112 エレア・オン・ステージ

 本番開始直前。

 エレアが舞台裏でそわそわしていた。


「う、ううう……緊張! 緊張しますよ店長!」

「落ち着けエレア。このイベントを企画しようと思ったのも、そのために頑張ってきたのも。全てはこの時のためだったんだろ?」

「流石にそこまでじゃないですよぉ!」

「そういう一面もあるってことだ」


 俺がエレアにイベントの企画を任せようと思ったのは、それがエレアにとって何かしらの区切りになればいいと思ったからだ。

 エレアは迷っている、今もまだ。

 だからこそ、こうして今もすこぶる緊張しているわけで。


「ああああああっ! 素敵なエプロン姿の男性か、可愛い女の子はいませんかねぇ!」

「この場にはどっちも揃ってるぞ」

「んにゃあああ……」


 エレアは冷静ではない。

 適当に冗談を飛ばして緊張を和らげようとしたら、顔を真赤にしてうずくまってしまった。

 ……いやまて、俺は自分を「素敵なエプロン姿の男性」という部分を冗句だと思っている。

 しかしエレアにとっては、それはどっちも事実じゃないか?

 いかん、和らげようとして逆に緊張させてしまった。

 そして俺も少し恥ずかしい。


「店長のばかー! どうしていきなりそんなこと言い出すんですか!? ただでさえ告白云々の誤解で緊張がやばいのに!」

「す、すまん……俺としては本気で冗談のつもりだったんだ。ああいや、可愛い女の子ってのは事実だが」


 強いて言うなら、二十歳の女性を女の子というかどうかという点は議論の余地があるものの。

 あ、まずい。

 可愛い女の子を事実と言ったことで更にエレアが真っ赤になっている。


「やっぱり店長が私をイジメてるんですぅううう!」

「お、落ち着け!」


 ポカポカポカ。

 エレアは俺を殴り始めた。

 無論、痛くはない。


 まずいぞ、この光景を誰かに見られたら更に誤解が加速する。

 エレアの「告白」は決して俺に対するものではないはずなのに……!

 ええい、こうなったら……


「ほら、エレア。そろそろ時間だ!」

「え、あ、わ……」


 現在、俺達はメインステージの裏で待機している。

 レンさんのマイクパフォーマンスがそろそろ終わり、そろそろお呼びがかかるだろう。

 俺はそれを見越して、このままエレアを壇上に上げてしまおうと考えたのだ。

 もはやここまできたら、後は勢い。

 エレアならやれる、普段から配信で色々やってるんだから。


『ふむ、準備は良さそうだな。ではそろそろ現れよ、此度の宴の発起人!』


 レンさんが、いい感じにマイクパフォーマンスをまとめて俺達を呼び出す。

 ……あの人のことだ、こっちで俺達がどんなやり取りをしているか概ね予想がついてるんじゃないか?

 このことは、エレアには伝えないほうがいいな。

 更にエレアの緊張が加速しそうだ。



『棚札ミツルと、エレア!』



「え?」

「うん!?」


 ――っていやちょっとまてぇ!

 俺達は、レンさんが発した聞き捨てならないセリフに、思わず体がつんのめってしまう。

 そのまま二人で、勢いよくステージへと転がりでた。


「おお……流石夫婦……くんずほぐれず……」

「これを見に来たんだよ!」

「ああいう感じの破廉恥もありなのね……」


 観客達の反応が耳に届く。

 二人目おかしくない?

 そして三人目はこれよく聞いたらハクさんだ!


『ふん、舞台裏でもイチャついているからだ』


 あ、やっぱり裏で俺達がうだうだやってるの気付いてたのね。

 不幸中の幸いは、それを指摘されたタイミングでエレアが正気じゃなかったことだな。

 ……いや全然幸いじゃないぞそれ!?


「え、エレア、ほらステージだから、早く立とう」

「ひ、ひにゃらひれはれー……」


 エレアは緊張と羞恥と混乱で完全に冷静さを失っていた。

 こうなってしまっては致し方あるまい。

 俺はなんとかエレアを立たせると、リハーサルで確認した場所へエレアを連れて行く。

 反対側に俺が立ち、これからファイトを始めるのだ。


「と、というわけで紹介に与ったカードショップ“デュエリスト”店長の棚札ミツルだ。こちらは店員のエレア。今回メインステージでの最後のファイトを務めさせてもらうことになった」

「んへへー」


 俺が気を取り直して真面目に前口上を話し始めると、エレアはなんだか幸せそうだ。


「今回、俺達が企画したこのモンスターランドカーニバルに参加してくれたこと、大変嬉しく思う」

「てんちょー……てんちょー……」


 あああ、エレアが何かうわ言を……。

 まずいぞ、まずい流れだぞ。


「俺達がどうして、この場を借りて最後のファイトを行うのか。色々と変な噂が流れているようだけど、その理由についてはこれからエレアが、語ってくれるはずだ。楽しみにしていて欲しい」

「てんちょー……ちゅっちゅ……」


 ――楽しみもなにもあったもんじゃねぇな!?

 もはやほぼ答えだろ、みたいなつぶやきに会場はどよめいている。

 いや違うんだ、聞いてくれ! 本当に「告白」は俺に対するものじゃないんだって!


 ええい、こうなったらしょうがない。

 もうこのままファイトに突入するぞ!


