87 過去:私は店員じゃなくて ③
エレアが動画配信に興味があるのだろうな……ということは、少し前から察していたことだ。
基本的に、エレアは自分に起きたことを概ね報告してくる。
染み付いてしまった偵察兵としての習慣がそうさせているのだろうけれど。
そんな中で、唯一エレアが報告してこなかったのが、動画配信に対する興味だ。
おそらく、迷っているのだろう。
エレアは動画配信に興味がある。
俺の店には配信チャンネルがあって、よくショップ大会を配信しているのだが。
それに関心を寄せているのは見ればわかる。
だが、その上で彼女が報告しないのは……たとえ興味があったとしても、行動を起こすのがエレア本人だからだ。
俺に報告したとしても、俺は彼女を応援することしかできない。
行動を起こす勇気がなくて後回しになっていることを、わざわざ報告する意味はあるまい。
が、そこで配信とかそういったことに強いシズカさんの登場である。
シズカさんは、プロファイターの中でも特にSNSでの露出に積極的である。
自身の動画配信チャンネルを有し、人を雇って動画を出している。
プロファイターの中で、配信者としての実力は間違いなくトップだろう。
心強い味方だ。
「え、えっと……え? あの、えっと」
「混乱してるな、でも安心してくれエレア。あくまでこれは誘ってるだけ、エレアが嫌なら無理強いしないよ」
俺がシズカさんに頼んで、配信の手伝いをしてもらうよう手配したのだ。
そしてそれは、決して強制するようなことはあってはならない。
俺がやってほしいのは、エレア本人がエレアの意志で物事を選択し、俺の関わらない分野に挑戦することだ。
それができるなら、ぶっちゃけやることは配信で無くともいい。
ただ……
「……そう、ですね。やりたいこと、は色々あるんですけど」
「ああ」
「やってみたいこと……ってなると。やっぱり動画配信……やってみたいです」
俺の予想通り、エレアの中で動画配信はかなり興味をそそられる分野だったようだ。
だからこそ、エレアも最初は混乱したものの、やがて本人の中で意志は固まっていく。
「……わ、解りました。やります、動画配信。その……興味あります、から」
かくして、後にエレアのもう一つのライフワークとなる動画配信は、ここから始まった。
□□□□□
「……よし、もう始まってるわよ」
「あ、え、も、もう……ですか」
「ええ、バッチリ。じゃあ行っちゃいましょう! 音声乗せるわよー!」
オロオロした様子のエレアが、画面上に映し出される。
場所はカードショップ「デュエリスト」の二階。
後ろではシズカがいつものテンションで待機している。
店長の姿はない。
この動画配信は彼がそもそもの発起人だが、この場に彼がいないことが一番大事なところなのだから。
「あ、う……こ、こんにちわ」
『おー、本当にやってる』
『こんにちわー』
「カードショップ“デュエリスト”の動画チャンネルにお越しいただき、あ、ありがとうございます。……今回の配信を担当する、えっと……エレア、といいます」
――実をいうと、配信をするとなったらどうするか。
エレアはこれまでずっと頭の中でだけ考えてきた。
まずは、自己紹介。
ショップの宣伝チャンネルを利用するから、ショップの事を紹介して、次に店長のことを紹介。
その次が自分の紹介だ。
その後は、コメントの様子から想定していたいくつかのパターンを踏まえて、方向性を決める。
これをシズカに伝えれば、すぐに配信ができるとお墨付きをもらった。
まぁ、何事も想定外は存在するのだが。
「え、ど、同接三千人……思ったより、来てくれた人が多い、ですね」
思ったより、という表現はオブラートに包んだ表現である。
ぶっちゃけ、異常に多い。
一応、この店の動画チャンネルの登録者数は一万人いる。
カードショップの動画チャンネルとしてはかなり上澄みなほうだ。
それでも、三千人も視聴者がやってくるほどのチャンネルではない。
