104 その忍者、本物につき

 会場には様々な来客の姿があった。

 普通の一般人ファイターから、テレビで見たことのある有名人まで。

 このイベントが、多くのファイターから注目を集めている証拠だろう。

 中でも特徴的なのが、ベアトリクスさんのような目立つ衣装の人間だ。

 このイベントでは、コスプレブースを設けることでモンスターに仮装した人間も闊歩している。

 だから、大きく目立つわけでもないが……やはり甲冑姿は、目立つ。

 ベアトリクスさんの場合はそれが正装だから致し方ないのだが。

 中には、それが普段着という人もいる。


「店長殿! エレア殿! ご無沙汰でござる!」

「風太郎じゃないか、よくきてくれたな」

「楽しんでくださいねー」


 挨拶にやってきた風太郎――秘境“剣風帖”出身のサムライファイター。

 今日も和服姿の、いつも通りの服装である。

 故に、目立つ……のだが。


「それにしても、ここはすごいでござるな。拙者がでござる」

「そういうイベントだからな」


 だが、風太郎の場合は違う。

 彼の場合は、イベントにいないほうが目立つのだ。

 秘境の人間だから、文化が違うのである。

 ベアトリクスさんはこれまで甲冑姿しか見たことないが、現代の人だからな。

 普段の姿は、きっと美人であること以外に目立つ要素はないのだろう。


「ところで、任次郎をみなかったでござるか?」

「任次郎さん……ってどなたですか?」

「そうか、エレアは会ってなかったな」


 任次郎。

 風太郎の親友にして右腕の忍者だ。

 こってこてな忍者で、思わず会うと感動してしまう。


「えぇー、そんな感動しないと思いますけど」

「いや絶対する、エレアはする」


 俺だってしたんだから。

 ともかく、どうやら風太郎は任次郎とはぐれてしまったようだ。

 とはいえ任次郎も忍者である、このイベント会場にあってそうとう目立つはずだ。

 忍んでいなければ、だけど。


「スタッフに聞いてみるか」

「かたじけないでござる。やはり境界師殿の言う通りすまほなるものを持ち歩くべきだったでござるなぁ」

「まぁしょうがないですよ、アレ、使い方複雑ですし」


 うんうんと頷くエレア。

 完全和風世界の出身である風太郎たちほどではないが、エレアもスマホの慣熟に苦戦していた身だ。

 まぁ、器用だからいつの間にか使えるようになっていたが。

 仮に「帝国」世界のハクさんくらいの機械習熟度の人だったら、こうはいかないだろう。


「ん、あっちで人だかりが……」


 スタッフに話を聞きに行こうとしたところで、不意にエレアの視線が人だかりの方に向く。

 気配に敏感だから、すぐに気づいたのだろう。

 と、その人だかりから――



「忍法、影分身の術!」



 と、声が聞こえてきた。

 ……あそこにいるんじゃないか?


「今の声は……任次郎でござる!」

「あたりみたいだな、行ってみよう」

「はい!」


 三人で人だかりに突撃する。

 苦労しながらも、たどり着いた俺達が見たものは――


「ははは、どうだ!」

「おお、すごい……すごいよ任次郎さん……!」


 分身して人数分の声が重なってる任次郎さんと――あれは……クロー!?


