68 現代:彼が店長になった日 ①
「そういえば、こないだ知ったんだけど」
それは、ヤトちゃんの一言から始まった。
カウンターで、カードの査定を行う俺とそれを待つヤトちゃん。
ちょっとした時間の間隙。
そんな折に、ヤトちゃんが切り出したのだ。
「……エレアって、モンスターだったのね」
思わず咳き込んでしまった。
吹き出してカードに被害を出さなかった俺を褒めて欲しい。
「うわ、ごめん。そこまで驚くとは思わなくって」
「いや、こっちこそ。ええと……アレだ。どこで知ったんだ?」
「うん。前にエレアの部屋に泊まったら、うっかりエレアがエレアのカードを誰が見ても解るところに放置してて」
なんという事故。
仮にも偵察兵が、そんな大ぽかをするとか。
エレアも相当気が抜けていたらしい。
「……無理もないわ、エレアったら推しコンテンツの尊さにやられてて気の抜けた風船みたいになってたし」
「物理的に気の抜ける奴がいるか」
いつだったか、アリスさん相手に溶けてた事もあったけど。
モンスターだからそういうことが実際にあり得るのがエレアの怖いところ。
あくまでギャグ的表現だよな……?
「まぁでも気持ちはわかるのよ、そのコンテンツはすっごいエレア好みの女の子が登場するコンテンツだし。私も好きなのよ」
「オタクの推したいという気配が透けて見えるぞ、後でチェックするからメッセージで教えてくれ」
「ええ」
そこを掘り下げると話が進まなくなるからな。
とはいえ、ついにエレアも正体バレする時が来たか。
今回はバレた相手がヤトちゃん個人だったから、正体が拡散することはないだろうけど。
それでも、本人の意識は色々と変わるだろうなぁ。
これまでもそこまで隠すつもりはなかっただろうけど、本格的に隠す気がなくなりそうだ。
「まぁ、正直エレアの正体については、薄々察するところもあったし、いいのよ」
「いいのか」
「ほら、私自身もアレでしょ」
具体的な言及を避けるヤトちゃん。
そりゃそうだ、そもそも本人ですら自分の正体について確証がないのだから。
ヤトちゃんもまた、自分の正体がモンスターであるかもしれない境遇だ。
記憶喪失なせいで、本当にそうなのかわからないというだけで。
「しかしよかったなエレア……薄々察してた相手の理由が、まともな理由で……」
「何その、なんか理不尽な理由で察する人がいる、みたいな」
「いやなんか、ハクさんもエレアの正体を察してるフシがあるんだが……」
あ、なんかヤトちゃんがハクさんの名前を口にした時点でおおよそを察した顔をしている。
「……エレアに、かつてエロい服を身にまとった過去があるとか思ってそうで」
「とてもありそうな推測ね……」
いや実際、コスプレ趣味で露出度の高いコスプレをすることは多少あるのだが。
もっと言えば、フル武装エレアはかなり露出度高いのだが。
それはそれとして、ハクさんの嗅覚はおかしい。
「月兎仮面に覚醒してからの姉さんは、ファイターとして明らかな高みに登った結果、その高みに振り回されてるわね……」
「なんて真面目な言い回しなんだ……」
実際その通りなんだけど。
言い方を変えると、強キャラになった結果はっちゃけているという感じになるんだが。
「まぁ、姉さんのことはいいのよ」
「そうだな」
そうだなとしか言いようがない。
「それで、もう一つ聞きたいことがあるのよ」
「っていうと?」
話を変えよう、ということで。
ヤトちゃんが更に切り出してくる。
「……店長とエレアって、付き合ってないの?」
げふごほ。
本日二回目の咳込みである。
「いやまぁ、その、アレだ」
「うんうん」
「お互いに、意識はしている」
「つまり……ヘタレてるってことじゃない」
バッサリ。
ヤトちゃんは少し呆れた様子で切り捨てた。
面目次第もございません。
「まぁ、これには色々と深いわけがあってな?」
「いやまぁ、店長がヘタれてるあたり、何かしら理由はあるとは思うんだけど」
ごめん、信頼してるところ悪いんだけど俺がヘタれてるのは結構素。
前世から含めて、恋愛経験なんてさっぱりないもんだから……!
