113 祭りが終わっていく頃に

 俺とエレアのファイトは終始エレア優勢で進んでいく。

 ただでさえ自分の正体を周囲に晒し、運命力の流れはエレアにある。

 加えて、俺がエレアの「告白」で動揺しているのだから、なおのこと状況はエレアに向いていた。

 それでも、ここでエレアの一方的なファイトで終わることだけは許されない。


 エレアがこのファイトを振り返った時、納得できるくらいのファイトにしないとダメなのだ。


「<帝国革命の開拓工兵>! 店長の<アークロード・ミカエル>を攻撃してください!」

「くっ……迎え撃て、<アークロード・ミカエル>!」


 エレアのエースが、俺のエースを破壊する。

 追い詰められた状況、フィールドは完全にがら空きで、手札もゼロ。

 俺はここから、なんとか状況を立て直さなくてはならない。


「次のターンで終わりですよ、たとえ<メタトロン>が出てきても! ターンエンドです!」

「……俺のターン!」


 カードをドローする。

 そのカードを見て、俺は一瞬考える。

 この、カードなら……展開次第では、をサモンできる。

 デッキに、いつの間にか入っていたカードだ。

 まさか本当にサモンすることになるとは思わなかったが。

 <メタトロン>ではダメだ、この状況を突破できない可能性がある。

 逆転には、あのカード以外の選択肢がない。


「……エレアは」

「はい?」

「これから、どうしたい?」

「これから……ですか?」


 言葉は力だ。

 運命力は、強い意志を持つファイターに味方する。

 それを引き寄せるために、そして何より自分を鼓舞するために。

 ファイターはファイトの中で対話する。

 だから俺は、あのカードをサモンするために、言葉を選んだ。

 でも、どうして”これから”について聞こうと思ったのかは……正直自分でもわからない。

 なんとなく、としか言いようがないのだ。

 キリアさんという、未来からの客人を目にしたからだろうか。


「そうですね……こうして正体を晒したわけですし、まずはそれを活かした店でのイベントとかやってみたいですね」

「配信とかもか?」

「それもありますね。きっと、とても楽しいと思います」


 そういって、エクレルール姿のエレアは幸せそうに笑みを浮かべる。

 俺はそれを見て、少しだけ目を細めた。


「未来は、楽しいことでいっぱいだと思うか?」

「思います。だって、もうすでに私の周りには楽しい事だらけなんですから」

「――なら」


 俺はカードをプレイする。

 エレアの妨害をかいくぐり、そのカードをサモンする準備を整えた。


「行くぞ!」

「来てください! 店長のラストエース……<エクス・メタトロン>!」

「――いいや、俺が呼び出すのは、<メタトロン>じゃない!」

「なんですって!?」


 エレアが驚愕する中。

 俺はそのカードを呼び出す。


「ああ、そうだエレア! エレアの未来は幸福な物に決まってる。俺が保証する……だって君は……!」

「……!!」

「これからも、俺の店の店員――エレアなんだから!」


 そして、それは姿を現す。



「現れろ! <極大古式聖天使フルエンシェントノヴァ クリスタル・ミチル>!」



 現れるのは、一人の少女。

 銀髪に、特徴的なメッシュの入ったツインテールの少女だ。


「<クリスタル・ミチル>!? どうして!?」

「さてな、いつの間にかデッキに入ってたんだ。さぁ……続けるぞ!」

「……っ! どこからでもかかってきてください!」


 かくしてファイトは激化する。

 このときの俺達が持てる全力を尽くしたファイト。

 そして後に、お互いとんでもないことをしていたと理解することとなる――ある意味、のファイト。

 その、ファイトの結末は――



 □□□□□



「いやぁ」


 そして、そのファイトが終われば後に残るのは閉会式だけだ。

 モンスターブースに残っている来場者はもういない。

 コスプレブースも、もうほとんど人はいない。

 後は、まだファイトに決着がついていないファイターと、その付添がいるくらい。

 閉会式は、開会式ほど人が集まっていない。

 まぁそりゃ、閉会式が終わったら後は帰るくらいしかやることないしな。

 本当なら屋台は閉会した後も客がいなくなるまでやってる予定だったんだけど。

 在庫が……全滅したからな。


「――終わっちゃいましたねぇ」


 そして、そんな閉会式の挨拶も終わって。

 俺とエレアは、帰っていく来場客をメインステージ脇の閉幕式でスタッフが待機する場所から見送っている。

 あれだけいっぱいいたお客も、ここまでくれば残りわずか。

 それも、もうすぐいなくなるだろう。


「祭りの後、ですねぇ」

「風流だよな、なんとなく」

「侘び寂びですねぇ」


 なんとも、エレアの日本人っぽい言い草に俺は苦笑する。

 この二年で、彼女もずいぶんとこっちに馴染んだものだ。

 本当に、当時のことを思い出してそう感じる。


「この後は簡単に片付けをして打ち上げですねぇ」

「闇札機関の本部を借りるんだったか」

「あれだけ人がいると、うちの店で打ち上げとかできませんからね」


