93 これよりデスゲームを開始する!(しない)

「はっ、ひどい目にあったぞ!」


 月兎仮面がルンルンで会議室をでていった後、レンさんが目を覚ました。

 こら、女の子が足を持ち上げてその勢いで起き上がるんじゃありません!


「むうう、月兎仮面め。また強くなっていないか?」

「あの人すごいんですよ、店長がほぼ全力出すところまで追い詰められてるんですから」

「中々の強敵だったな」


 うんうんと頷く。

 月兎仮面はともかく、そのファイトは非常に楽しかったのだ。

 ああいう強者とのファイトは本当に楽しい。

 問題は月兎仮面がネタキャラの類なので、負けた時に周囲から向けられる視線が辛そうということか。

 そのクセ、下手を打つと普通に負けるくらい強い。

 いやはや困ったものだ。


「だいたい、我が配下の者たちも配下の者たちだ。防衛に向かったはずなのに速攻で突破されているではないか」

「レンさんが本気出せれば、話は早いんですけどねぇ」

「あ、エレアそれ地雷……」

「ぐさっ」


 レンさんが倒れた。

 まぁ、出力が不安定なのはレンさん自身が一番気にしていることだろう。

 この感じだと、成長していけば解決すると思うんだけどなー。

 いや今は関係ないんだけども。


「とーにーかーく! 待たせたからな、本題に入るぞ!」

「待たされたって感じはしないけどな」


 いいながらも、席につく。

 エレアは俺の隣に、ヤトちゃんは少し考えてレンさんの隣に座った。


「良い判断だ夜刀神よ! 我を一人ぼっちにしていたら今日のおやつを抜きにしていたところだ!」

「いや、間食は太るし食べないけど」

「健康的!」


 本題はどうしたんだ、本題は。


「こほん。それで、イベントのキャストに我の配下を貸してほしいということだったな?」

「ああ、そうなんだレンさん。今回のイベントのキャストとなると、一番向いているのがここのエージェントだから」

「そうだろうそうだろう。我が手ずから鍛えているからな」


 まぁ、求めているのはキャストとしての接客能力なんだけど。

 そっちもレンさんが従者喫茶で鍛えているから、問題ないか。


「さて、配下の貸出は当然構わん。というよりも、イベントを開催するなら我の方から頼もうかと思っていたくらいだ」

「そうなのか?」

「闇札機関はエージェント組織ではあるが、その多くは学徒によって構成されている」


 言いながら、レンさんは入室してきたリュウナさんが入れたココアを口にする。

 あ、リュウナさんが出ていった。

 ちなみに俺達のところにも飲み物が。

 俺はウーロン茶で、エレアがココア、ヤトちゃんがコーヒーだな。

 言われずとも、それぞれが呑みたい飲み物を把握している……!