エレアの想定では少なく見積もって百人、多く見積もって千人の想定だった。
結果、流れるコメントの量が多く、エレアは早速目が回りそうである。
「ふふん、当然よ。なにせこのシズカが、自分のSNSアカウントで宣伝したんだもの!」
「あ、し、シズカさん。そうだったんですね……」
『本当に水面シズカだ』
『じゃあ、ここの店長と水面シズカが大学時代の学友って噂、本当だったんだ』
シズカが少しだけ前に出て、エレアに理由を伝える。
コメント欄も、そのことに沸き立った。
なお、シズカがエレアに宣伝したことを教えなかった理由は単純。
この場で知った時の、新鮮な反応の方がエレアの動画配信にはいいだろうと考えたからだ。
実際、シズカが宣伝したことに驚くエレアに、『かわいい』というコメントがいくつかついている。
それから、店や店長、自分の紹介をして。
質問に応える雑談配信へ移行していく。
エレアがコメントを拾って答えつつ、時折シズカがツッコミを入れる形だ。
「えっと趣味……ですか? マンガやアニメを見たり……とか」
『結構オタクなんだ、かわいい』
「後は……店長のことを遠目に見てると、無限に時間を潰せます」
『店長のこと好きすぎだろ……』
『水面シズカには恋人いないのに……』
「そのコメントいらないわよね!」
横でサポートをするシズカが見てて驚いたのは、思った以上にエレアが上手くコメントを捌けていることだ。
拾うべきでないコメントを拾わず、反応した方が美味しいコメントはきちんと反応している。
シズカ自身のやることがなくて、完全に合いの手をいれるだけになっているくらいだ。
ちょっと店長に対する愛が重すぎるところはあるけれど、今後も配信を続けていくならこれくらいは見せつけたほうがいいだろう、とも思った。
途中でそういった感情が露見するのと、最初からフルオープンなのとでは視聴者側も受け止め方が全く変わってくる。
「あ、えと、その、こ、恋人では……ない、です」
「まだ……ね?」
「あ、え? あ、えと」
『かわいい』
『てぇてぇ』
なんだかんだ、恋する乙女は可愛いのだ。
それに、SNSではこの店の大会配信感想で、店長と店員は付き合ってるんじゃないか? みたいな妄想は少数ながら見受けられた。
それがほぼ真実だったとなれば、そのことで盛り上がる視聴者も出てくる。
逆にこのノリが合わない視聴者は、自然と去っていくだろう。
初回の配信で、完全に空気を形成できたのはでかい。
そんなこんなで、エレアの初配信は無事終了した。
配信前と後で明らかにチャンネル登録者数も増えている。
明日には二万を超えるかも知れない。
「……す、すごく疲れました」
「でも、楽しかったでしょ?」
「はい。楽しかったです」
まだ多少ぎこちないけれど、あどけない笑みを浮かべるエレア。
シズカは、そんなエレアを見て可愛いという感情と、こんな可愛い子に好かれる店長への嫉妬の感情をないまぜにした。
「機材の使い方も完璧ね、どこかで習った?」
「一度調べたのと……以前はもっと複雑な機材を使ってたりもしたので」
具体的に言うと、フル武装モードだ。
割とこの世界基準でも精密機器の塊みたいな代物なので、扱いはとにかく難しい。
他には、そもそもエレアが一度見ただけで機械の習熟ができるくらい優秀で真面目だという理由もあるけれど。
「とにかく、心配はいらなそう。これからは、一人で配信することになるわけだけど……頑張ってね? 何かあったら、私や彼に何でも言ってちょうだい」
「は、はい」
「それで――」
そして、シズカはここでようやく本題に入ることにした。
シズカにとって、ここまでのことは全て本題に入る前フリ。
店長の提案を了承したのも、全てはこの本題に入るため。
故に。
「――エレアは、
対して、エレアは。
「えぇっ!?」
本日二回目、シズカと出会ってから三回目の驚愕の声を上げた。
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