでも、もし。


「これで終わりです! 私は私自身で、攻撃!」


 次があるなら、その時は――



 ――その時こそ、俺は、勝ちたい。



 かくして皇帝は敗北し、消滅する。


「さようなら」


 自身に「負けたくない」という感情を教えた少女に見送られながら――





 ――――――――えっ。


 いや、ちょっとまて。

 何? この少女は自分が皇帝だと気付いたんじゃないのか?

 だから、「そういうこと」だと言ったんじゃないのか?


 いやまて、皇帝は今、誰ともわからぬ陰でしかない。

 そんな陰が、<エクレルール>をサモンしたらもうひとりの自分か何かだと思うのは当然じゃないか?

 いや、違う。

 アレは<エクレルール>が「帝国」デッキの初動として優秀だからサモンしただけで、そのような意図は――


「ふふ、貴方のお陰で、私はまた一歩前に進むことができました」


 ああうん、それはいい。

 別にいい。

 けど、せめて――



 ――せめて、正しく陰の正体を認識して消滅させてくれええええ!



 皇帝の叫びも虚しく。

 エレアは陰の正体に気づくことなく。

 陰は、消滅した。



 □□□□□



 ――俺は、そのファイトを見守っていた。

 ダイアに声をかけられ、エレアを追いかけて。

 そして、このファイトを見守った。


 エレアと――陰のダークファイター。

 エレア曰く、自分の陰。

 もしかしたらそうではないかもしれないが、どちらにせよそこまで悪いファイターではないだろう。

 ああいう無から産まれてくるタイプのダークファイターは、いずれ再生したりするものだ。

 その時は、今回のファイトを糧にデビラスキングのようなダークファイターになってくれたらと思う。

 ともあれ、そのファイトを見守って俺はようやく理解した。


「――――エレア」

「あ、店長!」


 声を掛ける。

 嬉しそうなエレアが、完全武装状態でこっちに手を振っている。

 久々に完全武装モードになったからか、俺にそれを見せたいんだろう。

 そして俺も、その方がありがたい。



「エレア、君に話さなくちゃいけないことがある」



 俺は、気付いてしまったのだから。

 なぜなら、俺は。

 これからエレアに――――



 好きだと、そう伝えなくてはならない。

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