69 過去:彼が店長になった日 ②

 ふと、目を覚ます。

 普段とは違う部屋。

 けれどもそこが後に俺の店となる施設の二階に作られた生活スペースであることを、俺は知っている。

 リビングにあたるスペースに、布団を持ち込んで寝ているのだ。

 本来の就寝スペースには、“彼女”が寝ているからな。


 なんて思いながら起き上がろうとすると、何だか体が重い。

 体調が悪いのではなく、物理的に重いのだ。

 どういうことだろう、と首を傾げつつ。

 視線を体の方に向けた。



「おはようございます。



 そこに、彼女の姿があった。

 昨日ファイトが終わった後、そのままベッドで寝かせたものだから、服装がそのままだ。

 元の彼女は軍服姿の軍人って感じだったのだが、ファイトの途中で服装が変化した。

 強いて言うなら「フル武装モード」とでも言うべきそれは、インナースーツの上にメカメカしいパーツを取り付けた、いわゆるメカ娘のような格好。

 今はそのメカ部分がすべて取り外されて、ちょっときわどいインナースーツ姿で、彼女が俺の上にのしかかっていた。


 暫し、お互いに沈黙が広がる。

 俺は色々と混乱する頭を抑え、しばらく呼吸を整えてから冷静さを取り戻し、問いかけた。


「……何をしてるんだ?」

「マスターに、朝の奉仕をするためです」

「その、マスター……って?」

「私が所属する帝国では、ファイトに負けた者は勝利したものの所有物となります。ですので、昨夜のファイトに勝利した貴方を、マスターと認識しています」

「…………なるほど」


 いや、何がなるほど……なんだ。

 初めて聞いたぞ、そんなアニメか漫画みたいな話。

 この世界も大概アニメか漫画みたいだけどさ。

 対象年齢がこの世界よりも高いっていうか、オタクが好きそうっていうか。


「とりあえず……そもそも俺は君の名前すら知らないんだけど」

「……申し遅れました。私は――」


 彼女は、見上げる俺をどこか機械的な感情の乏しい瞳で見下ろしながら。

 告げる。



「エクレルール。そうお呼びください、マスター」



 ――昨夜。

 俺はこの店の前で彼女――エクレルールさんに襲われた。

 帝国の尖兵を名乗る少女は、俺にファイトを挑み……敗北した。

 敗北した衝撃からか、意識を失ってしまったエクレルールさんを無視することもできず、俺は彼女を保護してしまう。

 ……というのが、昨日の出来事。

 正確には、今日の深夜の出来事。

 本当ならネオカードポリスに届け出るべきなのだろうけど。

 あまりにも眠くて、彼女をベッドに寝かせて自分は自分で用意した来客用の布団に倒れ込んだところで力尽きてしまった。

 まぁ、仮にもカードショップ店長としての立場を認可された身、異世界のファイターと思しき少女を保護するのは当然のことだ。

 絵面はともかくとして。


「俺はミツルだ、棚札ミツル。ミツルでいいよ」

「かしこまりました、マスター」


 そこはマスターって呼ぶのが彼女にとっては常識、ってことなのかな。

 まぁ、詳しいことはともかくとして。


「……マスター」

「マスターじゃないんだけど……どうした?」

「ええと……その……」


 何やら言いにくそうにするエクレルールさん。

 なんだか見た目も相まって、アンドロイド系の子なのかとおもったけれど。

 意外と感情表現はゼロではないようだ。


「……私はこれから、マスターに朝の奉仕をしなければならないのですが」

「いや、別に奉仕は間に合ってるけど……」

「ここから、どうすればいいのでしょう」


 うん?


「私は、偵察兵として育成された兵隊階級の出です。なので私娼階級の作法が理解らず……朝の奉仕をする、というのは聞いたことがあるのですが」


 ああうん。

 なんとなく理解したくないけど、理解できてしまった。

 兵隊として国に奉仕してきた立場の人だから、個人に奉仕する方法がわからない……と。

 まぁ、アレだな。

 わからなくてもいいな、それ!


