92 侵入者あり! 侵入者あり! 相手は……痴女です!

 ふと、そろそろ会議室に向かおうかというところで、けたたましい音が施設内に響き渡った。

 これは……警報?


『報告します! 施設内に侵入者あり! 施設内に侵入者あり!』


 にわかに、周囲が騒然とする。

 こんな侵入する旨みなんてかけらもない施設に……侵入者!?

 確かに、倉庫を漁れば浄化されたレアカードが結構眠っていることだろう。

 しかしだからといって、その量は大した量じゃない。

 はっきり言ってカードショップの方が圧倒的にレアカードの数は多いだろう。

 俺の店じゃなくても、だ。

 だというのに、ここには普通のカードショップ以上にファイターがいる。

 それもエージェントとして認められた精鋭ばかり。

 十代の少年少女が主であるという懸念点こそあるものの、ヤトちゃんやロウさんの実力はプロにも引けを取らない。

 そんな施設に侵入するなんて、よっぽどの狂人か、単なるバカだ。

 一体誰が侵入してきたのかと俺が疑問に思う中、アナウンスが続ける。



『相手は……痴女一名! 月兎仮面です!』



 ――――うん。

 思わずそりゃ侵入してくるよな、と思ってしまったが。

 流石にそれはハクさんに失礼なのでやめておこう。

 っていうかハクさんじゃねーか! 普通に仲間じゃねーか!


