86 過去:私は店員じゃなくて ②

 デートコースは、シズカさんのアドバイスを元にエレアが考えたらしい。

 エレアはしきりに、そのコースで問題ないか俺に確認しようとしていたが、絶対に確認しないようシズカさんから言いつけられている。

 まぁ、そこで俺が確認してしまったら、いつものエレアと何ら変わらないからな。


「う、ううう……ううう……」

「落ち着いてくれ、エレア。どんなとこでも俺は楽しめるから大丈夫だよ」

「シズカさんも言っていましたが、言っていましたが……」


 ここ最近は、少しずつ感情を見せてくれるようになったものの。

 それでもここまでおろおろしているエレアを見たことは一度もない。

 エレアにとっても、今回のことは挑戦……ってことだな。


「あ、そ、そろそろ着きますよ」

「ああ」


 現在、俺達はバスに揺られてある場所に向かっている。

 ぶっちゃけ俺は車を持っているし、当然免許もあるのだが。

 エレアはそうじゃないので、エレアがデートコースを案内する以上車が使えないんだな。

 んで、目的地に近づけばなんとなく、どこを目指しているのかも察することができる。

 このあたりは――


「……ファイト工学研究所か」

「は、はい。シズカさんが、あまり凝った場所に行こうとしてもしょうがないし、この街にカップル向けの施設なんて殆ど無い……と」


 それはまぁ、そのとおりなんだが。

 相変わらず……身も蓋もない!



 □□□□□



 ファイト工学研究所をデートコースに選ぶのは、いうなれば美術館をデートコースに選ぶようなものだ。

 とはいえ、この世界におけるファイトの比重はとても大きい。

 例えばデートコースにゲーセンを選んだ場合。

 ゲーセンにイグニッションフィールドが設置されている場合がある。

 そこを使ってファイトするのも、デートの選択肢としては悪くない。

 ファイト工学研究所って選択肢もそれと同じようなもの。


 というか、俺とエレアは店長と店員だから自然と候補から外れるが。

 この世界におけるデートスポットとして最も安牌なのはカードショップだ。

 なんか前世の感覚からすると違和感があるものの、この世界だとそれが普通である。


 そう考えると俺達ってまいどまいど、一番楽な選択肢を除外してデートしてるわけだよな。

 お互い、あんまりアウトドアな性分じゃないし。

 というのは、これを回想している現在の考えだ。

 ともあれ。


「わぁ……すごい、いろんなカードがありますね」

「そうだな……流石にイグニッションファイトの研究をしてるだけあって、資料としてのカードも種類豊富だ」


 俺とエレアは、研究所の見学スペースを二人で楽しんでいた。

 今は平日で、観光シーズンでもないので人は少ない。

 いないわけじゃないが、なんというかちょうどいい塩梅だな。

 落ち着いて回ることができる。


「あ、私あのカード覚えてます。以前店長が、すごく珍しいけど買取価格がノーマルカード並って言ってたカードですよね」

「ああ。レアカードでもないし、効果のないモンスターだからな」


 ふと、エレアがあるカードを指さして言う。

 それは効果を持たないいわゆるバニラモンスターで、どこか愛嬌のある変なモンスターだった。

 これがなにかといえば、なぜかこのカード、世界で出回っている数が極端に少ないのである。

 確認された数は、確か千枚とかそのくらいじゃなかったか?

 基本的に、ノーマルカードなんて探せば下手なカードだと億単位で出回っているのがこの世界であるにも関わらず、だ。


 だからまぁ、レアといえばレアなのだが、わざわざ高値を出して買い集めるほどかというと否である。

 というか、昔から「レアじゃないけど希少なカード」として有名で。

 これを高値で売るようなカードショップはモグリである……という風潮が完全に広まってしまっている。

 インターネットではカルト的な人気があるのだが、高値で買い取るわけには行かないカード……それがこの<リモート・フェンリル>であった。

 ……読み替えると<モリンフェン>じゃない? まぁいいや。


「その分、こうやって研究所や美術館に飾るには最適なカードだな」

「なるほどぉ」


 なんて話をしながら、俺達は研究所の中を進んでいく。

 エレアはカードショップ店員となったことで、急速にこの世界のカード知識を蓄えている。

 もともと興味のあることには前のめりなタイプだ、飲み込みは早かった。

 まぁ、その分興味のないことはとことん怠惰なのだが、偵察兵時代に刷り込まれた真面目さのおかげで体裁は保てている。

 そんな性格であることを、俺はここ最近の付き合いで理解していた。


「あ、観てください」

「どうした?」


 そう言って、エレアはあるカードに目をつける。

 それは……<星道の魔女トゥインクルスター・ウィッチ>だ。

 一枚数億円のとんでもレアカード、流石にこれはレプリカだな。


「この子、可愛いですね」

「まぁ、そうだな」


 エレアは、どうやら可愛いものが好きらしい。

 正確に言うと、可愛い女の子か?