「エレアの過去を知ったなら、色々とあったのは察しが付くと思うんだけど」
「今のエレアが、あんな冷酷無比な兵士って感じだったって……全然イメージできないわね」
俺の言葉にうなずきつつ、そう返す。
でも聞いてる感じだと、こっちの世界の常識がさっぱりだったヤトちゃんも、生活に慣れるまではそんな感じだったんじゃないか?
「私はほら、推定年齢十代前半だったおかげで、色んな人に甘えられる立場だったのよ」
「ああ、なるほど」
「その点、エレアってこっちに来た時点で成人してたでしょ?」
未だに18が成人って言うのに慣れない俺は、こっちの世界にやってきた当初からエレアが成人だったということに若干違和感はあるのだが。
しかし同時に、顔つきや雰囲気は多少幼さは残るものの成人のそれである。
女性として意識してしまうくらいに。
「まぁでも、店長がいたならそこまで心配することもないか」
「うーむ、ヤトちゃんから俺に対する信頼がとても篤い」
「そうなる行動を、それだけ店長が取ってきたんじゃない」
まぁ、流石にそれは自覚があるけれど。
でも、認識にズレがないわけじゃないんだ。
「といっても、二年前の俺はまだ店長になりたて……どころか、エレアを拾った時点じゃ店長じゃなかったんだから」
「……え?」
「ああいや、別に変な話じゃないぞ。その頃、俺はまだ店をオープンしてなかったんだよ」
「ああ、そういう」
というか、オープンする直前でエレアを拾ったんだ。
まぁなんというか、都合の良い話で。
「実は、エレアが来る前は店の店員を刑事さんの弟さんに頼む予定だったんだ」
「刑事さんって、弟さんがいたの? 会ったことないんだけど」
「あー、それがな」
たしか、ヤトちゃんがこっちに来たのはちょうどエレアがこっちに来た時期と前後する。
だから、知らないのは当然か。
「その弟さん、異世界に召喚されちゃったんだよ」
「……異世界に」
「召喚。よくある召喚モノみたいにな?」
この世界でも、転生系の作品は流行っている。
まぁ、大抵が架空イグニッションファイトモノでもあるのだが。
何にしても、オタクであるヤトちゃんに召喚モノって説明すれば理解してもらえる程度には馴染み深い話である。
リアルで召喚される事態が発生するのは、レア中のレアケースなのは変わらないが。
「唯一違うのは、ある程度向こうと連絡が取れることだな。おかげで召喚されたことも把握できたんだが」
「ちなみにその弟さん、今はどうしてるの?」
「今も向こうで召喚勇者として頑張ってるよ。確か、召喚した国のお姫様と結婚したとか」
「店長、先越されてるじゃない」
ぐさっ。
何気ないヤトちゃんの一言が、俺に結構なダメージを与えた。
自分でも内心そう思いながら発言したけど、言葉に出されると傷が深いことを自覚させられる。
「ぬぐう……まぁ、彼が頑張ってるのはいいんだよ。向こうも充実してるわけだし」
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫。まぁ、結果として俺はこの店を任せられる店員がいなくなってしまったんだ」
カードショップの店員。
それも俺が休みの時を任せられる相手となると、非常に人材が限られる。
その点、刑事さんの弟さんは、ファイターとしての実力も確か。
性格も異世界で召喚勇者なんてものを全うしていることからも分かる通り、善良で真面目だ。
そんな人材が、いきなりいなくなってしまったカードショップ「デュエリスト」。
開店を前に大ピンチに陥っていたわけだが――そんな時、エレアはやってきたわけだ。
「思い返すと、あの時から俺とエレアの関係と……そして、店長としての俺が始まったんだな」
なんて、感慨深く思いながら。
俺は過去に思いを馳せるのだった。
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