85 過去:私は店員じゃなくて ①

 エレアが店員になって、数ヶ月が経とうとしていた。

 店の方も順調で、ネッカ少年を始め常連客も増えてきている。

 とりあえずの目標は、この街一番のカードショップであると自信を持って宣言できるようにすること。

 そのためには、まず店の評判を足場から固めていかないとな。


「店長、バックヤードの整理終わりました」

「ありがとう、とりあえず今は忙しくないから少しゆっくりしよう」


 エレアの方も、すっかり店員姿が板についてきている。

 もともと順応性が高い彼女は、最初の頃こそ緊張していたものの。

 今では店員として極自然に振る舞っているのだ。


「でしたら店長、今のうちに店の掃除を行いたいのですが」

「ああ、いいと思う。俺がカウンターにいるから、カウンター周りの掃除はこっちでやるよ」

「それが終わったら、次は……」


 それから、エレアは今後の行動予定を俺に説明していく。

 律儀なことに、エレアは必ず自分がこれからどうするかを俺に話すのだ。

 別に言われたことをただやるだけ、というわけではない。

 あくまで自分で考え行動はするのだ、俺にその確認を取ると言うだけで。


「エレアはもう少し、肩の力を抜いていいと思うけどな」

「……? わかりました」


 別に、俺へ責任を押し付けたいわけではない。

 そういうふうに振る舞うよう、体に染み付いてしまっているだけで。

 偵察兵時代からのクセが、抜けてないんだろうな。


「……それでも、別に問題ないっちゃないんだが」


 でも、なんとなく普段のエレアを見ていると、彼女はそういうトラウマ染みた悪癖から抜け出したいというのは感じる。

 俺が積極的に動いて、そのトラウマを解消してもいいんだろうが。

 それはそれで、結局俺に対する依存を深めるだけな気がするのだ。


「もちろん、俺も行動を起こす必要はあるだろうけど……協力者もいるだろうな」


 誰か、いないだろうか。

 今のエレアに遠慮せず踏み込めて、俺の考えを汲んでくれそうな知り合い……

 あ。

 一人、いた。


 俺がそのことに思い至った時である。



「はぁい! ここがミツルの新しいホームね!」



 まさに、その思い至った知り合い。

 水面シズカさんが、店にやってきた。



 □□□□□



 シズカさん。

 この国トップクラスのプロファイターにして、俺とトウマの昔なじみ。

 ライバル、と言っても過言ではない。

 そんな彼女が、俺の店へ遊びに来たのだ。

 理由は、言うまでもなく開店祝いだろうな。


 トウマもそうだが、忙しいトッププロ達はメッセージや電話でお祝いの連絡をしてくれたものの。

 今のところ店にやってきた者はいない。

 というか、どうもプロリーグにダークファイターが紛れ込んでるとかで、一大事件が展開されているようだ。

 それさえなければ、トウマなんかは割と足繁く通いそうなもんだからな。

 そんな中で、たまたま余裕のできたシズカさんが来店者第一号になったわけだな。


「ふぅん、話には聞いてたけど。彼女がエレアさんなのね」

「あ、えっと……」

「エレアが緊張してるから、あんまりジロジロ眺めるのはやめてやってくれ」

「ふぅ~ん? まぁいいけど」


 なぜかシズカさんは、俺の方にニヤリと笑みを浮かべて視線を送ってから。

 その笑顔を満面の笑みに変えて、手を叩いた。


「とにかく! 貴方の店がこうして開店したことは嬉しく思うわ! 頑張ってちょうだい!」

「言われなくとも。そっちこそ、例のダークファイターに負けないでくれよ?」

「誰に言ってるのよ、このシズカがチンケな悪党に負けるわけ無いでしょ」


 ――なお、この数日後シズカさんは、件のダークファイターに敗北してフラグを回収するわけだが。

 今はそのことに触れる必要はないだろう。

 この時点の俺達は、その事を知る由もないわけだしな。


「んで? 見た感じ、エレアちゃんのことで悩んでるんでしょう」

「流石にわかるか。詳しい話は本人から聞いてほしいんだが……」


 エレアがモンスターであるという点はある程度ぼかして、ここまでの詳細を話した。

 別に隠すようなことではないけれど、俺の口から話すことでもないからな。

 それこそ、自分で言ったがエレアから説明を受けてくれ、って感じだ。


「ふぅん。貴方にしては消極的ねぇ。普段ならもっと的確なアドバイスを投げかけてると思うんだけど」