 とにかくオタク的な素質が高い。

 最近は給金でパソコンも買ったし、漫画本も色々と集めている。

 順調に染まっていっているな。


 とはいえ、それを止める理由もない。


「あ、この子も可愛いです。このあたりは可愛い子が多いですね」

「歴史的に有名な美少女カードを集めてるみたいだな」


 歴史的に有名な美少女カードってなんだよ。

 いや、文字通りの意味なんだけどさ。

 <星道の魔女>をはじめとした、昔から存在する美少女カード。

 普通のカードからレアカードまで、様々なカードが展示されている。

 それらをエレアといっしょに見学していく。


 エレアのオタク化を止めない理由は簡単だ。

 それこそが、エレアがこの世界に馴染んでいる何よりの証拠だからな。

 何より、オタ活をしているエレアは楽しそうなのだ。

 見ているこっちも、なんだか楽しい気分になれるほどに。


「ここ、いい場所ですね」

「……ああ、そうだな」


 そんな事を考えていたからか、俺は一瞬反応が遅れてしまっていた。

 最近は表情も豊かになってきたとはいえ、未だにどこかぎこちなさの残る笑みを浮かべるエレアが、こんなにも素直な笑みを浮かべているというのに。


 ――いや、本当に考え事をしていたからか?

 その疑問に、答えが出ることは今のところなかった。



 □□□□□



 それから、俺達は研究所に併設された食堂で昼食を済ませる。

 メニューにあったピザを一枚頼んで、二人でシェアした。


「……同じものを二人で食べるって、感想を共有できるのって……楽しいんですね」


 とは、エレアの素直な感想だ。

 んで、その後はまたバスに乗って、今度は市街地へ向かう。

 向かった先はアニメショップで、エレアは何だか自分の趣味に俺を付き合わせたことを恥ずかしそうにしていた。


「いや、俺だってオタクだしな。シズカさんだってそれを加味してこういう感じにしたんだろう」

「そう……でしょうか」


 結局、店を二人で時間をかけてまわって。

 なんというか……店を回っている間のエレアは本当に楽しそうだった。

 時間を忘れて、夢中になれるものを見つけた。

 間違いなく、エレアにとっては進歩だろう。


「……いっぱい買っちゃいましたね」

「むしろ、これくらい買ったほうがいいさ。エレアの部屋は、まだまだ殺風景だしな」


 二人でヲタグッズを抱えて。

 そんなふうに笑い合う。


「……店の外を二人で歩くことが、こんなに楽しいなんて思いませんでした」

「それはよかったな」

「これまで、私にとっての世界は……店の中だけでしたから」


 帝国の支配から抜け出して。

 それでも、支配されていた頃の自分からは抜け出せていないエレアは、俺の店に居場所を見出した。

 それは依存であり、新しい支配の対象を無意識に求めた結果ではあるけれど。

 でも、まずは不幸な環境から抜け出すのが最優先だ。


 そして、そこからはエレアが自分で選ぶこと。

 依存を強めて、俺に寄り添うよう生きていくことも彼女の選択肢ではある。

 でも、エレアは俺の隣にはいたくても、俺に依存したくはないらしい。

 だからこそ、こうしてシズカさんの提案も受け入れたわけだ。


「……まだ、私は店の中では店員のままです」


 そして、エレア自身もそれはよく理解っている。

 抜け出したいと思いながらも、未だに抜け出せていないということを。


「でも、いずれは……」

「いずれは?」

「あ、いえ。なんでもないです。……えっと、店の外なら、そうじゃなくてもいいって思えました」


 少しだけ恥ずかしそうにエレアは否定して。

 俺は、彼女の言葉の続きを待つ。


「まずは、デートの間。……私が店員じゃない間だけ」


 そうして、エレアは俺を見上げて。



「……ミ、ミツル、さん……と、呼ばせていただいても……いい、でしょうか」



 その、どこか緊張と覚悟の伴った恥ずかしそうな顔に。


「あ、ああ」


 俺は、覚悟していたはずなのに、少し声が上ずってしまった。



 □□□□□



 そして、俺達が店に戻ると。



「はぁい! 待ってたわよ、ふたりとも!」


 シズカさんが、堂々たる姿で立っていた。


「シ、シズカさん!? 帰られたのでは!?」

「うふふ、オフは二連休だったの。本当なら、二日目は私の時間を過ごすつもりだったんだけど……予定が変わってね?」

「悪いな、シズカさん」

「いいのよ、私がやりたいと思ったことだもの」


 困惑するエレアをよそに、俺とシズカさんは言葉を交わす。

 どういうことだろう、とエレアは俺を見上げて視線で問いかけていた。

 可愛らしい仕草である。


「というわけで、エレア!」

「は、はひ? なんでしょうっ」


 シズカさんが、エレアに近づいていく。

 そして、



「私と動画配信、やってみない?」



 優しい声音で、そう呼びかけた。


「え、ええええーーーーーっ!?」


 二日連続で、エレアの叫び声が響き渡るのだった。

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