「当然、卒業によって組織を離れるものも多い。現在の十二天将が一人、騰虵には会ったか?」

「ロウさんだろ? 会ったよ、将来有望な青年だな」

「うむ。そして来年には高校を卒業する学徒でもある。今は進路に悩んでいるようだが……おそらく、組織には残らないだろう」


 学校を卒業すると、多くのエージェントは組織を離れるらしい。

 単純に、闇札機関が学生のノリで構成されすぎているからだ。

 この空気に、社会人エージェントとして加わるのは俺も遠慮したいな。

 行き先は進学か、就職か。

 進学の場合は、大学卒業と同時にプロファイターになる事を目指して。

 就職の場合は、別組織への移籍だ。

 ネオカードポリスになることが一番多いという。


「狼牙は責任感が強い。おそらくはエージェントの方向に進むのだろうが……我にできることは、その選択肢を増やすことだ」

「イベントへの参加も、そうだと?」


 頷く。

 学生のうちに社会経験を積むことは、非常に得難い経験だ。

 俺も高校時代はカードショップの店員としてアルバイトをしたりしている。

 そういう経験を、レンさんは部下にしてもらいたいのだろう。


「というわけで、詳しい話を聞かせるが良い! こういうイベントに対するノウハウは我にもある! アドバイスができるぞ」

「レンさんは本当になんでもできるな……」


 どう考えても忙しいだろうに、これで八時間睡眠は絶対厳守だというからどういう時間管理をしているのだろう。


「ただ……一つ問題がある」

「問題?」


 そう言いながら、レンさんはエレアが取り出した資料に目を通していく。

 凄まじい速読だ、俺もこのスキルほしい。


「……やはりか。資料にもあったが、必要なキャストはだいたい二十人か?」

「あ、そうですね。交代要員も必要ですけど、だいたいそれくらい人員がいれば十分なはずです」

「ふーむ……もう少し増やせないか?」


 何やら難しそうな表情のレンさん。

 自分が無茶を言っているのを承知の上で、とりあえず聞いてみているようだ。


「エクスチェンジスーツにも限りがありますので……難しいと思います」

「だろうなぁ」

「何が問題なの?」


 問いかけるヤトちゃん、俺は少し考えて……ピンと来た。


「うむ、夜刀神よ。我が組織のエージェントは総勢何名だ?」

「えーと、確か50人くらいいたわよね」

「多いですねぇ……」


 めちゃくちゃ多い。

 なんなら、この街のネオカードポリスの人員より多くない?

 まぁ、この街の秘匿組織が全て闇札機関に集約されていると考えると、そんなもんなんだろうけどさ。

 他の街だと、もっと中小の秘匿組織がわらわらあって、勢力争いとかしたりしている。

 うちの街はネオカードポリスと闇札機関だけなので、平和だ。


「で、二十人となると……参加できるのは半数にも満たないわけだ」

「あー、えっと。つまり……」

「我が配下達のことだ、骨肉の争いになるぞ……!」


 学生ノリの極致……! こういう楽しいイベントは我も我もって参加したくなるものだ……!


「え、いや私はどっちでもいいけど……」

「インドアめ! だが夜刀神は十二天将だ、組織の幹部としてイベントには参加してもらうからな!」

「いやってわけじゃないわよ? まぁ、インドアなのはそうだけど」


 ただまぁ、ヤトちゃんみたいなタイプもいるだろうから、そんなにどうしても参加したいって人はいないんじゃないだろうか。

 最終的に、十二天将十二人と、積極的に手を上げた八人。

 ちょうどいい感じだと思うが……


「まぁ、最終的にはそうなるだろうが……」


 と、その時である。


「大変です、お嬢様!」


 リュウナさんが、会議室に飛び込んできた。

 レンさんはそれに、やはりか……とつぶやいて視線を向ける。

 どうやら、恐れていた事態が起きてしまったようだ。


「何があった?」

「それが……」


 リュウナさんは少し逡巡してから――



「イベントの参加権を賭けたデスゲームが始まってしまったのです……!」



 で……


「デスゲーム!?」

「はい、負けると夕食のおかずが一品勝者に取られます!」

「おかずデスゲーム!?」


 そりゃ学生にとってはデスゲームだわ!


「いやでも、なんでそんな事になったんですか?」

「最近、闇札機関でデスゲームもののマンガが流行ってるのよ……多分その影響ね」

「流行を擦るなんて学生みたいなことを……」


 いや、学生なんだけどさ。

 ようするに、イベントに参加するメンバーをデスゲーム方式で選抜することにしたってわけか。

 デスゲーム方式ってどんなルールだよ……まぁ、本人たちが楽しそうならいいけど。


「…………」

「れ、レンさん?」


 それはそれとして、レンさんの雰囲気が怪しい。

 顔を伏せて黙りこくっている。

 俺が恐る恐る呼びかけると、バッとレンさんが顔を上げた。



「ずるいぞアイツら――! 我もデスゲームの黒幕役がやりたいぞ!!」



 ……ああ、うん。

 レンさんもハマってたのね。

 ともかく、どたどたとレンさんは駆け出していった。

 この組織、楽しそうだなぁ。


「……私達はどうします?」

「放っておきましょ……」

「あ、ちなみに夜刀神様」

「どうしたの? リュウナさん」


 おや、リュウナさんがレンさんに同行しなかった。

 珍しいな。


「――今の黒幕役は月兎仮面様です」


 それを聞いて、一瞬ヤトちゃんがこっちを見た後。


「……姉さん!!!!」


 すごい顔で飛び出していった。

 いやまぁ、月兎仮面はレンさんを除いたら組織で一番強いし、実質外部の人間だから公平な見届け役として適任なんだけど。

 まぁ、飛び出すよな、うん。

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