「とりあえず……朝食にするか。エクレルールさんも一緒に食べよう」

「……よ、よろしいのですか?」

「ここは君のいた帝国とは違う。だから作法も色々と違うんだ。だから問題ないよ」


 俺がそう言うと、エクレルールさんは困惑しながらも理解してくれた。

 思ったより柔軟なタイプなのかもしれないな。


 ――なお、これは回想なのだけど。

 このあたりのことはヤトちゃんには話していないからな。

 話すと俺の立場がやばいってのもあるけれど。

 この話をして、ダメージを受けるのは俺じゃなくてエレアの方だから。

 理由は……いやまぁ、うん、言わずもがな……ってやつですね。



 □□□□□



 その後、俺はエクレルールさんを伴ってネオカードポリスに向かった。

 彼女の保護を求めるためだ。

 向かう際に、服装をどうするか少し困ったものの。

 とりあえず軍装の方を着て外出することになった。

 流石にインナースーツよりは、まだ外を歩ける格好だからな。


 で、その間に両親にも連絡して。

 前世から変わらず、俺の両親でいてくれる父さんと母さんはもともと柔軟な人だけど。

 カードゲーム世界の二人は更に柔軟で。

 俺が異世界人の女性を保護したと言っても普通に受け入れてくれた。

 まぁ、女性を保護した時点で母さんが色めき立ったのは、言うまでもないことだけど。

 これで、彼女の服も確保する算段がついて。

 早速ネオカードポリスで彼女の事情を説明したところ――


「……まさか、すでに成人していたとは」

「はい。私は今18です。帝国では15で成人ですので、私も成人として認められています」

「こっちの世界だと、成人は18だよ。まぁどっちにしても成人なんだけど」


 強いて言うなら、未だに18が成人だっていう事実に俺が慣れないくらいですかね。

 ともあれ。

 エクレルールさんは成人だ、そうなるとどこかの施設に保護されるかどうかは本人の自由ということになる。

 俺が二年ほど、カードショップの店長になるために資格を取りに行ったり修行をしたりしているうちに、大学を卒業してついに本当にカードポリスになった刑事さんが言っていた。

 どうするかは、エクレルールさん次第だ、と。


「でしたらやはり、私は彼の下で生活するべきかと思います」


 そしてこの結論である。

 俺が保護したのだから……というか。

 今のエクレルールさんの所有権が俺にあるのだから……とか。

 色々理由はあるのだろうけれど。

 エクレルールさんは、かなり乗り気だ。


「エクレルールさんは、本当にそれでいいのか?」

「どういうことでしょうか」

「いやだって、どこの馬の骨とも知らない男の下で暮らすんだぞ?」

「マスターは、私の所有者です」


 諸々の手続きを終えて、今俺達はエクレルールさんの生活に必要なものを集めているところだ。

 女性じゃないと買えないものは母さんに任せることになったけれど、それ以外はそうも行かない。

 つまりそれって、人前で買い物をしながらエクレルールさんに俺をマスターだとか所有物だとか言わせてるの? と思うかも知れないが、そうではない。

 今、俺達の周囲に人はいない。

 エクレルールさんは偵察兵だから、周囲の気配を察知できるそうで。

 彼女は、人がいないことを理解したうえでこういう話をしているのだ。


「……正直、エクレルールさんはこっちでの生活をある程度理解すれば、一人でも暮らしていけると思うけどな」

「そうでしょうか」


 これは本音。

 なんというか、見た目は幼く見えるけどやはり成人というのは確かなようだ。

 創作の話になるけれど、エクレルールさんみたいな無感情系の人は常識に疎かったりするのが定番だ。

 いや、創作の話を現実にするんじゃないって話だけど、この世界だと別にそれはおかしなことじゃないし。

 というか、俺の知り合いにもそういうタイプはそこそこいる。

 アリスさんとか。


 でも、エクレルールさんは違う。

 明らかにこちらのしてほしくないこと、この世界ではふさわしくない自分の世界の常識を敏感に感じ取っている。

 刑事さんと話をしている時も、徹底して俺をマスターと呼ぶことを避けてくれた。

 その分、俺を呼ぶ時に「彼」とか「この方」とか、持って回ったような言い回しになっていたけれど。

 だからこそ、彼女の気遣いというか、大人な部分を垣間見ることができたのだ。


 そして、それ故に彼女が先程の……ええと、ご奉仕……をすることは二度となかった。

 それがこの世界においてふさわしい行為ではないと、すぐに理解したからだ。

 まぁ、それでも最初にやってしまった一回は、今でも結構彼女にとっては触れたくない過去なのだが。

 それはそれとして、話を戻そう。


「……ですが、私はやはりマスターの所有物です。マスターが死ねというなら、不要だというなら今すぐ消えますが……」

「いやいや、そんな事言わないよ。エクレルールさんが一人で生きていけるようになるまでは、俺もサポートするさ」

「……一人で」


 やはりエクレルールさんは、自分を俺の所有物だという主張を曲げないようだ。

 何より、確かに彼女はこういうタイプの人にしては柔軟なタイプだけれど。

 、今すぐ一人にはできない。

 そうも思うのだ。

 なぜなら、彼女は生きていくために、柔軟にならざるを得なかったのではないだろうかと思うからだ。

 柔軟に、自分を虐げる“帝国”の連中から自分を守るため。

 帝国の生き方に染まらざるを得なかったのではないか、と。


 ――何にしても。

 今は、エクレルールさんがこの世界で、心穏やかに暮らせるように手助けするしかないな。

 いや、少し違う。


 

 俺自身がそう思ったのだ。

 だから、俺は彼女の買い物を手伝いながら今後のことを考えるのだった。

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