「……それと、店長がいる時点でまともな侵入者でないのは解りきったことですよ」

「エレアはなんてこと言うんだ」


 ちょっとくらい真面目な侵入者の可能性もあるだろ。

 まぁ、その場合は多分末端の雑魚なので、やっぱり狂人の類に変わりはないわけだが。


「ええと、あれよ。さっきも言った通り、姉さんはここのメンバーだけど、月兎仮面は外部の人間なのよ」

「マスクファイターの正体は、本人がマスクを取るか、マスクファイター同士のファイトで敗北しないとバレたことにならないからな……」


 ヤトちゃんの言葉に、ロウさんが補足する。

 この世界は、マスクファイターの正体を見抜ける人と見抜けない人がいる。

 なぜ見抜けない人がいるのかは不明だが、そういう人に配慮してこういう決まりになっているのだ。

 法律で定められてるからな、立派なルールだぞ。

 いやなんでだよ。


「それで、月兎仮面は辻ファイターだから、いろいろな人にファイトを挑んでくるのよ。それは闇札機関の中でも変わらないわ」

「なんて大胆な人なのでしょう……」


 大胆で済ませていいのかなぁ。

 ……まぁ、ようするにこれは茶番、というか訓練のようなものらしい。

 施設内に侵入した敵ファイターをファイトで制圧するという。

 至ってシンプルな訓練だ。


「悪いが、俺は十二天将の一人として……闇札機関トップランカーとして、月兎仮面の侵攻を防がなくてはならないので失礼する。では!」

「わわ、行っちゃいました」

「楽しそうね……」


 今のやり取りと、先程のファイトでなんとなくロウさんの性格が理解った。

 彼はファイトジャンキーだ。

 とにかくファイトすることが好き。

 相手が自分より強ければなおよし。

 そんな感じなんだろう。


「私達はどうしますか?」

「とりあえずこのまま会議室に向かおう、これが訓練なら邪魔するのも悪いし――」


 なんとなく、このタイミングで現れた月兎仮面の意図がきになるものの。


「……向こうにそれ以外の狙いがあるなら、別にこっちから向かう必要はない」

「それもそうね……じゃあ、案内するわ」


 まぁ、道中出くわすかもしれないしな。

 その時は、招かれた身ではあるけれど。

 月兎仮面とファイトするのもいいかもしれない。

 俺、覚醒した月兎仮面とファイトしたことないんだよな。

 前回は覚醒前だったからな。

 うずうず。


「……同類ですよ、アレは狼牙さんの同類ですよ」

「人のこと言えないわよね」


 エレアとヤトちゃんがなにか言っているが、俺は気にせず会議室へ向かうこととした。



 □□□□□



 そして、



「――待っていましたよ、店長」



 そこに、月兎仮面はいた。


「な――」

「ねえさ……月兎仮面!?」


 思わず驚くエレアに、姉さんといいかけるヤトちゃん。

 俺達が会議室に入ると、机の上にシートを敷いて月兎仮面が待っていたのだ。

 そして足元を見ると――


「……レンさん!?」


 レンさんが倒れていた。

 目を渦巻きみたいにしている。

 イグニスボードが隣りにある辺り、ファイトの末敗れたようだ。


「今日は、貴方にお話があってまいりました」

「俺に用事があるなら、別に闇札機関を襲撃する必要はなかったのでは?」

「ついでに闇札機関でファイトがしたかったからです」


 ハクさんは痴女な側面が目立ちすぎているが、彼女も立派なファイトジャンキーである。

 伊達にエージェントをしながらファイトクラブに所属していない。


「それで……一体俺に何のようだ?」

「ええ、そうですね。……このファイトに勝利したら」


 言いながら、イグニスボードを構えるハクさん。

 緊張が高まる。

 ハクさんの笑みは、実に悪役っぽい笑みだ。



「モンスターランドカーニバルに、月兎仮面として参加することを認めていただきます」



 ――そして、沈黙が広がる。

 イベントに月兎仮面で参加……月兎仮面で参加かぁ。

 俺は、しばらく本気で考えた。

 正直、別にファイトなしで了承するのもありだ。

 とはいえ一般人も参加するフェスで、痴女を歓迎するのはよろしくない。

 たとえコスプレするモンスターの中に、露出度の高いモンスターがいたとしてもだ。

 それはそういうモンスターだから、で言い訳ができるんだよ。

 そうしてひとしきり考えた俺は――


「……イグニッション!」


 とりあえずファイトを受けることにした。

 そもそも許可するにしても、しないにしてもファイトを受けない理由はなかったわ。

 ひゃっほい覚醒月兎仮面とのファイトだ!


「いま、めっちゃ悩みましたよ……」

「店長、エロじゃない?」

「エロかもしれません……」


 あとそこの小学生男子みたいな二人組、聞こえてるからな!



 □□□□□



 強い強いとは聞いていたが、


「くっ……現れろ! <極大古式聖天使 エクス・メタトロン>!」


 まさかここまで強いとは――

 <エクス・メタトロン>まで引きずり出されるとは思わなかった。

 俺だってファイトに負けることはある。

 しかし俺が負けるパターンは、大抵の場合<エクス・メタトロン>がサモンされない。

 <メタトロン>が召喚条件的にファイト終盤じゃないと出しにくい、というのもあるが。

 負ける時は、俺が少しずつ相手の本気を引き出そうとしている最中に、向こうの出力がこちらを想定以上に上回った場合がほとんどだ。

 そういう時に、俺の最大出力である<エクス・メタトロン>はサモンされないのである。


 それが、今。

 完全に引きずり出される形で俺は<エクス・メタトロン>を呼び出している。

 コレはレンさんも勝てないわけだ。

 いや、普段からレンさんは日常のファイトだと全力を出せないけれど。

 単純に、ハクさんが強すぎる。


「……この街で、俺以外に君を倒せるのは絶好調のネッカ少年だけだろうな」

「ネッカくんにも、負けるつもりはありませんよ」


 ネッカ少年は間違いなくこの街でトップクラスのファイターなのだが。

 若干強さに波がある。

 絶好調なら、どんなラスボスにも負けないし。

 絶不調なら、ただの雑魚ダークファイターにすら苦戦するだろう。

 まぁ、どっちも最終的に勝つんだけど。


「何にしても、勝つのは俺だ。<エクス・メタトロン>!」

「迎え撃ちなさい、<仮面道化マスカレイド ヴォーパル・バニー・カルバノグ>!」


 <伝説の仮面道化 ヴォーパル・バニー>の強化形態である<ヴォーパル・バニー・カルバノグ>と俺の<エクス・メタトロン>が激突する。

 純粋な打点だけなら、<エクス・メタトロン>を上回っているという恐ろしいウサギだ。

 何とかカウンターエフェクトや<エクス・メタトロン>のエフェクトを使用して勝利したものの。

 非常に強大な相手だった。


「――負けてしまいました」


 倒れ伏した月兎仮面が、悔しそうに顔を伏せる。


「……悪いが、俺の一存で君の参加を認めるわけにはいかない。それに、月兎仮面はモンスターではないから、イベントのコンセプトから逸れる」


 仮に議題へ上げたとして。

 多分、コンセプトを理由に却下されるだろう。

 だからこそ月兎仮面もファイトという形で、交渉を持ちかけたのだろうが。

 仮にコンセプトからズレるとしても、ファイトに勝利したというのであれば意見は通りやすい。

 この世界は、そういう世界だ。


「でも……強かったよ。また君と戦いたいと思った」

「店長……」


 まぁ、色々あったけれど。

 とりあえず、いい感じに締めようとして――



「……辻ファイターが乱入するのに、主催者の同意は必要ないのでは?」



 ふと、こぼしたエレアの言葉に。


「!!!!!」


 月兎仮面が顔を上げる。

 すごい顔をしていた。

 この世界は、ファイトで解決できることは基本何でも許される。

 辻ファイターの乱入も、最終的にファイトで辻ファイターを追い出せればお咎めなしだ。

 かくして、イベントに月兎仮面が乱入することとなった――

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