95 過去:負けないでください、店長! 宿命の対決、店長VSダイア ①

 エレアがやってきて、結構な時間が経った。

 シズカさんのアドバイスを受けて配信者を始め、エレアも少しずつ明るく前向きになってきた。

 というか、最近は出会った当初の鉄仮面が信じられないほど、表情がコロコロと変わる。

 今のエレアは見ていて飽きない、というか。

 見ていると元気が湧いてくるような。


「店長、店長。こっちの片付け、終わりましたよ」


 はにゃっとした、自然体の笑みを浮かべてくれている。


「お疲れ様、エレア。そろそろ閉店だから、ゆっくりしてくれてていいよ」

「いえ、そういうわけには行きません。私はこの店の店員ですから」


 とはいえ、まだまだ真面目すぎるというか……気負いすぎるところがある。

 もう少し肩の力を抜いてくれると、俺としても見ていて安心できるのだが。

 まぁそこは、少しずつ慣れていくしかないだろうな、と思うところだ。


「んじゃあそうだな、店を閉めたら二人で少しゆっくりしよう。そのためにお茶を入れてもらえるか?」

「……はい、わかりました!」


 なので今は、こうしてゆっくりしてもいい時は落ち着いて作業できることをエレアに頼むことにしている。

 終わればゆっくりする、と事前に伝えられているのも悪くない。

 そうして、バックルームへ下がろうとしたエレアが、しかし。



「――下がってください、店長!」



 突然、警戒した様子で俺の前に立った。

 不意に、扉が開く。

 もう閉店間際なこの時間に、一体誰が入ってくるというのか?

 はっきり言って、エレアが警戒するのも無理はない。

 夜遅くにやってくる人間がダークファイターである可能性は、残念ながらそこそこあるのだ。

 まぁ、流石に営業中の店内にやってくる確率は一割くらいだが。

 いやたっけぇな……。


 とか思っていると、そいつは俺達の前に現れた。

 ニット帽とサングラスで顔をかくした不審者だ。

 身長は2メートルちかくある、がっしりとした体躯の巨漢だ。

 あきらかにやべーやつである。

 とはいえ――


「って、なんだ。トウマじゃないか」


 俺からすると、そいつは見知った相手なのだが。


「やぁ、ミツル。久しぶりだな、ようやく会いにこれたよ」

「そっちも忙しそうだからな、シズカさんは大丈夫か?」

「事件も無事に解決したからな、今は元気にやってるよ」


 逢田トウマ。

 俺の親友にして、日本チャンプの称号を持つトッププロファイター。

 変装をしているのは身バレ対策か?

 いや、逆効果だろ……。


「それにしても……いい雰囲気の店だな。ミツルらしい」

「本当ならトウマには一番に観てもらいたかったんだがな……」

「流石に、世界の危機真っ只中では、どうもな」


 そんなトウマだが、俺の店にやってくるのはコレが初めてのことだ。

 というのも、最近までプロリーグにダークファイターが潜り込むという事件が起きていたのである。

 シズカさんの時に話したアレだ。

 事件が無事に解決し、それを解決するべく奔走していたトウマもようやく俺の店にやってくる余裕ができた、というわけ。


「それで……」

「どうした?」


 なんて、話し込んでいたトウマが、視線を下に向ける。

 そして――



「……この子は、どうして俺を睨んで唸ってるんだ?」



 エレアの方に目を向けた。


「ぐるるるるるる……」

「ああ、うん。前にも話したけど、彼女はエレア。俺の店で店員をしてもらっている」

「ぐるるるるるる……」

「君があの。ミツルから話は聞いてるよ、俺はトウマ、よろしくな」

「がうっ! がうっ!」


 うわ、吠えた!

 どうやら相当トウマの事を警戒しているようだ。

 なんで……?


「……この人、店長と距離が近いです」

「え、そういう?」

「ぐるるるるるるる……」


 そう言って、エレアは俺をかばうようにしながらトウマを睨みつけた。

 いやそこはほら、俺達中学からの親友なわけだし。

 どうしたものかと悩む俺に対し、トウマは少し目を丸くしてから。


「……は、ははははは! そうかそうか、なるほどなぁ」

「何がなるほどなんですかっ」

「いやぁ、まさかあのミツルにも春が来るなんてなぁ」

「はうっ!?」


 春!?