「エレアはうちの店員だからな、外部から視点を変えたアドバイスを送るのとはわけが違う」


 俺が的確……かどうかはともかく、色々とアドバイスを投げかけるのは部外者だからだ。

 客観的に物事を見通せる立場だからこそ、本人の考えてなさそうな可能性を提示する。

 それが俺のやり方である。

 だからこそ、俺自身が主観的にならざるを得ないエレアとのことは、慎重にもなるというもの。


「まぁいいわ。そういうことなら私が適任ね! このシズカに任せなさい」

「頼りになるよ」


 シズカは、とにかく心が強い。

 生まれてこの方、悪魔のカードに屈したことがないからだ。

 人は、時に些細なきっかけで悪魔のカードを手にすることがある。

 世界の存亡に関わるようなレベルのファイターなら、そういう誘惑はあちこちに存在するだろう。

 俺の知り合いで、ダークファイターになったことのないファイターはトウマとシズカさんだけ。

 それくらい、シズカさんは頼りになる女性だ。

 まぁ、頼りになりすぎるきらいがある……とは刑事さんの談だが。


「まずはそうね……この店、定休日とかあるの?」

「月に一度用意することにしている……というか明日だ」

「ビンゴ! そりゃあいいわね、じゃあそこで――」


 と、そこでエレアが掃除を終えたみたいでとことことこちらに寄ってくる。

 俺達の会話が聞こえる距離に、だ。



「二人、その日デートしなさい! これはシズカ命令よ!」



「え?」


 いや、シズカ命令ってなんだよ。

 デートしろってのは、まぁエレアに積極性を求めたいという点では理解らなくもないけどさ。

 でもいきなりすぎだろ、エレア固まってるぞ。


「そのうえで、エレア。貴方にはこのシズカから一つのお題をだすわ! それを頑張ってこなしてみてちょうだい!」


 更にお題まで出してきた。

 流石シズカさん、こういう時の押しの強さは俺の知り合いで誰にも負けないな。


「えぇーーーーーっ!?」


 そして、普段はおとなしいエレアの絶叫なんて言う、レアなものを拝むことができた。



 □□□□□



 次の日、俺はエレアを店の前で待っていた。

 それにしても、シズカさんは一体どんなお題をエレアに出すのだろう。

 エレアの自主性を引き出すためのお題なのだろうけれど。

 押しが強いということは、それだけ色々と無茶を言い出すということでもある。

 俺はそこまで被害を受けていないけど、大学時代はそれでトウマと刑事さんがひどい目にあってたからな。


 いやまぁ、別にそれが嫌というわけではないのだ。

 むしろ、気のおけない友人同士でやるバカは楽しい。

 俺はどちらかというと、それを遠目に眺めているのが楽しいタイプだとシズカさんが知っていたからあまり巻き込まなかった……というのが正しいだろう。

 親しい友人同士の距離感ってやつだな。

 まぁ、それはそれとして仲間内でのシズカさんの無茶は「被害」扱いなわけだけど。


 さて、今回はどんなものが飛び出すやら……そう考えて待っていると、エレアが店から出てきた。

 恥ずかしそうな彼女は、いつもよりこころなしかフリルが多い。

 フリルの多めな衣装が好きなのは、なんとなく察していたが。

 多分、本人の好みはこれなんだろうな。

 今はまだ、遠慮とか気恥ずかしさがあって店員をやっている時は着れていないようだけど。


「お、おはようございましゅ」

「おはよう。そんなに緊張しなくても大丈夫だと思うぞ」

「い、いえ。こ、これは……戦闘でしゅっ! 気合を入れて参りましゅっ!」


 シズカさんは何を吹き込んだんだよ!?

 いや、戦闘ならそもそも偵察兵としてのメンタルが完成されているエレアさんならもっと落ち着いているはずだ。

 多分、戦闘といいつつ更に変なことを吹き込んだに違いない。

 シズカさんはそういう人だ。

 んで、肝心のお題は――


「じゃ、じゃあえっとその、今日はよろひくおねがいしますっ! ミ、」

「ミ?」


 エレアはためらって、



「みひゅりゅひゃんにゃあぅぅぅううう」



 顔を真赤にして手でそれを押さえた。

 ……ああうん、察した。

 俺のことを、「ミツルさん」って呼ぶのが、今回のお題だな?

 今のエレアにはハードル高いって、シズカさん!

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