「クロー、何してるんだ?」

「あ、店長。この任次郎さんって人、すごいんだ。本物の忍者なんだよ」


 そこにいたのは、クール少年のクローだった。

 単独行動というのは珍しいが、ネッカ少年がアツミちゃんに連れ回されているのは知っているので、疑問には思わない。


「これはこれは店長殿、お久しゅう。……風太郎もいたのだな、拙者を探していたのだろうか」

「そうでござるよ、心配したぞ任次郎」

「申し訳なかった。少し厠を探していたら迷ってしまってな……」


 なるほど。

 まぁ、この人だかりだ。

 迷ってしまうのも無理はない。

 俺は軽く任次郎さんと挨拶を済ませて、クローの話を聞く。


「店長、任次郎さんと知り合いだったのか」

「ああ、以前店が大繁盛した時に、少しな」

「あの時か、アレは楽しかったな。いろんなファイターと戦えて」


 当時は、ダイアを除く常連に各地からやってきたファイターとのファイトを手伝ってもらっていた。

 そこでの経験は、クロー少年にとってもいい思い出になったようだ。


「んで、クローは忍者が好きなのか」

「俺、前に修行のしすぎでサムライになっちゃったことがあるだろ?」

「字面だけ聞くと、何言ってるかさっぱりですね」


 まぁ、なってしまったのだ。

 エレアのツッコミはさておき、以前クローが修行の果てにサムライになっていたのは事実である。


「あれから、俺……サムライとかそういう和風のものに興味が出てきてさ。<蒼穹>もなんか和っぽい骸骨の集まりだし」

「ほほう、サムライに興味があるでござるか。少年、良い目の付け所でござる」

「ほ、本物のサムライ!?」


 と、そこで話に入ってくる本物サムライこと風太郎。

 なんかサムライに興味があると言われて、嬉しそうだ。


「うむ、拙者は剣風帖と呼ばれる秘境からやってきた、見ての通りサムライでござる」

「お、おお……」


 クロー少年は感激に打ち震えている。

 どうやら本気で和風っぽいものに興味がでているようだ。

 反応が、推しに対面したエレアみたいである。

 流石に溶けたりはしなさそうだが。


「――そこまでだ、風太郎。この少年は確かにサムライにも興味があるが……本命は忍者だ」

「そうなのか?」

「あ、うん……何ていうか、忍んでるのが落ち着いたかっこよさがあるよな……って」


 どうやら、クール少年的にはサムライよりも陰に潜む忍者のほうが好みなようだ。

 ネッカ少年なら、サムライのほうが好みな可能性高いぞ、これは。

 何かあるたびに意見が衝突してるからな、ネッカとクロー。


「ふむ……クロー少年。少し見ているでござる」

「う、うん」


 そう言って、風太郎はスペースを確保した。

 周囲の人にすこしどいているようにいって、あるものを取り出す。

 それは……カードパックだ。

 そして取り出したカードパックを、天高く放り投げる。


 直後、風太郎は一瞬だけ目を閉じて――


「……ふん!」


 見開いた!

 同時に、刀の形をしたイグニスボードが抜剣。

 落ちてきたカードパックに対して閃く。

 結果――


「……パックが、キレイに開放されてる!」


 ひらひらと、パックの上の部分が宙を待って。

 中身が入った部分を風太郎が手にしていた。


「どうでござる。これがサムライの実力でござる」

「す、すごい……すごいよ風太郎さん!」


 クロー少年は、任次郎さんが分身をしたときと同じ反応をした。

 対して、納得が行かないのが任次郎さんである。


「おのれ風太郎……ずるいぞ!」

「ずるくなどない、コレは拙者の修行の賜物でござる!」

「……であれば!」

「ふん、最初からこうするしかなかったでござるよ!」


 そう言って、任次郎さんも風太郎さんもイグニスボードを構えた。

 どうやらこの場でおっぱじめるようだ。

 イベント会場は、こういう突発的なファイトを想定して広い場所を借りているから問題ない。



「イグニッション!」



 かくして、サムライと忍者。

 譲れない親友同士のファイトが始まった。


 それにしても――


「まさか、クローがサムライと忍者に目覚めるとは」

「意外ですねぇ」

「将来は……エージェント忍者機関に務めるのもありかもしれないな」

「あるのか!?」


 うお、めちゃくちゃ食いついてきた。

 いやまぁ、あるかないかだとめちゃくちゃあるだろ。

 秘匿組織だろうから、縁がないと存在自体把握できないだろうけど。


「案外、クローに目をつけて、クローの事を観察してるかもしれないな」

「いやいやー、そんなことないだろ」

「もしかしたら、その辺にいるかもしれないな」


 そう言って、俺がなにもない場所を指差すと――



「……なぜバレた」



 なにもない場所から、任次郎とはまた別の忍者が現れた。

 うわ、本当にいた!?

 俺とクローは、一緒になって驚愕するのだった。

 なおエレアは最初から把握していた。

 エレアの偵察能力すげぇ。

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