 思わず二人して目をむいてしまった。

 畜生こいつ、自分の色恋にはめちゃくちゃ疎いくせに!

 コハナちゃんとミーシアさんが、どれだけ気を揉んでると……!

 こほん。


「あ、いえあのその、まだお付き合いとかは……」

「そうなのか? おいおいミツル、いくら何でもそれはひどくないか?」

「お前にだけは言われたくない……!」

「あうううう……」


 これには色々と事情があるんだよ!


「とにかく! こうしてやってきたってことは、目的があるんだろ?」

「おっと、そうだった」


 話題を逸らすと、トウマは少し姿勢を正して俺と向かい合う。

 表情も、日常の穏やかなものから、ファイターとしての闘志に満ちたものへ変わった。



「俺とファイトしてくれ、棚札ミツル」



 内容は、とても端的なもの。

 そして、俺もなんとなくトウマがこの店にやってきた時から察していたことでもあった。


「ああ、わかった」

「え、あ……店長、この人とファイトするんですか?」

「そうだが?」


 真っ赤になって今にも溶けてしまいそうだったエレアが、元に戻って不安そうな顔でこちらを見上げる。

 だって……と、エレアは続けた。


「だって……この人、逢田トウマさんって、今――公式戦で記録を継続中です……よね?」


 そう、その通りだ。

 今のトウマは、今年に入って公式戦で誰にも負けていない。

 ダークファイターとの事件があったにもかかわらず、だ。

 もちろん、そのダークファイトも全勝しているらしい。


「もっと言えば、公式戦以外でも今年は一度も負けていないな」

「それ……明らかに普通じゃないですよ」

「ははは、まぁ私もそう思うが……だからこそ、私はミツルに挑みたいんだ」


 普通、どれだけ強いファイターでも常勝無敗ではいられない。

 どこかしらで敗北を経験するものだ。

 しかし今のトウマは違う。

 全戦全勝。

 一度として、こいつは誰かに負けていないのだ。

 今年に限っては……というか。

 を使いだしてからは、という注釈はつくが。


「本当は、<グランシオン>の初お披露目はミツル相手がよかったんだがな」

「おいおいやめてくれよ、そういうファイトに滅法俺が弱いって、トウマならよく理解ってるだろ?」

「だからこそだ! ははははは!」


 こいつ……。

 あ、エレアが俺達の理解ってる感でてる会話でまた唸り始めている。

 一旦落ち着こう、お互いに。


「とにかく、ファイト自体は大歓迎だ。今からでも始めよう」

「そうこなくっちゃな」


 話を戻して、俺達は店の中央にあるイグニッションフィールドへ近づいていく。


「あ、あの、店長」

「あ、エレア。悪い、ゆっくりするのはコレが終わってから――」

「いえ、それはいいんです。ただ、その……」


 そこで、少し言葉を交わしてから。

 改めて俺とトウマはフィールドに立った。


「さて、トウマ」

「……ん、ああ、いや」

「どうした?」


 軽く前口上を、と思って口を開いたら、トウマが少し変な反応をする。

 俺が問い返すと――


「……ダイア」

「ん?」

「覚えてるだろう、私が学生時代にカードショップに参加する際、使用していた名前だ」

「……ああ」


 納得する。

 確かにカードショップなら、その名前で呼ぶのが自然だろう。


「なら、俺はミツルではなく店長……と」

「そうだな、ここではお互い、最もふさわしい呼び名を使うべきだ」


 俺達はうなずきあって――


「さぁ、始めるぞ……ダイア!」

「ああ、ようやくこのデッキで君と戦える、楽しみで仕方がないな……店長!」


 カードを構え、



「イグニッション!」



 闘志に、火を付ける。


 そしてそれを、


「……負けないでください、店長」


 エレアは、祈るように見守っていた。

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