 今回のスタッフの総数は、結構とんでもない数になっている。

 まず、闇札機関の学生が相当数参加してるからな。

 全員を収容するとなると、どこかしらのホールを借りるか闇札機関の本部を借りるかのどちらかしかない。

 むろんレンさんに頼めばそのどちらも可能なのだが、予算の関係で闇札機関本部になった。

 あそこには食堂なんかもあるから、打ち上げには最適だ。


「ある程度必要なものは撤収するとは言え、本格的な片付けは明日だ。支障をきたさないようにしないとな」

「そうですね! 飲み過ぎ注意ですよ!」

「俺はそんなに呑む方じゃないけど、それなりに酒には強いほうだ」


 少なくともエレアよりはな。

 ともあれ。


「……ところで、店長とのエキシビションが終わってから周囲の視線が温かいのは一体」

「ああうん、今は気にしなくていいんじゃないかな」

「そうですかぁ……?」


 そりゃあれだ、もし知ったら明日に支障をきたすかもしれないからな。

 こう、羞恥心で動けなくなって。


「んじゃーそうですねぇ、私ちょっと店の方に行ってきますね」

「荷物とか取りに行かなきゃか、行ってらっしゃい」

「はーい」


 打ち上げではビンゴ大会とかするんだが、景品はうちの余っている商品とかオリパである。

 それをこれから、取りに行かなければならないのだ。

 エレアが元気よく、店の方へ駆け出していく。

 それを見送ってから、俺は片付けに参加するため動き出す。

 そんな時だ。



「ここにいたのか」



 見知らぬ男――もとい、ダイアが後ろから話しかけてくる。


「まだいたのか。あんまり残ってると不審者として通報されるぞ」

「何、少し話をしたら帰るさ」


 今のダイアは普通の不審者ではない、本物の不審者だ。

 いや本物の不審者ってなんだよ。

 とにかく、いつもの不審者ルックではなく、この場にいる誰も知らない変なやつだ。

 正体を明かせば納得してもらえるだろうが、お前こんな真面目な変装できたのか、と驚かれるだろう。


「……どうして、今日はその格好で?」

「そうだな……普段の格好は目立つだろう? 君とこうして、二人で話せないと思ってな」

「別に、いつでもなれるだろ」

「今、しなくちゃだめなんだ」


 そう言って、ダイアは俺の横に並び立つ。


「このイベント……素晴らしいものだったな。君とエレアの二年間……その集大成のようだった」

「大げさ……でもないか、あんなガッツリ告白したらな」

「まぁ、実際にはそうではないようだが」


 どこか呆れた視線のダイア。

 まぁはい、少なくともエレアにそのつもりはありませんでした。

 でも映像には残ってしまっているので、対外的にはそういうことになるかと……はい。


「それに、だな。理由があると言っただろ、深い理由が」

「……まぁ、私は解っているよ」


 最終的にため息を吐くダイア。

 お前にだけは……と思わなくもないが。

 本人はいたって真剣だ。


「だからこそ、警告だ」

「なんだ?」

「――?」


 沈黙。

 想起されるのは、デビラスキングが言っていたこと。

 この会場に、デビラスキング以外の気配がする。

 そしてその気配の主は、まだ見つかっていない。

 だが――


。気配からして、エレアが負けることはない相手だ」

「そうだな、問題ない。彼女はきっと勝利するだろう。――しかし、だ」

「勝てる勝負と、重要な勝負はまた別、か?」


 そういうことだ、とダイアは頷く。

 正直、夜になってから少しずつダークファイターの気配は明瞭になってきている。

 存在することは確か、だが実力は大したものではない。

 俺が普段相手している、木端ファイターの方がまだマシと言うレベル。

 おそらく、生まれたてのダークファイターなのだろう。


 何より、今のエレアはこれまでと比較しても格段に精神的に充実している。

 真っすぐで、前向きで、希望に満ちている。

 そんなエレアが負けることはありえない、俺が保証する。

 だから、別に一人にしても問題ないと送り出したのだが――


「この一戦、君たちにとって重要な一戦になるかもしれないぞ」

「……わざわざ、それを言うために来てくれたのか?」

「そうだな」


 肯定するダイア。

 そこまではっきり肯定されると、なんだか恥ずかしいな。

 でも、それなら好意を無碍にするわけには行かない。

 俺は、力強く頷いた。


「……解った、エレアを追いかける」


 その言葉を受けて、ダイアは笑みを浮かべた。


「行って来い。それと――」

「それと?」

「帰ってきたら、あのときの答えをもう一度聞かせてもらおうか。あの時ははぐらかされてしまったからな」


 あのときの、答え。

 なんのことかは解りきっている。


『……いつから、彼女のことが好きになったんだ?』


 かつて、ダイアは俺にそう聞いた。

 その時俺は、一応俺なりにきちんと答えたつもりだったのだけど。

 ダイアはそれを本当の理由とは思わなかったようだ。


 その時のことを思い出しながら、俺はエレアを追いかけるべく走り始めた。

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