「と、とにかく! 行くぞエレア! これがこのイベントの最後を締めくくる……俺達のファイトだ!」

「はっ、い、行きます!」


 ――たとえ正気を失っていても、ファイトを始める段階になればファイターとしての本能が刺激される。

 結果としてエレアは正気を取り戻し、俺達はイグニスボードを構えた。


「イグニッション!」

「い、イグニッション!」


 そのかけ声に歓声があがり、ファイトが始まる。

 歓声が収まったあたりで、エレアはようやく落ち着きを取り戻したようだ。


「……ふぅ、想定外のことは色々ありましたが」

『想定外なのは貴様らの色ボケ具合だバカめ!』

「なんですとー!?」


 なんてやり取りもありつつ、エレアは深呼吸して自身の感情を切り替える。

 よくぞあそこから、ファイトに意識を向けられるな……と思うが。

 今回のエレアにはそれが可能な“種”がある。

 そしてその種こそが、エレアの告白したい内容そのものでもあった。


「……こほん。本日は、お集まりいただきありがとうございました!」

『おお……案外、緊張せずに挨拶することもできたのだな……』

「レンさんはさっきから、私を何だと思ってるんですか!?」


 いやまぁ、開会式の挨拶も緊張しっぱなしだったから、そう思うのも無理はない。

 というかレンさんのツッコミは、会場にいる人たちの代弁みたいなものだった。


「とにかく。私はこうして、今回私達が企画したイベントに、多くの人が集まってくれたことを嬉しく思います」


 エレアが真面目な話をし始めたことで、会場の空気が少し落ち着いたものになる。

 まだ、どこか浮ついたものがあるものの、このままエレアが話を進めていけばいずれは真面目な空気になるだろう。


「私はある時から、この事を皆さんに伝えたいと思っていました」


 ある時。

 それは、一体いつの時からか。

 観客席にいた刑事さんが、ふと視線をエレアに向ける。

 それは、このイベントの企画が立ち上がった時?


「別に、大層なことではありません。変な話題でもなければ、よくない話題でもありません」


 視線を感じる。

 ハクさんがこちらを見ていた。

 そもそもこのイベントが企画されたきっかけは、ハクさんがエクスチェンジスーツを使ってファイトしたからだ。

 ある時、とはその時のことだろうか。


「ただ、なんとなくきっかけがなかったんです。私自身、このことを話す理由はなかったですし……秘密にしたい理由もありましたから」


 ――違う。

 そもそも、今回の物語の始まりはそこにない。


「あ、秘密にしたい理由は、ぶっちゃけ秘密にしたいからです。……この事実を知ってる人は限られていて、その中に店長も含まれますから」


 その言葉に、ハッとなったのはヤトちゃんだ。

 エレアが秘密にしていることで、エレアが「店長と自分だけの秘密にしておきたい」秘密。

 それを、ヤトちゃんは知っている。


 そもそもヤトちゃんが、エレアの秘密を知ったから。


 だから、この物語は始まったのだ。


 ……ところで、少し観客の空気が怪しいんだけど。

 今のはエレア的には惚気じゃないからな?

 いや惚気なんだけど、本人は今、そう思ってないからな?

 とりあえず、話の方向修正がうまくいくことを祈ろう。


「今回、このイベントはモンスターに仮装したファイターと戦うイベントとして企画されました。そして皆さんもご存知のことかと思いますが、この世界にはモンスターが実在します」


 一般的に、モンスターの存在は認知されている。

 だが、日常生活で一般人がモンスターの存在を意識することはない。

 精霊タイプであれば、そもそも見えなければ意識することができないし。

 人間タイプであれば、そもそも人間とそこまで見た目は変わらないのだ。


「彼らは、実はこの世界のいたるところにいて、けれども普段はあまり意識されずに生活しています。なぜなら、意識する必要があまりないからです」


 それでも、確かにこの世界にはモンスターが存在していて。

 この「モンスターランドカーニバル」も、そんなモンスターに仮装することでイベントとして成立している。


「ですが、それでも彼らはモンスターで、人とはやっぱり少し違います。だから彼らは、ことさらにその正体を晒そうとはしません」


 結局のところ、この世界におけるモンスターとは、言ってしまえば「少し違う隣人」。

 外国の人がこの国に留学してくるようなもので。

 どうしても、意識されると浮いてしまうのだ。


「それでも、彼らがその正体を知ってもらおうと思う時があるとすれば、それは――」


 エレアが、自身の手札に視線を落としながら、語る。

 なんとか方向修正がうまく行った。

 何より、すでにエレアがこれから語ろうとしている内容を観客たちも察しつつある。

 これだけ露骨に「モンスター」の話をしているのだ。

 ならば、その内容は――



「――私がと共に歩むことを、受け入れられるようになったから、です」



 ――――ん?

 いやまて、打ち合わせだとエレアは「大切な人たち」とここで言うはずだ。

 なぜならエレアが自身の正体を明かそうと思った理由に俺は関係ない。

 ヤトちゃんがきっかけだったからだ。

 でも、これだと明らかに誰か特定の人物を指しているようにしか聞こえないぞ!?


「見ていてください、これが私の……本来の姿!」


 まずい、訂正する余地がない。

 エレアはすでに、“あのカード”をフィールドにサモンしようとしている。

 手札のカードで止めることはできるが、流石にこれを止めたらいろんなものが台無しだ!

 かくして――



「これが、世界あなたと共に歩む私の姿! <帝国の尖兵 エクレルール>をサモン!」



 どう考えても告白にしか聞こえない前口上とともに、エレアがその場にサモンされた。


 ――観客は歓声を上げる。

 エレアは満足げにそれを見て頷く。

 だが、双方の思惑は完全にすれ違っている。

 もはやそれを訂正する手段はない。

 この状況で、俺にできることはただ一つ。


「さぁ、店長! このファイトを、私と店長の新たな一歩にしましょう!」

「……ああ! 後悔させないファイトにしてみせるさ!」


 このファイトを、後々になっても納得の行く。

 最高のファイトにすることだけだ――!


 かくして、俺は突如としてエレアと自分の新たな門出みたいなファイトに臨むこととなるのだった――

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